第110話戦略的不利を覆すのはかくも難しい。

 ここにメラクル・バルリットが居なくて良かった。

 そう思うことは、偽善に過ぎるだろうか。


 あの日、裏切り者を斬るべく振るった剣を弾いたのは彼女だ。

 今度もまたそうすることだろう。

 彼女が聖騎士であるが故に。


「サビナ、アルク。

 第2、第4王子殿下たちを見つけたら分かっているな?」


 殺せ。


 軍閥派のレントモワールと共にノコノコとこの戦場にやって来ている第2、第4王子は生き残ってもらっては困る。


 王国が勝利すれば、主力として奮戦した自分たちの手柄。

 敗北すれば総大将たる王太子殿下の不手際。


 そんなヤツらである。

 彼らはこれからの厳しい戦後処理に、相手派閥の足を引っ張ることしかしないことは疑いようも無い。


 だが平時では排除する口実がない。

 むしろ悪虐非道の悪名が付いて回る俺の方が排除の口実たっぷりだった。


 ゲーム設定のハバネロ公爵もそれが分かっていたから貴族連中に牙を見せないように、いつも酒を飲んで仕事をしていないフリをしていたのかもしれない。


 ま、ただのこじつけで本当のことなんざ、どうせまたゲーム設定なんかでは分からない訳だが。


 その甲斐あってか、ゲーム設定の時の大戦ではハバネロ公爵の軍は貴族派の兵も参加しており、今の現状の兵数より多い1500だった。


 俺の当初兵数が1000だから1.5倍だ。

 それだけ王都にて貴族派影のボスのハーグナー侯爵と言い合ったことは悪影響があったということだ。


 貴族間の政治とはあんなものである。


 だからこの大戦でついでにハーグナー侯爵も墜とす手を仕掛けたのだが、さらりと避けられワーグナー男爵率いる騎士団200を送って来た。


 結論から言えば、そのワーグナー男爵の突撃は無駄ではなかった。


 騎士団の突撃の後に、更なる奇襲をかけることで相手は大いに動揺したのだ。


 奇襲は2回3回と重ねることで、思考を分断し、処理を追いつかなくさせて頭を混乱状態にさせるのだ。


 そうすることで兵の足は止まり、混乱したところをさらに叩けば、動揺して命惜しさに逃げる者と前に進もうとする者、立ち止まる者3者が入り混じり軍は停止して。

 負の連鎖となる。


 それを立て直そうとするのが指揮官であり、要である。

 よってそこを叩く。


 大声で手を振りかざし指示を出している者を優先的に薙ぎ倒す。

 懐から小刀を取り出し、離れた場所にいるもう1人にもそれを投げつける。


 必殺技こそ無いが、これでも能力Aである。

 木っ端な兵など指揮官であろうとも、ものの数では無い。


 兵の命など儚いものである。

 ゲーム設定の記憶がある俺は他の人よりも戦場慣れしている。

 リアルな夢は戦場の絶望も味合わせてくれた。


 味方の兵が帝国兵に斬られる。

 あいつは確かガースと言ったか。

 結婚したばかりだった。


 その帝国兵を切り裂く。

 そこに感情を通わせている余裕はない。


『あ……だからか。姫様を帝国に行かせたの』


 メラクルのふとした言葉が頭によぎる。

 味あわせたいものか!

 こんなロクでもない、血生臭さいものを味わう必要などない。


 1人殺せば殺人、100人殺せば英雄。

 有名な話だ。


 世界を救うのは血塗られた英雄ではない。

 人を救う勇者だ。

 その存在は誰かを救うために存在する。

 聖騎士もまた同様に。


 その存在は物語の中であれ、いつか来る邪神復活に備え世界を救うために、脈々と人々の心に引き継がれて来た。


 まあ、その背後に悪魔神なんてものが控えているのは、置いといて。


 血塗られた道は俺だけで十分だ。

 付き合わせるアルクやサビナ、俺の部下には申し訳ないが、な。


 これもまた俺の自己中心的な思い、だ。

 詫びる言葉など持ち得ない。


 戦況を頭の中に描く。


 戦略である兵の質、量、装備、全てが帝国が上回った。

 戦略で8割の勝敗が決まる。


 仮に世界最強が居ても、戦術だけで戦略で負けた状況をひっくり返すほぼ不可能だ。

 だが今回はそれをするしかない。


 ゲーム設定とは違い、王太子殿下の本陣に敵の本隊はまだ接触していない。

 その分、相手はこちらへ対処出来る兵が存在する。

 その敵兵を自由にさせてしまえば、当然、こちらに勝機はなくなる。


 なので俺は仕掛けておいた策の一つを動かす。


 平原と名がつくグロン平原ではあるが、無論、平野部のみというわけではない。

 小高い丘もあれば、森も山も少し行けば渓谷もある。

 平野部でも人の背ほどもある草木の場所もあり、兵を隠す場所もいくつかある。


 金属片を取り出し通信を行う。

『コウ。聞いているな? 仕掛けを発動しろ。

 ……死ぬなよ?』


 ゲーム設定では分けられた敵の分隊に対し、ラリーが命を捨てて火計を行い、自らごと敵兵を火で焼いた。


 今回は同じポイントで足止めの火計をコウが行う。

 帝国5000の内、せめて3分の1は足止めしてもらわねば王太子殿下の生存と王国の勝利はないだろう。


 500にも満たぬ兵でその3倍の相手を、である。

 通信の向こう側で見えぬはずのコウが、フッと笑った気がした。


『閣下、御武運を』


 コウは俺の、『死ぬな』という言葉には応えなかった。

 これこそ偽善の極みだ。

 自ら死地に追い込んでおいて。


 戦況が最初から詰んでいることは話してある。

 命がけで足止めをしない訳がないのだ。


 俺は僅かに一度だけ目を閉じる。


『……お前もな』

 それだけ伝えて通信を切った。

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