第161話脱出計画

 そうと決まれば、早急に準備をする必要がある。


「こっそり抜け出すのは可能かしら?」

 レイルズに確認すると、彼は自身のアゴに手をやり少し考える。


 代わりにセルドアが答える。

「元よりユリーナ様自身の行動について、ガーラント公爵に許可を取る必要はないでしょう。

 ですが、こちらが警戒している様子を見せればガーラント公爵は自身の野心を気付かれたからと、強硬策に出てくる可能性は大いにあります」


 今度はそれにローラが意見を述べる。


「それは公都に戻ると告げても同じだわ。

 ガーラント公爵としては、姫様を手元に置いている方が権力を掴む上で都合が良い訳だもの」


 私は頷く。

 そうなればレッドに会うことも出来ず、最悪の事態になるのは間違いない。


「ラビットと連絡を取ってみないとなんとも言えませんねぇ。

 我ら9名だけでガーラント公爵の追手を振り払うのは難しいでしょうしね」

 レイルズの言葉に全員が同意。


 ガーラント公爵家が動員出来る戦力は、言ったところで200程度。

 これは魔導力を持つ者がそれだけ少ないことを意味する。


 しかし、魔導力のない者たちがまるで役に立たないのかと言われるとそんなことはない。


 ユリーナたちは預かり知らぬことではあるが、ハバネロが落石により先の大戦における決定的な勝利を決めたように、罠やそれに類する妨害は魔導力があろうとも十分な効力を発揮する。


 魔導力のない者が戦場に駆り出されなかったのは、ただ単に戦うことは魔導力を持つ騎士や兵の仕事という風潮があるためでもある。


 それに魔導力を持つ兵1人に魔導力の無い人々が正面から相対すれば、手も足も出ないことは事実でもあるからだ。


 それ以外については魔導力のない人でも出来ることも当然多いため、大戦中も後方の拠点には魔導力のない者たちも駆り出されていたし、英雄メラクルが率いた義勇兵の中には魔導力のない者も多数存在した。


 人は食糧や水がなければ生きられないし眠らねば容易く弱体化する。


 ガーラント公爵領内を抜けるまでに、それらの生命維持に関わる妨害をされればひとたまりもない。


 それなりの知恵者がガーラント公爵家に居るとは考え辛いが、それでもその程度は容易に考えつくことでもある。


 最強の名を冠するガイアもそれは同様で、最強のという称号はせいぜい一つの戦場においての、という前置きが付く。


 ましてや、ガーラント公爵は庶民を人と思わぬところもあり、極端な話だが民を人質に脅してくることすら想定出来てしまう。


 早急に動く必要がある。

 時間を掛ければ、掛けるほどガーラント公爵もこちらが彼らの動きに気付いたことに気付かれるだろう。


 巧遅よりも拙速が大事な事の方が多いのだ。


「姫様、本日もガーラント公爵家での夜会が開かれますが、如何されますか?」

「……行く、しかないでしょうね」


 私は何をしているのだろう。

 何でこんな所にいるのだろう。

 今すぐレッドに会いたくて、会って抱き締めて欲しくて。


『そこぉお! 乙女の顔しない!!』


 突然、密偵ちゃんの声が聞こえてきて、思わずキョロキョロと辺りを見回してしまう。

 突然の私の行動に全員が目を丸くする。


 何、いまの!? 通信!?


 他の皆には聴こえていないようだ。

 軽く手を振って苦笑いを浮かべながら肩をグルグル回して、肩凝りをほぐす動きで誤魔化す。


 私たちがガイアから教えてもらった通信方法では、通信出来る全員が受信してしまう。


『へっへーん、特注品だよー。

 ユリーナにしか聞こえてませーん』


 ズルい! 私もレッドから特注品欲しい!

 ……って持ってるわ。

 レッドの作った通信機を使っているということね。


『あ、今、ユリーナの彼氏から貰って羨ましいとか思ったでしょ!

 残念でしたー、これは黒騎士からの預かりものですー』


 なんだ、しかも貰ったのは自分の彼氏からか。


『そこー! 今、私の彼氏からとか思ったでしょ!?

 違いますぅー、黒騎士は彼氏じゃありませんー。

 た、ただの……ンンッ、幼馴染ですぅー』


 私もレッドは彼氏じゃなくて、婚約者だからプロポーズとか関係なく結婚するしーって……こちらは何にも言ってないのに、よく考えていること分かるよね?


 しかも通信だから、喉が詰まったみたいにどもったりしないはずなのに、わざわざ芸が細かい。


『これでも凄腕の密偵ですから〜?

 読心術って言うんだよ、顔の変化で多少はね〜。

 心の中の全てが分かるとかじゃないから、そこは悪しからず?』


 顔を見たら、私も分かるかなぁ?

 例えば今の密偵ちゃんが幼馴染とか言った時の反応とか。


 何気なく私は天井を見上げる。


 すると話し合いに口を一切開いていなかったガイアがおもむろに立ち上がり……、テーブルを足場に飛び上がり天井を剣でブッ刺した。


『ヒョエッツ!?』


 ガイアは天井を睨みつけながら、すぐに天井から剣を引き抜く。


「……気のせい、かな?」


『あっぶな……、あっぶな!!

 ユリーナ、こっち見ないでー!?

 気付かれるでしょ!?』


 気付かれるも何もたまたま見上げただけ、としか言いようがない。

 その先に偶然、密偵ちゃんが居たことになる。


「話を聞かれていたとなると、マズイな。

 その辺りどうだ、ガイア」

 レイルズが警戒した様子でガイアに尋ねるが、ガイアは何故か私を見るので私はそれに軽く手を挙げて答える。


「……多分、大丈夫だとは思う」


 要するに密偵ちゃんが居たということは、他からの監視は警戒してくれているだろうし。


「ユリーナが言うなら、間違いないと思うよ」

 ガイアがあっさりとそれに同意する。


 私が不思議に思い、首を傾げる。

「……前からそうだったから。

 ユリーナの感覚はアテになる」


 ガイアはそう言って微笑を浮かべる。


 前……というのはガイアの記憶の中のことだろう。

 それはともかくとして、またしても普段とのガイアとのギャップも相まって、その顔はやっぱり可愛かった。


「やばっ、鼻血出そう」

「なんで!?」


 何度も言うけど、可愛いものは可愛いのよ。

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