第162話リターン28-狂いそうにもがき苦しみ

 本当は気付いていた。

 ゲーム設定の俺は次第に狂って行ったのだと。

 悪逆非道の噂に晒されて疲れ切っていた。


 婚姻とは家同士、国同士で行われるので大公国接収は事実上の婚約破棄。

 婚約破棄を宣言しなかったハバネロ公爵の胸の内はともかく、それが婚約破棄に他ならないことは外から見れば明らか。


 宣言がないだけ。

 婚約関係の無いユリーナとの関係は終わっていたのだ。


 これがもうじき訪れるユリーナとの未来。





 シーンは移り、ハバネロ公爵が暴走する滅神剣サンザリオンXを装置に突き立てる。


 装置を破壊する一瞬、『青髪』がユリーナを庇うのを見た。

 そうだな、そこに居るのは俺ではない。

 俺はいつもお前を傷つけることしか出来なかった。


「ごめんな、ユリーナ」

 せめて幸せに。


 君を捧げる装置は破壊した。

 その装置は邪神を生み出す。

 生贄に捧げた者を邪神化させて、悪魔神を封じる蓋にするために。


 邪神の復活のための装置ではない。

 そもそもの邪神を生み出す装置。

 さらに言えば、その生贄は限られた素質を持つ者。


 かつて邪神を『討伐』した一族の末裔。

 そう……大公国の血筋を持つ者に限られる。

 カスティアでは血が薄過ぎて、邪神復活でさえ不完全なものだった。


 主人公チームの誰も知らない。

 ゲーム設定の裏側にあった残酷な真実。


 悪魔神を抑え込む、この世界で唯一の方法。

 血の濃い大公国の姫を生贄に捧げる。


 ユリーナの死を以てのみ、世界は救われる。


 そんな世界を俺は認めなかった。

 全てが滅びても。





 そこでハバネロ公爵が俺に話しかける。


「それで自己陶酔は構わないけどよ。

 バラすなよ?

 今更、俺の感情など迷惑でしかないだろ。

 残される者に重い記憶だけ与えても何も救われんだろうが。

 どうせ、俺らは詰んでるんだ。

 せいぜい最期まで意地を張ろうぜ」


 一部隊しか居ない主人公チームがどのようにハバネロ公爵を討伐出来たか?

 悪魔神との戦いを考える必要のなかったハバネロ公爵は今の俺と違い反乱も可能だったはず。


 ……いや、知っていたのか? 

 悪魔神のことを。


 どちらにしても王国内のほとんどの貴族が主人公チームを支援したことだろう。

 さらにハバネロ公爵は領内の者にも嫌われており、中から崩されている。


 どれほどの智謀があろうと領民という足下が崩れ、外部からも圧倒的な数で囲まれてしまえば打つ手などない。


 民は上がどのような人であろうと興味はなく、むしろ悪逆非道のハバネロ公爵ではなく、義によって立つ他の貴族を押してくる。


 それぐらい詰んでいる。


 本音はどうなってもいいからユリーナを奪いたいだけのくせに、な。


 その痩せ我慢のツケで最期に見せられるのが、ユリーナが他の男に抱き締められる……まあ、庇っただけなんだが。

 そんな光景なのは自業自得だろうなぁ。


「そうなって当たり前だろ?

 死ぬ前に見るなんて最悪だが。

 ま、悪名高きハバネロ公爵の俺には似合いの地獄とも言えるがな」


 なるようになっただけだ、と付け加えハバネロ公爵は皮肉げに呟き笑う。

 俺はそんなハバネロ公爵をただ眺める。


 そこで俺とハバネロ公爵以外の第三者が割り込む。


「いや、バラすなと言いますけど、散々ユリーナさん抱き締めて、愛しいを連呼してませんでしたか?」


 シーアが椅子に腰掛け両手でカップを持ち、わざわざズズズと音を立てながら茶を飲みそう言った。


「夢の中ぐらいツッコミ不在で良いだろ?」

「現実でもツッコミ不在ですよね?」


 ツッコミに期待出来るのは……メラクルって、いかん生粋のボケ担当に何を求めているんだ俺は。

 夢の中まで酒に酔ったか。


「さっさと素直になれば良いのに」

 シーアの呆れたような言葉。


「俺は十分素直だよ。

 それに……今更だよ」


 賽は投げられた。

 今はもう大公国接収の真っ只中。

 これがユリーナとの致命的な決別になってしまうことだろう。


「ま、俺からの一方的な想いでは、ユリーナも辛かろう」


 ユリーナに対してもゲーム設定から流れは変わっていない。

 俺の大公国接収の後、ユリーナは大公国復興のための旗頭とされる。

 多少の心の交流があっても、俺は大公国を滅ぼしサワロワを殺すのだ。

 ユリーナの立場からしても許せるはずもない。


 だからもう良いんだ、と。

 せめてユリーナを護れるだけマシってヤツだ。

 どちらにしても苦労をかけるだけだしな。


 ……っていうか、アンタ誰?

 俺にシーアなる人物に夢以外で出会った記憶は、ない。


 青みがかった緑髪の少女にそう問いかけたが、そこで夢と認識したせいで目が覚める。






 目の前にメラクルの顔のアップがあって、内心ギョッとしてしまう。

 ……それでいて、精巧な美術品のようなその容姿に自然と引き込まれる。


 メラクルは笑いもせずに無表情に布で、俺の額を拭っていた。


「……今日も酷い汗よ」

「ボケ担当なんだから、ボケてろよ……」

「じゃあ、安心してボケさせてよ。

 今日もあんた、あんまり寝てないでしょ」


 それだけ言うと、水桶を持って立ち上がり部屋から出て行く。

 メラクルの居なくなった部屋で重たい半身を起こすと、転がった空き瓶が目に入る。


 酒の飲み過ぎによる水分不足で頭痛がする。

 どれだけ深酒しようと寝付きも悪い。

 用意してあったコップの水を一息に飲み干す。


「……我ながら狂うのは、もう少しだけ耐えてほしいものだな」

 俺はそう自嘲した。

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