第272話それぞれの戦場2
シルヴァとレイルズたちの部隊は共和国というよりすでに帝国領内の中で防衛を行なっていた。
「ひゃー、キッツィねぇ」
レイルズは要塞の丘の下に広がるモンスターの群れを眺めて調子良くそう言った。
あの中に数体の魔神がいるが、その魔神が広がるモンスターの群れよりも厄介な相手である。
共和国が崩れたことで日増しにその圧力は増している。
この感じで来られたら、そう長くはもたない。
そうレイルズも感じている。
だからこそ、軽い口調で雰囲気を保つのだ。
「どう思います?」
「あん?」
率いる部隊にいくつかの指示を終えたシルヴァが口元に笑みを浮かべて、レイルズに問いかける。
シルヴァもまた指揮官の1人であり、常に冷静沈着であった。
逆に口元に笑みを浮かべている方が珍しいかもしれない。
見張の兵たちの中でも、特に女性陣はその見目の良い顔に浮かんだ笑みを見て赤い顔をしている。
「世界に命運を賭けた真っ只中にいる気分は」
シルヴァの問いにレイルズは苦笑いを浮かべる。
そう問うということは、つまりシルヴァ自身も今のこの状況と自分の立場を不可思議に思えているのだろう。
「ほんと小国の聖騎士がなんでこんなところにいるんだか」
アンタもだろ、とレイルズが付け加えるとシルヴァもその通りだと肩をすくめる。
レイルズは大公国の騎士爵の一族の次男だ。
貴族としても特に地位が高いわけではない。
昔から剣の腕があり魔導力を持っていたが、聖騎士団の上司になるいけ好かない貴族連中と馬が合うこともなく、その貴族の奥方や恋人に手を出した。
その挙げ句、モンスターが多く危険な地方の討伐隊に回され、手柄を立てては公都に戻り、また女性問題で飛ばされ、手柄を立てて戻るを繰り返した。
大公国内ではトップクラスの実力だが、使いづらい『はぐれ聖騎士』、それがレイルズを示す言葉だった。
歯車が狂ったというか、おかしくなったのは大公国の姫君だったユリーナ公女の下についてすぐのこと。
大戦が始まった。
あわや全滅というところで救援が来たが、そのとき助けに来てくれたのがこのシルヴァ率いる銀翼騎士団と、あの大公国の仇敵ともいうべき王国のハバネロ公爵だった。
そこで指令を受けたのが帝国宰相の暗殺である。
そのときはレイルズは俺の悪運もここまでかと思ったが、すでにいくつもの手筈は整っており、苦難こそあれど任務を達成することができた。
なるべくしてそうなったというべきなのか。
このときにレイルズの人生は転換期を迎えてしまった。
気づけば同じ聖騎士仲間だった半分は敵となって大公国の公都で戦闘となり、その後は大公国はハバネロ公爵家に吸収され、今では世界の命運を賭けた戦いにあのハバネロ公爵の部下として最前線で戦っている。
元傭兵で現公爵家騎士団隊長のシルヴァの同僚として。
本来なら大公国で
女に関してはだらしなかったが、アフターフォローは万全なので刺されて殺されるということはなかったはずだ、多分。
「人生ってのは、本当にわかんねぇもんだな」
それが全てだ。
「そう思います」
シルヴァはレイルズの言葉に同意する。
シルヴァも傭兵から本当に騎士になれるなど思ってはいなかっただろう。
「なんにしてもこの先を生きのびねぇと話にならないけどよ」
モンスターの群れは次第に要塞に近づいている。
例のハバネロ公爵からの指示で、その際のルートも示されている。
「さあて、いっちょやってみますか」
レイルズはシルヴァと頷き合い、互いの部下に指示を送る。
最後の時は近い。
人が滅びるか、悪魔神が滅びるか。
全てはこの戦いの先にある。
帝国領の最前線の1つ。
そこにレイアとラビットたちがいた。
ラビットたちの組織はハバネロ公爵の指示で帝国に先行して入り、その支援を受けられるように根回しを行い、魔神との戦いが始まると鉄山公の支援も受けたレイアも合流していた。
その部隊も最前線で共和国側からの更なる魔神とモンスターの侵攻を確認していた。
「キタキタきたー!」
レイアがモンスターの群れに興奮してなのか、それを口実にしているだけなのかラビットの背中に飛び乗る。
急な接触に
その反応にレイアは目を丸くする。
「なに、この可愛い人」
「そこォォオオオ、イチャイチャするんじゃありません!!
マークさんもデレデレしない!!」
秘書官としてマークに付き従う眼鏡を掛けた理知的な見た目のラレーヌは、レイアとラビットに注意を放つ。
笛を持っていたらピーピーと吹き鳴らして警告していたことだろう。
「わわわわ、私の運命の幼馴染との
ラビットの背中に乗ったままというよりしがみ付いたまま、レイアはそんなふうに訴えるものだから、ラビットはますます顔を赤くする。
なお、それを言っている当人のレイアも顔を真っ赤にしている。
「うー……」
ついには羞恥で耳まで赤くしてラビットの首筋に顔を埋める。
首筋という多くの人が性感帯にあたる箇所にレイアが顔を埋めたものだから、ラビットはくすぐったさとよくわからないムズムズと興奮に襲われる。
ラビットが出来ることはビクビクと
それを耐えるのが惚れた弱みなのかもしれない。
「そこまで恥ずかしいなら言わなけりゃいいのに」
ラビットたちの組織のナンバー2でもある兄貴分のガルマムは既婚者の強みか、呆れながらその様子を見ている。
「うー、私も彼氏が欲しい!!!」
先に根負けしたのはラレーヌである。
地団駄を踏み、悔しがると周り中から立候補しますと手を挙げて有望な男性陣が詰め寄る。
「あら?
あらら?」
まんざらでもないラレーヌ。
その様子をついにはため息を吐きながら見守るガルマム。
危機的な状況が近づきながらも、どこか緩い雰囲気を
なお、羞恥でこれ以上ないほどに顔を赤くしてラビットの首筋に顔を突っ込むレイアは、ラビットが『自分の男』であると主張する、確信犯である。
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