エピソード4:まんじゅうはどこへ消えた?

 メラクルは歩みを止めることなく、とある一軒の家のドアをノックもせずに開く。

「母ちゃん、ただいまー」


 メラクルの手には途中で買った肉まんの最後の一個……あっ、口に入れた。

 全部食いやがった。

 実家への土産に買ったんじゃなかったのか?


 ちなみにユリーナもコーデリアも肉まんを口にくわえている。

 なんだ、この自由な連中は。


 ……疲れた。


 なぜだろう、公爵家の屋敷から1時間もかからないはずなのに、なぜかここまで3日はかかってしまった気がする。


 俺の気持ちではこの3日があれば、神々の山嶺と呼ばれる最近見つかった新天地に辿り着けたんじゃないか、それぐらいの気持ちだ。


 うん、実際は到着まで2時間もかかってないんだけどな。


 肉まん……肉まんじゅうがどこに消えたのか後悔するよりも、そうなった現実を受け止め前に進むこと、それが大切なのだ。


 俺は無理やり、そう結論づけた。


 玄関を通り、すぐに俺の執務室程度の広さの部屋にキッチンやらソファーやら。

 あとは小部屋が二つほどあるだけだという。

 さすがにベッドは別の部屋らしい。


 この家にメラクルの両親が暮らしているそうだ。

 クロウとコーデリアは公爵邸で暮らしている。


 すぐそばの従者や兵士たちが暮らす住宅地があるが、クロウもコーデリアも俺やユリーナ、それにメラクルのそばに四六時中いることも多いのでそうしている。


 メラクルの父親は聖騎士の1人で、大公国吸収のあおりを受けて公爵領の公都へ引っ越すことになったので、メラクル一家は総出で移動だ。


 大公国の機能の大半は公爵領の公都に移転させたので、メラクルの一家だけのことではない。


 両親と共にメラクルの弟のクロウも有能さを買われ公都の行政府で働くために、一緒に引っ越してきたが、これには俺の指示が大きく影響している。


 そう、コーデリアと遠距離恋愛にさせないためだ!


 遠距離は心の距離を生み出してしまう!

 そのため多くの恋人同士は可能な限り一緒に引越して来てもらった。


 最初はコーデリアがジレジレ言ってたが、いつまでもジレジレするなど俺が認めん。

 結婚してしまえ!!

 ……という感じで、すでにコーデリアは嫁入りを果たし、ついにメラクルの義妹になった。


「マミーいないの〜?」

 メラクルは部屋の中をキョロキョロとするがメラクルの両親は留守のようだ。

 一応、ポンコツ隊や護衛は家には入らず外で待機、コーデリアはメラクルの義妹として一緒に家に入った。


 マミーなのか、母ちゃんなのか、呼び方一つでメラクルは子供の時からきっとメラクルなのだとわかる。


「適当に座って〜、すぐお茶淹れるから」

 そう促されるままにユリーナと並んでソファーに腰掛ける。


「こんなふうに人の家に邪魔するのは初めてだな」

「そう?」

 俺のそんな言葉にメラクルが不思議そうに首を傾げる。

 メラクルからすれば、当たり前のことなのだろう。


「私は以前のお家の方に何度もメラクルに連れられて来たことがあるので」


 ユリーナも家に呼んだことがあるのか、しかも何度も。

 自国の仕える姫を遠慮なく家に連れてくるとか、実にメラクルらしいとも言えるが無茶苦茶でもある。


 通常、貴族宅の訪問といえばもっと堅苦しいものになる。

 先ぶれといって事前に訪問日を通達、それから家主に出迎えられて家に入る。


 その際には応接室や客間で対応し、私室の部屋で2人っきりになるようなこともそうそう無い。


 残念ながら記憶にはないが、全ての始まりのゲームを起動させたユリーナとの初めてキスをしたときですら、こちら側とはいえ2人きりではなくサビナは同席していた。


 それほど相手の同意を得ない状況で2人きりというのは、貴族間において重大なマナー違反だ。


 その後にユリーナを招いた際もメラクルがいなければ、ユリーナも俺と護衛なしで部屋で話そうなどとは思わなかったことだろう。


 あの日、メラクルが生きていてユリーナと再会させたから、ユリーナも大人しく俺が近寄ることを良しとしたのだ。


 あの時点では、まだ赤騎士の状態でしか本音を打ち明けていなかったし、なによりその本音を信じてもらえていなかったのだから。


 メラクルが4人分の茶とビスケットをテーブルに置く。

「手頃なおやつが無かったからビスケットね〜」


 公爵邸から持ってきていたのだろう、いつものビスケットである。

 公爵家専用のビスケットなのだが、それを手配するのも第2夫人メラクル自身なのだから自由自在である。


 保存食も兼ねているにしても、ほんとうに常に持ってるなぁ。


 それから早速、メラクルは俺たちの対面のソファーでグデ〜ンと横になる。


 書物で見たことのある伝説の『だらけポーズ』である。

 その端っこにコーデリアがちょこんと座ってお茶を飲む。


 今更、このポンコツどもに貴族に対する礼儀とかを求めることは一切ないが、果たしてそれで良いのだろうかと疑問は湧いてくる。


 人がここまでダラける姿を初めて見たかもしれない。

 なんだろう。

 このメラクルという置き物は最初からこうあるべき……という姿を見せられている気がする。


 ところで俺たちは家主が帰ってくるまで、ここで待っていなければいけないのだろうか?

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