第107話戦場は生と死が儚く散る場所
「伝令!
ハーグナー侯爵からの龍炎騎士団200、我が軍に合流致します!」
ハーグナー侯爵からの援軍が来たが、これは謂わば踏み絵である。
一兵でも戦力は必要だが、連携の取れない弱兵ならばいない方がマシということもある。
だが、まともな訓練を受けた兵ならば是非とも欲しい。
よって貴族派に対し、兵を出し主戦場で合流するように公爵の名において要請したのだ。
その援軍をこちらの手の者が誘導して来たのだ。
これで兵を出さないようなら、その貴族には戦後、貴族としての義務違反などを理由に家の取り潰しも辞さない構えだ。
その時に役に立つ口実が、王太子から貰った全軍委任も含めた自由裁量権の証書。
実際に俺のこれからの策が上手くいこうといくまいと王太子は一時、火急の状態には陥ることだろう。
よって時間的な差異はあっても、その一時は俺に軍の裁量権が与えられていたことになる、という言葉のマジック。
貴族派全てとはいかないし戦後の派閥の形次第だが、いくつかの貴族はこれを口実に潰すことも可能だ。
ゲーム設定のハバネロ公爵はそんなことをしなくても、ある程度は貴族派から兵をもぎ取っていたようだが。
俺が王都でハーグナー侯爵と貴族的お話をしたせいで、ゲーム設定よりは動員出来た兵が少ない現状。
貴族社会難しひ。
それでもハーグナー侯爵は騎士団200を送って来た。
これで戦後にハーグナー侯爵を追い落とすことは出来ない。
老練な経験が危機感を感じ取ったか、いずれにせよ一筋縄ではいかない。
これを率いるのは、筋骨隆々で口髭モジャモジャの中年ワグナー男爵。
貴族らしい無駄にプライドだけ高いような輩ではないし、武骨な騎士で腹黒さは無いが、融通の効かない頭でっかちなところがある。
上官の俺の指示には従うだろうが、アレクや他の者の下には付けられない。
こいつも騎士の華は前線で突撃することにあると思うタイプなので、先陣を任せてやれば泣いて喜ぶかもしれない。
「ワグナー男爵、よろしく頼むぞ」
「戦場は騎士の大舞台、是非、それがしに先陣をお任せあれぇぇええええ!!!!」
うるせぇよ!!
まあ、いい。
そう言うならば是非お願いしよう。
多数に突っ込む勇壮な騎士団は味方の兵を勇気づける。
それこそ騎士団の有効利用だ。
「うむ、音に聞く龍炎騎士団の武名、ここで鳴り響かせてくれ」
「ははぁぁあああああ!!!」
だからウルセェって!!!
そこに慌てた様子の兵が走り込んで来る。
「伝令! 我が方の主力崩れました!
レントモワール卿戦死!」
「ガストル殿下とマボー殿下はどうした!」
「情報ありません!生死不明です!」
最早一刻の猶予もなしか。
全軍壊走してしまえば、こちらが兵1000いても生半可な介入ではどうにもならなくなる。
ゲーム設定のようにな。
「帝国軍横腹を突く。
敵はこちらに気付いておらん。
武勲は思うがままぞ。
ワグナー男爵、先陣の誉れ見事果たして見せよ。
我らの手で王国に勝利をもたらすぞ」
兵1150が全員が剣を上げる。
ここでバレてでも兵に勢いをつけさせるのも良いが、不意を突いて相手を混乱させる方を選んだ。
「ハバネロ公爵閣下ぁぁああああ!!!
吉報をお待ちくだされぇぇええ!!!
者ども! 俺にぃぃいいい!
続けぇええええ!!!!!」
ワグナー男爵が騎士団を連れて勢いよく突っ込んでいく。
だから、ウルセェよ!!
