第108話リターン11-そこに駄メイドはいない

 あまり認識されていないが、指揮において大事なのは才能よりまず経験である。


 そもそも如何なる才ある者でも、いきなり人の指揮をして見せろと言われて指揮をするのは不可能である。


 机上で学んでも、生きた実践を通し様々な人と交わり、その心の有り様を理解せねば人は動かない。


 よって才能が意味を為すのは、あくまでその次の段階である。


 そういった意味でエルウィンにとって、このメラクル・バルリットという美しい女性は実に不思議だった。


「エルウィン。

 ついて来ている中から、この周辺の土地に詳しい人を呼んで。

 守るも攻めるも土地を知らなければどうにもならないわ。

 あと案内の人も。

 あの人からも状況を聞きたい」


 唐突に兵50を預けられたというのに、全くの動揺がない。

 それは少なからず指揮をした経験があるということに他ならない。


 この部隊にも彼女に憧れを持つ者も居る。


 公爵家でキリッとした立ち姿、それでいて慈愛のある笑みを浮かべるメイド姿の彼女を、多くの者が見たことがあるはずだ。


 だからこそ、その彼女が公爵家の聖騎士服を着ていることに疑問を持つ者も。


 彼女は公爵軍が見えなくなると、まず最初に聖騎士の証である護り刀を見せた。


 あんた、ただのメイドじゃなかったんかい!

 それは多くの兵に共通する思いであっただろう。


 そもそも公爵の情婦な時点で『ただの』ではないが、そういう意味ではもちろんない。


 そして彼女は移動をしながら、50の中からエルウィンに5人を選び出させて部隊長とした。

 10人をひと単位とし、相手に対して必ず複数で当たることを徹底した。


 その真っ直ぐに立つ姿は、聖騎士とはかくあるべしと堂々としたものだ。


 そもそもエルウィン自身、彼女の指揮に従ったこともある。

 だからそういう意味では、他の者よりも驚きは少ない。


「諜報や密偵が得意な人居る?

 居ない訳ないと思うのよね、あいつなら」

 彼女が言う人物たちにエルウィンは心当たりがあった。

 公爵が連れて行けと言っていたメンバーがそれだ。


「やっぱり〜?

 あいつが言ってたのよ。

 情報戦を怠るなって」


 情報通りなら敵は傭兵を多数含む部隊である。

 そこに絆や忠誠はない。

 有るのは欲と金の繋がり。


 いくらでも崩せる、と。


 それを言う彼女からは公爵様への信頼が見て取れた。

 公爵様から情婦ではないことは聞かされた。

 だが、これは……。


 公爵様は様々な仕掛けをこの大戦で用意した。

 以前から非凡な何かを持ち得ていたが、同時に冷たく暴虐な面も持っていた。


 ……だが、この方が来てから公爵様は変わられた。

 それが無関係とは言えまい。


「何? どったの?」

「うお!?」

 いきなり茜色の髪の整った顔立ちの彼女が、エルウィンの顔をドアップで覗いてきた。


 エルウィンが飛び退くと、不思議そうな顔で首を傾げている。

 先程見せていた表情はそこにはもうない。


 やはりこの方は。


「ん? 大丈夫?

 何か悪い物でも拾い食いした?」


 貴女はそんな物を拾い食いするんですか?


 その問いをエルウィンは飲み込んだ。

「いえ、大丈夫です。」


 そんなエルウィンの動揺を尻目に彼女は道の先を見つめ言った。

「そう、じゃあ急いで行くわよ。

 早くあいつを助けに戻らないとね」


 エルウィンはハッとしたように顔を上げる。


「今から各町や村を解放して回りますと、とても間に合うとは……」

 それにそもそも僅か50の兵では一戦出来るかも怪しい。


 彼女はむ〜んと唸りながら腕組みして。

「そうなのよねぇ……。

 ねえ、エルウィンなんか策ない?

 ほら、義勇兵集めるとか」


「しかしそれは公爵様も否定をされたかと」

「でもあれって、義勇兵を纏められるカリスマが居れば良いわけでしょ?

 こう何とかならない?」


 何とかって……。

 そう都合よくエルウィンも思い付くならば悲観的にはなっていない。


「おります!」

 それは今回メラクルたちが町を救援に行くことになった発端の伝令、ハンスという中年。

 彼はハバネロ公爵軍には同行せず、町への道案内のためにメラクルたちに同行していたのだ。


「ほんと?」

「はい。

 今、ランバの町にて立て籠り指揮を取っているザイードという男性とシロネという女性が、皆を纏めてくれております!」


「ほえー、ザイードってあのザイードかなぁ。

 ……クックック、コレはイケるわ!

 イケるわよ!

 皆!これはもしかすると義勇兵を沢山連れて援軍に行けるかもよ!」


 いやいや、まだどんな状況かも分からないのに。

 しかもザイードってただの盗賊じゃなかったっけ?


 そう内心で思うエルウィンだったが、今自分たちが出来ることは希望を持つこと以外にないのではないか、と考えた。


 いずれにせよ、その町に向かわねば始まらない。

 さらに言うならば、やれることをやった上で士気を上げるためのお題目として、目標を持つのは悪いことではない。


 むしろ全滅覚悟で望むことよりも、全滅すら予想された自分たちが王国の危機を救うかも知れないと考えれば、燃えないはずはない。


 心なしかエルウィンも自身が高揚してくるものを感じる。

 我ながら単純だ。


「行くわよ!

 私たちこそが救国の英雄だぁあああ!!」


 彼女が満面の笑みで剣を振りかざすと皆も同じように剣を高く挙げる。


 雰囲気を作るのが上手い。

 彼女の前では暗い絶望すらも跳ね飛ぶように、何とかなってしまうのではないかと思わせる。


 乗せ方が上手い、というか彼女は元来がお調子者なのかも知れない。


 その笑顔に誰もが惹かれる。


 本人は絶対に意図していないだろうけれども。

 エルウィンは我知らずクスリと笑い、自らも彼女の続いて剣を高く挙げる。


 ああ、やってやろうじゃないか、と。

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