第106話それはともかく

「それはともかくとして、最激戦地には連れて行くから」


「ななななぁんでですかぁぁあああ!!

 そそそそんな所に行ったら死んじゃうじゃないですかぁぁああああーーーーー!!」


 ビスケットを持った手をバタバタさせながら、涙鼻水混じりで泣き叫ぶ。

 うるせぇよ!


 可愛い顔して、どっかの駄メイド並みに残念オーラが漂ってるぞ!


「あのなぁ、俺ら隠密作戦中な訳よ?

 これ以上騒ぐなら、切って捨てて行かないといけなくなる訳よ?

 分かる?」

「いえ! 委細! 問題なく分かります!

 えっぐ、だから殺さないで下さい」


 涙鼻水は止まっていないが、騒ぐのを止めてえづきながらも敬礼で応えるリーア。


「あー、はいはい。大人しくしてね」

 2枚目のハンカチを渡すとぶびーとまた鼻をかんだ。


 ほんと遠慮ねぇな?

 やっぱりかなり余裕ある?


「まあそんな訳で、ついて来てもらう訳だが……」

 このまま戦場に突入するので、逃してやるタイミングが無いのだ。


 リーアも敵国の軍人だ。

 それなりに覚悟していたとは思うが、どうにもそれっぽくは見えない。

 一般人のポンコツ娘さんだ。


 だが、戦争に巻き込まれた人はそんなものかもしれない。

 リーアの立場は軍人というよりただの鉄山公の付き人だったのだろう。


 以前の鉄山公との会話を思い出すと、ずっと昔から付き人だった訳でもなさそうだった。

 だとすれば、彼女は魔導力を持っているが、その性根は限りなく一般人と呼べるのだろう。


 ……いかんな、どうにもこのポンコツ娘を見ると友好的に捉えようとしてしまう。

 プロ中のプロの密偵はここまで演技するかもしれないのだから。


 そうやって警戒心を残そうと思うのだが、どうにもただのポンコツ娘にしか見えない。


 恐るべき擬態だ!


 そうやって警戒しながらも行軍中、やはりというか当然というか特に怪しい動きもなくリーアは大人しくついて来た。

 むしろ何処か嬉しそうに。


「そりゃあ、そうですよ!

 3食付いてオケ一杯の水拭きもオーケー、寝床は女性陣で固まって寝れるから襲われる心配もない、というか襲ってきそうな人居ないですよね?

 きっちり統制が取れてますよね?

 凄くないですか?

 帝国の愚連隊はもう酷いもんですよ!

 女性兵士はいつも気を張ってないといけないし、毎夜毎夜近くの村から人を攫ってやりたい放題。

 奴ら人間じゃねぇ!

 私もちょび髭ベッドインを断ってから、あからさまに支給が無くなり、身体を拭くこともさせてもらえず、うう……、食べられる草を偵察途中で噛みながら、乗り越えること幾日……」


 愚痴が出るわ出るわ。

 あと草で耐え凌ぐ辺り、かなり根性据わってんな。


 アルクはその話を聞いて兵からは、こんな声が上がっていると報告してくれる。


「こんないたいけな娘になんて仕打ちだ!

 帝国軍許すまじ! そのように我が軍の士気が何故か上がっております……」


 この娘も帝国軍人で捕虜であることは、兵たちには秘密にしておいた。

 アルクもそっと目を逸らしてくれた。


 最初にメラクルのこと誤魔化した時も、そんな風に目を逸らしてくれたね。

 ありがとよ、アルク。

 良いのか悪いのか分かんないけど。


 縛ってもないし自由にしているから、どう見ても帝国から逃げて来た一般人の娘にしか見えないからだろう。


 そんな緊張感があるんだかないんだか分からない行軍を経て。


 ついに目的のグロン平原の端にまでやって来た。

 状況を密かに探らせたところすでに戦端は開かれており、行軍の疲労を癒したら速やかに戦場に突入することになるだろう。


 なんとかここまでは『両軍』に気付かれずに近付けたようだ。

 何度も言うが、貴族派は予備兵であり戦場のそばを行軍していることは下手をすると軍令違反である。


 主力が壊滅寸前のところを理屈抜きで救い出すことで、その軍令違反は有耶無耶にしなければならないのだ。


 詰んでる以上、危ない橋を渡るしかないのよねぇー、はぁ〜。


 それに何より。

 レントモワール卿。

 ガストル第2王子。

 マボー第4王子。

 こいつらにはここで消えてもらう。


 こいつらは、この先の世界で必ず俺の大きな邪魔でしかないから。


 必ず……俺の邪魔をするために迷わず、ユリーナを窮地に追い込むだろう。世界が滅びようとも、その悪意の手を。

 それだけは俺には許せない。


 そのために、ここだけはゲーム設定通りになるように。

 行軍スピードを調整させた。

 だから是非とも消えてくれ。


 地獄に行くだろうな、俺は。

 ハハッと自嘲の乾いた笑いが出る。


 大方、ゲーム設定のハバネロ公爵もそうだったのだろう。

 譲れないもののために覇王となったのだ。

 今となっては、その考え方は他人とはどう考えても思えず、むしろ俺らしいものだと。


「リーア。

 流石に武器は渡せないがこれを持っておけ。

 魔導力を込めれば一般兵のなまくら剣ぐらいなら防げる。

 死なないようにだけ心がけろ」


 俺はリーアに公爵紋のない例の金属片を渡す。

 リーアの腕なら下手に武器など持たない方がマシだ。

 それにリーアはいざという時は、帝国軍に保護してもらわなければならないからだ。


「ヒョヒョヒョヒヒョ? (これは何?)」

 その金属片を大事そうに受け取りながらビスケットをバリバリ食べている。


 騒がしかったリーアも戦場を前にビクビクガクガク震えていたので、口にビスケットを突っ込むと食べることに集中しだした。


 戦場を前に食い気がしっかりあるんだから、その根性は確実に座っている。

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