俺はそばで所在無さげにしていたリーアに声を掛ける。
「リーア。
これ持って、戦場から離脱しろ」
数日分の食料と水をリーアに渡す。
「え? へ? 戦場に突っ込ます訳じゃなくて!?」
「まあな」
ここまで来たらもう大丈夫だろう。
リーアが密偵で今から帝国軍に知らせに戻ってももう遅いだろう。
ならばここで逃したところで致命傷にはならない。
「……あとこれも持って行け」
少ない路銀と手紙。
「何これ?」
「ただの保険だ。
帝国と王国、どちらの兵に遭遇してもすぐにこの手紙を見せろ」
可能な限り5体満足で身柄を生きて公爵家へ引き渡せば、報酬を渡すという内容だ。
帝国軍ならその真意を確認するために帝国に連れ帰るだろうし、王国軍なら言うまでもない。
だが若く可愛い娘の1人旅だ。
野盗などに襲われたり、人攫いや詐欺に遭う危険は高いだろう。
送っていく訳にもいかないので、全ては本人の運次第。
流石に過保護に過ぎるなぁ〜。
どうにもこのリーアのポンコツぶりを見ていると構ってしまいたくなる。
「ありがと、公爵様は優しいんだね」
「……優しい、か。
今回限りのたまたまだ」
優しさなど主観的なものの見方に過ぎない。
俺が今から帝国兵を殺しに掛かるように、誰かへの優しさは誰かへの害になり得ることもまた良くある。
「そういうことにしとく。
公爵様は私の好きな人に少し似てるね」
「鉄山公か?」
「なんでよ!
あ、いえ、別に鉄山公様が悪い訳ではなくて鉄山公様はお父さんみたいな感じだから。
とにかく!公爵様、死んじゃダメだからね!」
「ああ、お前もな」
リーアは俺の言葉に嬉しそうにニッコリ笑うが、すぐに少しだけ寂しそうな顔をする。
「公爵様は本当はこんな人なんだね……。
それでも生きるために人に恨まれることもするって、生きるのって辛いよね」
「そうかもな。
だがただ一つでも大事なものが有れば、『幸せ』にもなる、それが人生だ。
さあ! 早く行け! ここもすぐに戦場になる」
「うん! ありがと! またね!」
大きく手を振りながら駆け出す。
意外と足が速く、もうその華奢な背は小さくなっていた。
またね、か。
残念だが、今リーアが言ったように生きるのは辛い。
俺たちが再び生きて会うのは望み薄だろう。
俺の頭に唐突にゲーム設定の記憶がまた浮かび上がる。
建物に挟まれ逃げ場を失う黒髪の少女。
やがて炎は彼女の居るその建物を燃やし。
『リュークは生きて……』
その名を最期に呼んで、彼女は崩れゆく建物の中に消えた。
……そういう意味ですかね、ゲーム設定さんよ。
出てくるタイミング遅過ぎじゃね?
そしてリーア。
お前がレイア・ハートリーなのかよ!
そのことについて深く考える暇もなく、いつもの伝令が駆け込んで来る。
何度も伝令に走って来てくれた男だ。
名前は確かカルマン君だったか?
「伝令!
ワグナー男爵討死!!
騎士団の帝国兵に飲み込まれました!!」
ワグナァァアアアア!!!
散るのはえぇえよ!!
内心だけで、ため息を吐き周りの兵に声を掛ける。
もう隠す必要もない。
声を上げ、蛮勇を持って突撃しよう。
「ワグナー男爵の死を無駄にするな!
ワグナー男爵の突撃で帝国兵は動揺している!
その穴を抜け一兵でも多く、王太子殿下の元に馳せ参じるのだ!!
皆の者! いくぞぉぉおおおおお!!!」
オォォオオオオ!!
1000の兵が吠える。
ワグナー男爵がアッサリ散ったのは困ったものだが、それでも不意に現れた死兵と化した騎士団の突撃で、帝国兵は大いに動揺している。
その動揺が消え、ズシンと構えられれば勝機を失う。
過酷で生き残るさえ難しい戦場だ。
懐に忍ばせたユリーナの絵姿をそっと取り出して見つめる。
口を真一文字にして手をピシリと揃えて。
そこには少しだけ緊張を滲ませた様な、彼女の一生懸命さが絵から伝わる、そんな姿。
あれがユリーナとの今生の別れとなる可能性も高い。
もしくは、ゲーム設定の通り……。
フッと我知らず笑みが溢れた。
それでも、まあ足掻きますか。
詰んでるけどな。
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