第228話一般人に大貴族の秘密は重過ぎる

 ここまで割と冷静に見えたクロウ。

 その彼が俺の言葉を聞いて、ギギギと俺の隣にいるユリーナにも目が行く。


 俺は問われる前にユリーナも紹介する。


「お前たちの大公女本人だ」

 今は元、だけどな。


 俺は目覚めてから大公国に来るまで、ユリーナのことについては、元気にしていること以外、細かな事については確認をしていなかった。


 俺が眠った後、誰か別の者に嫁いでいたりでもしたら、それが誰であろうと俺はそいつを始末せずにはおれなかっただろうから。


 全ては俺1人の杞憂、というか考えすぎというか……。

 結論から言えば、ユリーナは嫁入りしていた。


 ……俺に。


 俺が眠りについてしまった後、セバスチャンやアルク……大公国の三大臣だったレイリアとトロッド、とにかく全員が全員、ひどく苦悩したそうだ。


 そりゃそうだ。

 大公国は実質崩壊。

 公爵家に組み込むにも肝心のハバネロ公爵は昏睡状態。


 今までの経緯を思えば奇跡的なことだが、大公国内でも概ね公爵家そのものは好意的に受け入れられている。


 パールハーバーの事件で公都でのハバネロ公爵兵の振る舞い、それにハバネロが眠りについたことにより、大公国の姫を命懸けで救ったという『美談』が受け入れられた。


 これは形こそ違うが、事前に俺たちが商人やラビットたちに金を回して、美談を広める用意をしてあった。


 俺としては、その美談の主役はメラクルにつもりだったんだが、起きてみるとすっかり俺のことにすり替わっていた。


 本当に皮肉なことだが、俺に対しての印象が悪ければ悪いほど余計に美談を強調させた。

 全てはユリーナのためだったのだと。


 事実なんだが釈然しゃくぜんとしない。


 悪いことしてばかりのヤツがちょっと良いことして、アイツは実はいいヤツだ、みたいなノリは俺は納得がいかない。


 いつも良いことをしようと頑張っているヤツが1番いいヤツに決まってる!


 結果的には良かったんだが、納得いかん。

 1番頑張っているヤツが報われんとか、俺は許せないな!


 そんな愚痴をこぼすとメラクルが目を半目にして。


「あんた、意外といいヤツだけど?」

 そんなふうに真っ正面から言われた。


 納得いかん!

 俺が何故だ!

 俺は悪逆非道のハバネロ公爵だぞ!?


 そう言うとメラクルに盛大にため息を吐かれた。


 ……それはそれとして、だ。

 人々はこの騒動の落とし所をどこかに求めたかったせいだろう。


 ただ単に権力者たちの私利私欲による世知辛い権力争いの果ての結果よりも、明日を生きる活力となるドラマを心のどこかに。


 公都内の人間は邪教集団が暴れ始め、救いを求めたその絶妙なタイミングで公爵軍が来たものだから、心の行き場を幻想のヒーローが委ねたのだ。


 大公国にやって来た時、俺は確かには規律を徹底し公都内の人々の暮らしの安定に努めた。

 邪教集団を即座に摘発し、混乱をすぐさま鎮めた。


 また、公爵兵たちは公都の兵とも融和を率先して行った。


 悪逆非道と思われていた俺が、リリーに微笑みを浮かべビスケットを渡す光景も何度か公都の人々の目に止まった、と。


 ビスケットでユリーナの妹であるリリーを餌付けしようとはしたが、そんな美談に心当たりはない。


 あと俺がアイドルと呼ばれる大公国の聖騎士と夫婦漫才をしていたという噂も流れたとも聞くが、これに対してはメラクルに思い当たるものはないらしく首を傾げていた。


 いや、それはお前のことだろ、と指摘してあげると驚愕の表情で手をバタバタさせていた。


 いずれにせよ、噂とは実にいい加減なものである。


 まあでもそれが悪逆非道イメージ払拭に一役を買ったのならば、結果オーライだろう。


 だけどこれもそれも俺が眠りについていなければ、所詮、俺が仕掛けた情報操作だと思われたことだろう。


 信用がないって辛い……。


 とにかく、今後の対応に困った全員は色々なアイデアを出し合った。


 中には全員で流浪の冒険者集団にでもなってしまおうかなんて、無茶苦茶な案まで出たらしい。


 大公国とハバネロ公爵領に住む全ての人に対して為政者は責任があるので、そういうわけにはいかない。


 正直に言うと、俺は死ぬことを覚悟していたから、統括はユリーナに軍事面についてはメラクルに全てを譲渡する手続きをしていた。


 大戦で恩を売った内務卿ガーゼナル侯爵やハーグナー侯爵、それに王太子など俺に友好的な有力貴族には根回しは行っていた。


 ユリーナがその気なら、誰かと縁を持ち王国のクリストフ大公領として復帰も可能だっただろう。


 それをユリーナが断固として固辞。


 そうといえども、俺の婚約者としての立場も曖昧になったユリーナに要らぬ縁談が舞い込んでくる可能性は十分にあった。


 同時に一度、縁談の話が出た時点で後ろ盾がないユリーナたちでは、どれほど拒絶しても最終的にその縁談を断る術はなかっただろう。


 全員がその結論に至ると、ユリーナはとても綺麗な笑顔でにっこり。


 その時はレッドと一緒に破滅の道を歩みますね、と。

 とーっても素敵な笑顔で断言したそうだ。


 破滅することになろうが、他の男の元に行く可能性などカケラもあり得ねぇ!!!

 そう断言したのだ。


 だから全員がその瞬間に思ったそうだ。

 ああ、こりゃだめだ、と。


 かくして、俺が昏睡状態のまま、ユリーナは俺に嫁入りをするという衝撃の事実が出来上がっていた。


 言えよ!!!!


 そのことをメラクルに告げるとまたしても半目になって。


「あんたが姫様に会いに行くのを躊躇ためらうなんて誰が思うのよ。

 全員、すぐに分かることだと思ってたわよ」


 ひどく真っ当に呆れられた。

 エルウィンが俺を偽物だと思ったのは、そういう事情もあったのだ。


 ああ、うん、そうだね。

 それは流石にポンコツメラクルさんもあのとき怒るわけだわ。


 そう言うと耳まで赤くなってポコポコ殴られた。





 そんなわけで大規模なお披露目をしたわけではないので、ユリーナがハバネロ公爵夫人であることを知らない一般人も多いだろうが、クロウはサリーたちから聞かされていたようだ。


 そのユリーナが寄り添う相手。

 見知った顔のサリーの方を懇願するように見るクロウ。

 サリーは困り顔であっさり答える。

「……本人なんですよ、これが」


 衝撃の色をさらに濃くしてクロウはコーデリアの方を向く。

 そのコーデリアは何故かクンクンとメラクルの匂いを嗅いでいた。

 犬か?


「……信じ難いですけれど、メラクル先輩当人ですね。

 あっ、クロウ。

 その人たちユリーナ姫様とハバネロ公爵本人で間違いないから気を付けて!」

「今頃言う!?」


 メラクル本人をようやく認識出来たらしいコーデリア犬は、今更何を気を付けるべきかも分からない注意をクロウに促す。


「流石にバラしていいか分かんなかったから」

「そりゃそうかもしれないけど……」


 そうだね、こういうのは迂闊に話すと口封じに始末されたりとかもあるから、十分注意しよう!

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