第109話リターン12-やっちゃえ、メラクルさん

「どうしようかぁ〜、エルウィン」


 いや、どうしようかと言われても。

 彼女は見た目だけなら、凛とした聖騎士ぶりだが口調はどこか緩い。

 エルウィンたちは現在、ランバの町を囲む城壁の上に立っていた。


 見下ろす先には、公爵領の精鋭50と1000を超える兵の数。

 そう、状況は予想を遥かに超えていた。

 1000の兵が居る。


 敵ではない。

 そう全て味方だ。

 今からその兵たちの前で、帝国軍への反撃の演説をするのだ。


「いやぁ〜、助かったよー。

 何とか守ってたんだけど、町を敵に囲まれると士気も落ちてくるでしょ?

 数では押してると言っても実感ないからさぁ〜。

 やっぱ、目に見える勝利って得難いのよねー」


 ニコニコとメラクルとエルウィンに語りかけてくるのは、シロネという小柄な少女で髪は白い。


 孤児で髪が白いからシロネらしい。


「聖騎士様、こっちは大丈夫そうだ。

 お陰で今日の敵の襲撃は無さそうだ」


 精一杯丁寧な口調なのだろう。

 元盗賊のザイードという名の精悍な顔立ちの青年も、町の城壁の上に姿を見せる。


 この2人が王国兵を差し置いて、町の住人や冒険者や王国の敗残兵を纏め義勇軍を組織していた。


 貴族などの地位だけ高くふんぞり返った輩が居なかったことが功を奏した訳だが、皮肉なことではあるがそういう輩に限って逃げ足が早い。


 奴らは帝国兵が来るずっと前に、前線の町から荷物を持って逃亡している。


 責任や守るべき民よりも自分が可愛いという分かりやすい存在だから、恥知らずな真似も平気な顔で出来るものである。


「あ! ザイード〜!

 聖騎士様が美人だからって浮気しちゃダメだよ、メッ!」


 シロネが間髪入れずにザイードの腕に無邪気に飛びつく。


「何でだよ!?

 大体、何度も言ってるが浮気も何もオマエとは何の関係もねぇだろ!?」


「やだなぁ〜、照れちゃってー。

 ザイードとアタシは運命ってヤツで結ばれてるでしょ?

 ああ……、アタシの危機に颯爽と現れた魔剣使いの王子のザイード……格好良かったなぁ〜……」


 いつものことなのだろう。

 ザイードも困り顔で文句は言いつつもシロネを振り払ったりはしない。


 シロネは住んでいた町が帝国軍の襲撃に遭い、殺されそうになったところをたまたま冒険者として旅をしていたザイードに助けられて以来、こんな感じらしい。


 つまり傍目にはイチャイチャしているようにしか見えないのだが、周りの者は慣れされたのか、何一つ文句を言う者は居ない。


 唯一、茜色の美女聖騎士だけが額と口の端がピクピクと反応をしていることにエルウィンは気付いたが、見ないことにした。

 気付かぬふりが処世術というものである。


 信じられないことではあるが、このシロネという天真爛漫な様子の少女こそがこの義勇軍の知恵袋であり、恐るべく策士であった。


 それでも紹介されて町を見てすぐに成る程、と納得した。

 ランバの町を守り切っているだけあって士官学校で学んだエルウィンから見ても、シロネの手腕による町の要塞化は理にかなっていた。


 その町が帝国兵に包囲されていたところに、公爵領の精鋭50の兵が一矢乱れぬ突撃を敢行したのだ。


 攻城の際に後背から突撃されれば、いかに訓練された帝国兵でもたまったものではない。

 しかも彼らは帝国軍の主力から外される程度には、優秀ではなかった。


 さらにここ数日前からメラクル率いる公爵領の密偵の仕掛けにより、帝国軍に雇われた傭兵団同士が反目し合い内部分裂を始めたことも重なり、帝国軍は大いに混乱した。


 そこに更にシロネの策によりザイードを筆頭とする特攻部隊が呼応して、町から挟み撃ちを掛けた。


 この町に至るまで抵抗らしい抵抗を、受けていなかった帝国軍の気が緩みまくってたせいもある。

 どれもが帝国軍に効果的に効いてしまう。


 これにより帝国軍はまさに一撃で、壊乱と言って良い状況に落とされてしまった。


 こうして義勇軍と無事、合流を果たしたエルウィンたちは驚くべき幸運とシロネの智謀により、帝国軍を分裂させこの窮地を脱することとなる。


 そのあまりの結果に、彼女はうなる。

「う〜ん……」

「何か問題でも?」


 エルウィンは自分の想像を超えた結果であれ、良くも悪くも結果を素直に受け入れる度量があった。


 だがそのエルウィンにしても彼女の返答は想像の斜め下を行った。


「身体がツッコミを求めてるみたいなのよねぇ〜。

 そんなに簡単に上手く行く訳ねぇだろ、って。

 これって俗に言う調教かなぁ?」


 上司の性癖とか知らんがな! そうエルウィンは思った。


 口には出さなかった。

 この点があのお方との決定的な違いなのだろうと思うが、それで良いのだと自分の心の菩薩ぼさつがそう語りかけて来る。


 この彼女と公爵がただの雇い人と雇われメイドの関係だと誰が信じるのだろう、少なくともエルウィンは信じない!


 だがエルウィンは突っ込まない!

 広く深い心ゆえに!


 やがてこの広く深いエルウィンの心がある1人の女性を救うことになるのだが、それはまた別のお話。


 なお、その相手はメラクル・バルリットではないことだけは、ハッキリと明言しておく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る