第29話リターン1

 ラビットにとっては完全に肩透かしである。

「……そんな訳で婚約者と言えど、私もハバネロ公爵閣下については、ほとんど関わりがなかったの」


 ラビットは内心でガックリと肩を落とす。

「そうなんですか……。

 あまり良い噂は聞かない方でしたので、気にはなったのです」


 仲が親密であればそのまま人質として、ハバネロ公爵への交渉材料とすることも考えたが、大公国でのユリーナ・クリストフの人気を考えたら、それはもう悪手としか言いようがないようだ。


 移動途中の町で連絡員とその辺りを再調整が必要だな、とラビットは感じていた。

 それならばいっそ大公国を誘導し、打倒ハバネロ公爵への道へ誘導した方が得策だろう。


 自称『協力者』からの情報では、ハバネロ公爵への暗殺も仕掛けたが失敗に終わっているようだ。


 追加情報を仕入れることが出来れば、その辺りの状況も確認したい。

 暗殺未遂でさらに公爵付近の警備が硬くなってしまうのは望むところではなかった。


 一時期は手の者が入り込めそうな緩みを見せていた公爵側だったが、逆に入り込んだ者が捕らえられ、危うく反乱拠点の一つを探り当てられかけた。

 警備が緩くなっていたのは、公爵側の罠だったのかもしれない。


 いずれにせよ、どこまで行っても反乱軍は弱小で、公爵は巨大だ。

 慎重に慎重を重ねなければならない。

 迂闊な行動は慎もうとラビットは改めて肝に命じる。


「ラビット君って、そんなにユリーナにご執心だったっけ?」

 ユリーナとラビットの間に入り込むように顔を出したのはエメラルドの目を持つ共和国出の中性的な顔立ちの美少年、ガイア・セレブレイト。


 この人物もまたラビットの情報網では食い違いがある。


 世界でも最高峰の騎士で、なんでこんな大公国の端に姿を見せたのかサッパリわからないのだ。


「だったっけ、というほど時間は経ってないと思いますが?」

 出会った時から、このようにどうにも気安い態度で、後ろ暗いものが無いでもないラビットとしては、どうにもやりづらい。


 魔術師の異名も持ち、通信という不可思議な技術も使い、惜しげもなくラビットもその方法を教えてもらった。


 他にどんな隠しダネを持っているやら気が気でない。

 そんな訳で、この潜入策はラビットにとって前途多難を予感させた。




 ガイア・セレブレイトは正直、少し浮かれていた。

 以前の記憶から考えれば少し接触は早かったが、ラビット・プリズナーとユリーナ・クリストフに『生きて再会』出来たのだから。


 その反対に絶望感が心の中に漂っているのも感じていた。

 大きな変化は未だない。

 これから次第に仲間が増えていくだろう。

 直近で言えば、大公国のはぐれ騎士レイルズ・カートンか。


 このままでいけばようやく邪神を討伐出来たところで世界は終わる。

 それを止める術は、今のガイア・セレブレイトにはなかった。


 もう一度、あの絶望感を味わうことだけは……。

 誰にも気付かれぬように、小さくぶるり震える。


 それにしても、『以前』よりもラビットがユリーナにご執心に見える。

 それとも自分が合流する前はこんな感じだったのかもしれない。


 ラビットがそのままユリーナを堕としてしまうのだろうか?

 それはそれで面白い気がした。


 結局、ユリーナもハバネロ公爵を討伐した後、まるで後を追うように死んでしまった。


 最期に彼女は『ゴメンね……』と呟いた。

 その意味はガイア自身の最期の時まで分かることはなかった。


 ユリーナのその運命が変わるなら、ラビットが大公国の姫を堕として救うのも痛快な気もするのだ。

「……でもユリーナも大概、意固地だからなぁ〜」

 そんなことを考えると、少しだけ楽しく思えた。





 ユリーナはラビットに自身の婚約者のことを話しながら、不思議な気持ちがした。

 そう言えば、彼のことを何も知らないな、と。


 彼のことで知っていることと言えば、子供の時に共に遊んだ想い出ぐらい。

 そこからは噂を聞くだけ。


 両親を相次いで亡くした。

 公爵家を継いだ。

 婚約者となったが、挨拶に大公国にやって来たが、反乱を企てる者たちの拠点が見つかったとかで、ほとんど言葉を交わす事なく王国に帰って行った。


 苛烈な人物のようだ。

 傲慢な人物のようだ。

 領民を苦しめているようだ。

 逆らう者に容赦をしないようだ。


 ……嫌われ者のハバネロ公爵。


 邪神の影響を調査するため、王国内での活動許可を貰うため王国を訪れ、王都で王と面談した後にハバネロ公爵にも挨拶に行った。


 王太子や年齢の近いマボー第4王子にも挨拶をしているのだから、王国内に入っておきながら婚約者に挨拶無しという訳にはいかないからだ。


 婚約者とはいえ、聖騎士としての公式任務の中での訪問だが、何故か私室に呼ばれそこで。


 キスされた。


「スケコマシって、噂あったかしら……?」

 婚約者とは言え、婚姻前の相手に無許可でキスをするなど紳士的とは言えない。


 嫌悪を感じるよりも驚きと侮辱を感じた。

 だからこそのあの捨て台詞だ。


 犬にでも噛まれたと思い、ユリーナは深くは考えるのをやめた。

 ファーストキスではあったが、どうも自分にはロマンチックを考える神経は無さそうだとユリーナは思う。


 そんな彼女だが以前はどうあれ、現在ハバネロに熱い恋心を抱かれているなど、当たり前のことだが彼女には知る由もない。


 それと同時に、ハバネロはユリーナに恋心を抱きながらも、彼女からは憎まれているとまで思っている訳で……。

 2人の道が交わることはない。


 この時は、まだ。

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