第111話散る華

 戦況は僅かの間に動いていく。

 横合いから敵を混乱させて、相手をいくつかに分断させたが、それでも相手の方が圧倒的に多い。


 王国本陣への道も帝国軍が追いすがり、立ち塞がろうとする。


 そんな中、アルクは兵100ほどを選び出し、俺たちに背を向ける。


「ここで足止めを致します。

 サビナ、閣下を頼んだぞ」

 アルクの言葉にサビナは深く頷く。


「……死ぬなよ?」

「お約束は致しかねますね。

 これでも王国の男です。

 華々しい戦場に散るのもまた浪漫です」

 そう言ってアルクはしれっと言いのける。


 それもまた一つの生き様ではある。

 満開の華のようにパッと咲いてパッと散る。

 すたれかけた騎士道の中にも、そんな風雅ふうがが存在もしている。


 覚悟を決めた男に贈る言葉は一つ。


「武運を祈る」


 アルクは見たことのないほどに破顔する。


「閣下にそう言って頂けるとは、これほど名誉なことはありません!

 閣下! 王国を頼みます!」


「任せろ」


 アルクには護るべき者が居る。

 帰りを待つ人が居る。

 今も散り行く兵たちにも。


 話している間にも迫る帝国兵の剣を弾く。

 まだ成人したての若者だ。

 それを迷わず切り裂き、意識して息を吐く。


 互いの背を見守ることなく反対方向に走り出す。

 立ち止まれば全てが意味がなくなるのだから、走るしかなかった。


 残る兵は800も居ない。

 どれほどが本陣と合流出来るか。


 帝国5000の内、どれほどが本陣に殺到するか、頭の中でそのデッドラインを見極める。


「閣下、御武運を」

 サビナが直掩の何人かを連れて、反転し離脱する。

 今度も互いに迷いはない。


 王太子殿下を見捨てない選択を選んだ時点で、賭けに次ぐ賭けをせざるを得なかった。


 能力Bのサビナがそう安易と討ち取られたりする訳がない。

 自分に言い聞かす言葉はそれだけ。


 そんなものはすでにアテにならないことは分かりながら。

 能力が常に一定などということは人である限りあり得ない。


 人は成長するし衰えもする。

 能力以上の力も出せば、その反対もある。


 どのような場合であれ多対1になった時、その能力差は一気に埋まる。

 変な話だが乱戦時には、サビナよりもメラクルの方が生き残る確率は高いだろう。

 防御特化ではあるし。


 それでも、大丈夫だと祈ることしか出来ない。

 己の命すらも危うい、それが戦争という名の殺し合いだ。


 今の俺はニヤリとした人の悪い笑みが浮かんでいるだろう。


 世界の滅亡の危機がありながら、こんな戦争という『お遊び』に打ち込む人間たちは悪魔神であれど、さぞ滑稽なだろうと思わずには居られない。


 残りおよそ700。

 纏まった部隊として500は辿り着かねば、最後の策も発動出来ないだろう。


 だが視界には本陣の旗。

 攻め立てられ崩壊はしていないが、時間の問題だ。


 もう一息というところで帝国兵の一団が行手を阻む。

 数は数百は居る。


「突破する!」

 まともにぶつかれば被害はデカいが、迂回している余裕はもう無い。


 突破を図り混戦となり敵味方入り乱れる。

 敵兵を斬りつけながら、共の者も数名となったところでついに王太子殿下の姿を捉える。

 王太子殿下の側近中の側近であるガラント将軍も一緒だ。

 しかし残りの兵はどれだけか。

 すでに本陣の奥深くまで帝国兵に割り込まれている。


 だが間に合った!


 近衛とガラント将軍が王太子殿下を守るように囲んでいるが、それ以上の敵兵がいる中に飛び込むように突っ込む。


 幾人も斬るがその中でも一際手強い兵に足を止められる。

 顔に傷のある3人の帝国兵。


 風格からしてベテラン兵であろう。

 いずれも威圧感を込めた鋭い視線でどっしりと。


 互いに言葉はない。

 刹那かそれとも数秒か、いずれにせよ長い時間ではない睨み合い。


 ザクッと何者かが歩み寄って来る音。

 トーマス君だ……。


 お前、居たの?


 そこに震えはない。

 代わりに絶対なる無表情。


 4人の視線が集まる中、トーマスは自然に、不自然なまでに自然に帝国兵へ歩み寄って。


 剣を薙いだ。

 ベテラン帝国兵の1人が静かに倒れる。

 斬ったのだ。


 え? あれ?


 残った2人もいきなりのことに驚きを露わにする。

 どう見ても新兵ぽいトーマスに、一瞬で1人が斬られてしまったのだから。


「キェエエエエ!!!」

 だが、すぐに正気を取り戻した1人が気合いの声と共にトーマスに斬りかかる。


 戦場で身体が動かなくなれば、すなわち死あるのみ。

 如何に自らを奮い立たせるか、それが生死を分ける。


 しかし、その瞬間。

 トーマスの身体がブレた。

 帝国兵が振り下ろした剣は空を斬る。


 驚きに目を見開く帝国兵たち。

 答えるように呟くトーマス。

「……残像だ」


 は、はいぃ〜!?


 帝国兵の死角に入ったトーマスが剣を振るう。


 トーマスを斬りつけようとした帝国兵は、逆にトーマスに斬られるのだった。


 トトト、トーマスゥゥウウウ!?


 俺と帝国兵は同時に動揺していたが、帝国兵はトーマスを警戒しなければならない分、俺の方に余裕があった。


 俺は残った1人をあっさり切り捨て、トーマスを振り返る。


 まさか、まさか、トーマスがこれほどの力を発揮するとは!?

 というか、あれはもしや必殺技!?

 必ず殺すと書いて必殺技かぁぁあああああ!!!


 俺がぁぁああ!!

 俺が必殺技を使えないというのに!

 貴様はぁぁあああああ!!!


「公爵か……?」 

 王太子殿下がこちらに声を掛けてくる。


 どうやら間に合ったようだ。

 王太子殿下は負傷したのか、左腕を押さえている。


 周囲の状況を確認する。

 公爵軍が集まって来る。


 外周に居た帝国兵はあらかた追い払ったようだ。

 だがすぐに次が来る。

 恐らくこちらを包み込めるだけの数で。


 相手は5000、こちらは今、俺が連れてきた部隊と生き残った本陣の兵、さらにコウたち足止め部隊を合わせても、せいぜい1500になるかどうか。


 ……だが。

 俺はうやうやしく王太子殿下に礼をする。


「王太子殿下。

 お迎えにあがりました。

 ……これより反撃の時間となります」


 そしてニヤリと笑みを浮かべた。

 さあ、策を発動だ。

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