第134話帝国皇女との結婚
「恋仲だったという噂を聞いた」
ロルフレットは首を横に振る。
「……だからと言って、何かがあった訳ではないことを断言致します。
姫様は清いままに御座います」
皇女の貞操についてロルフレットが口にするのは行き過ぎではあるが、疑われているのであればそこはハッキリと否定せねばならないと思ったのだろう。
それにそれが事実かどうかにしろ、それ以外に言いようはあるまい。
「それで?
想いあっていた愛しい女を極悪非道の汚名を持つ別の男に奪われても良いと?」
俺には耐えられん。
全てを破壊してでも止めるだろうな。
俺は僅かに皮肉げに口の端を吊り上げる。
……それが自らの未来を閉ざすことになっても、俺はそうするだろう。
ロルフレットが固く握りしめた手は自らの身を食い破らんが如く。
……いいや、震える拳の間から血が。
そうだよな、良い訳無いよな。
分かるよ。
全部どうでも良くなるしな。
俺なんかさ、他に何もないから詰んでるって分かってるのに、足掻くこともロクに出来やしないんだ。
いつかユリーナが他の誰かと、そう想像しただけで狂いそうになる。
時に人の歴史はとことん残酷だ。
権力者に愛しい者を奪われることなど、それに抗うことさえ許されない出来事など。
今更、小説にさえほとんど描かれない。
宮廷物ラブロマンスの中では、何処かでその渇いた愛を探し求め落とし所を見つける。
事前の情報は確かだった訳だ。
ロルフレットと皇女ベルエッタは恋仲であり、おおよそ先の大戦の功績によってはその婚姻を認めるというものだったのであろう。
だが先の大戦は帝国が圧倒的有利でありながら、王国に敗北した。
誰かがその敗戦の責を負わねばならない。
皇帝か、将か。
生き残った軍団長はロルフレットだけだ。
ならば責を負うのは他に存在し得ない。
あー、と俺は深く息を吐きながら天井を仰ぐ。
俺の様子が変わったことにロルフレットは訝しげな顔をする。
「下らん下らん、実に下らん!!
来世ではきっと、とでも言うつもりか!?
今世で出会った大切な人は今世にしか存在しえないのだぞ!」
いえいえ、そんなこと突然言われても……、とロルフレットが顔だけで表現している。
叶う方法があるならとっくにそうしている、と。
まー、こいつらは俺の討伐とは関係ないし。
悪魔神との戦いは全力で頑張ってもらわないといけない訳で。
まあ、そんな訳で俺は俺の心のままに従うことにしたのだ。
「おい、ロルフレット受け取れ」
ポイっと懐から金属片を放り投げる。
ロルフレットはそれを咄嗟に受け取りながらもギョッとする。
そりゃそうだ。
まさにロルフレット自身が一騎討ちの折に同じ形のものを、落とし穴に投げ込まれ気絶させられた訳だしな。
魔剣を持たず魔導力のない状態ではあの爆発は耐えられない。
「安心しろ。
お前に投げたものとは別物だ。
それはこうやって使うんだ」
金属片を見せながら。
『ま、俺に協力してもらう報酬だ。
これを得た成果として、敗戦の罪は帳消しとなる話が皇帝とついてる』
ロルフレットは突然、聞こえて来た声に目を丸くする。
「どういうことです?」
「まあ、簡単に言えば、だ。
皇女と結婚するのは……。
ロルフレット、お前だよ」
完全に幻聴でも聞いたかのようにロルフレットは呆然として、驚きのあまり口も半開きになっている。
そして絞り出すように言った。
「王国はこんなとんでもない物を開発していたのですか……」
勝てない訳だ、ロルフレットはポツリとそう付け加えて。
事実、これは戦争のあり方を変える。
俺もこれを使い、潜ませていた部下たちと連携をとって帝国を罠に嵌めて、圧倒的な敗北から決定的な勝利をもぎ取った。
「いいや? それは俺だけの秘匿物だ。
王国でその存在を知っている奴はほとんど居ない。
プレミアだぞ?」
「なっ!?」
流石にロルフレットは驚きの声を上げる。
それを無条件に投げて寄越したのだ、驚きもする。
「それと婚姻を認めないなら、失意のあまりロルフレットは俺のところに行ってしまうぞ? どうだ、ロルフレットと第一皇女との婚姻を認めるか、と皇帝に返事を返しておいたのだ。
で、その回答が先程届いたって訳だ」
金属片を何度かひっくり返し眺めた後、ロルフレットは信じられないものを見る目で俺の方を見る。
「それはこんなものを渡されれば認めざるを得ないかもしれませんが……、これで公爵閣下になんの得があるのですか?」
「来るべき邪神との戦いでお前が積極的に協力してくれるだろ?
お前の力が欲しいんだよ」
まあ1番の本音は……嫌なんだよ、愛し合ってる2人が引き裂かれる世界なんざよ。
納得いかねぇし、認めねぇ。
俺もユリーナとそんな関係で居たかったな。
ま、俺はユリーナにそこまで愛されてはいないだろうけど。
せめて婚約者としての好意は寄せてくれている、そう思いたい。
……それもこれからの流れ次第ではあるだろうが。
こうなったら、俺はユリーナとの婚約を解消しないでいられないだろうからな。
あーあー、せつねぇなぁ。
「分かりました。
ここまでされて否やはありません。
ましてや邪神は人類の敵、喜んで公爵閣下の元に馳せ参じましょう」
ロルフレットは強く頷く……が、俺は首を横に振って否定する。
「いいや、違うね。
力を貸すのは俺じゃねぇよ。
ユリーナ・クリストフ大公女だ。
彼女は邪神との戦いに積極的に関わるだろう。
だからその時こそ彼女の助けになること、それが俺の言う協力だ」
ロルフレットは首を傾げるが、俺とユリーナの婚約関係を思い出したのだろう。
一緒のことだとでも思ったのか、再度頷いてそれを了承してくれた。
この意味を分かっているアルクとサビナが僅かに俯いたことを俺は視界の端で捉えたが、特に何も言うことはなかった。
同時にその本当の意味をロルフレットにも伝えたりはしなかった。
どうせ、すぐに分かることになるだろうから。
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