第271話それぞれの戦場
「これはキッツいなぁ。
さすがにもう終わりかな?」
「だなぁ……」
応援に回された共和国と帝国との間。
小さな村を防衛拠点にして、カリーとコウは隊を率いて湧き出た魔神と戦いを続けていた。
ヤツらはどこにでも湧き出てきた。
一定方向にだけ目を配れば済むということにはならず、拠点1つとってもどこでも護り切るだけで苦戦している状況だ。
「ダメなときはダメだなぁ」
「だなぁ……」
互いに部下がいるので、2人のとき以外ではこんな弱音は吐けない。
どこまでも自信があるフリをしておかなければならないのだ。
たとえ、それがすでに絶望的でも。
ハバネロと一緒にいくつもの厳しい戦場を経験してきた2人だが、その2人をもってしても今回ばかりはどうにもならないとさえ思える。
村の周囲はすでにランランと輝く目をした数体の人型の魔神とモンスターの群れに囲まれていた。
魔神は見た目、多少の姿の差はあれど、どことなく人のようにも見える。
だが、目はランランと光り、ゆらりゆらりと揺れるたびに黒い残像のような影がついてくる、それが身体の奥底からおぞましさを感じさせる。
ここからの生還は絶望的だろう。
残った100人未満の部下と共に村に残っている人は避難民を合わせ300名を、1人でも多くその囲みを越えて生きのびさせることを目指す。
それだけだった。
この村で残っている者の中で必殺技を使えるのは、カリーとコウの2人だけ。
モンスターの群れを突破するにしても、魔神たちを足止めするにしても、コウとカリーは最期まで留まる必要がある。
生存は絶望的だろう。
「コウ、おまえ誰かと結婚の約束したりしてないだろうな?」
結婚の約束などは有名な死亡フラグで、ハバネロ公爵家では約束するぐらいなら、結婚してから戦場に行けとハバネロから指導を受けるほどだ。
それをユーモアをもってハバネロ公爵家で使われている。
帝国との大戦でも多くの未亡人を出す結果となってしまったが、その話を口実に残された家族への手当ては余分に支払われた。
それが残される家族へのハバネロの配慮であることは、ハバネロ公爵家に仕える者たちはよく理解している。
コウはカリーの軽口に口笛を吹いて誤魔化す。
「そういうことは忘れたなぁ」
コウがややプレイボーイの性質があることをカリーはよく知っている。
「後ろから刺されるぞ?」
「では、女性に優しく刺されるためにもここでくたばるわけにはいかんな」
「違いない」
そのとぼけた言いように、カリーは全面的に同意しクックックと笑いが漏れる。
生きなければならない。
それがどれほど絶望的であろうとも。
「……撤退を開始するときは、たしか閣下は帝国側に寄っていくように退けといってたな」
頭の中の地図をなぞるようにコウは中空に指で線を描く。
偶然ではあるのだろうが、その指の先に鮮やかな虹が見える。
カリーにもそのイメージは共有された。
「そうだな。
どういう意図かはわからないが、そうするとそれぞれの戦場にぶつかることになるな」
そうなればこちらの敵を引き連れていくことになりはしないだろうか。
コウもカリーも同じことを思ったが、撤退の道すがらすでにそのように魔神たちを誘導している。
今更、方向を変えたところで無意味だろう。
閣下になにか考えがあるのだろう。
コウとカリー思考を停止した。
あの生死を分けた帝国との戦場もそうであった。
そうして勝利を死神からもぎ取った。
ならば自分たちはそれに従うのみだ。
命を賭けて。
「……行くぞ!」
「ああ、忠義のために、ってか!」
そして2人は生き残った部下たちにも
その先の小さな小さな希望の光に向かって。
そしてこちらもまた共和国の端。
「ここは俺に任せて先に行け。
大丈夫、必ずまた会える」
スパークはミレに告げた。
どこかで聞いたような言葉だが、実際に聞いたことがある者はかつてどれほどいただろうか。
そしてそれを言ったおおよその人が言葉と裏腹に帰ってくることはなかった。
それは、そういう言葉である。
「スパークさん早く!」
度重なる戦場で頭角を現した緑髪の真面目な少年サイファがスパークに大きく呼びかける。
今では隊の1部を任せられるほどになった。
もう少し経験を積めば魔神ともやり合えるだろう。
後方からは迫り来る魔神とモンスターの群れ。
前方はスパークたち共和国残存部隊。
さらにその前には共和国からの避難民。
追い付かれればどうなるか、火を見るよりも明らかというやつだ。
「行け!
行ってあとを頼むぞ!」
スパークはハバネロから徐々に帝国側に後退しながら戦い、限界になったら帝国側へ真っ直ぐ突き進めと言われている。
それがどういう意図かはわからない。
帝国軍が援軍にでも来てくれるのか、それとも別の理由があるのか。
どういう意図であれ、もうそれに賭けるしかない。
「嫌だ!
嫌だ嫌だ嫌だ!!」
ミレが彼女らしくなくスパークにしがみ付いて離れない。
わかっているのだ。
この戦場で離れるということがどういうことか。
スパークはミレの口を口で塞ぐ。
もごもごと互いの口腔が動く。
口を離し、スパークはミレを突き放す。
「行け。
行かないと俺が帰る場所がないだろ」
そう言ってスパークはニッと笑う。
冒険者という職業は夢や希望に溢れた世界ではない。
各国で法整備をされて派遣業のような扱いもになり、商業ギルドと同じく冒険者ギルドも保護をしてくれるようになった。
その結果、女性でも冒険者になっても生活することも可能だ。
それでも傭兵のように命は金で買われるし、ヤクザのように暴力の世界でもある。
モンスター退治もあるが、山賊退治や盗賊退治も含む人同士の争いも多い。
同じ冒険者にとどまらずパーティーを組んだ仲間の死もたくさん見てきた。
そんな中で2人は出会ってパートナーとして過ごした。
恋人よりも戦友であり仲間だった。
変な公爵様との出会いからいつのまにか共和国の部隊を率いる立場になった。
そんな立場になっても、冒険者の2人には絶対の掟があった。
片方が死ぬことがあっても、生き残った方は必ず生き続けること。
共に命を張ることがあっても、共に死ぬことはない。
どちらかが生き残るように。
歯を食いしばり涙をこらえ、ミレはもう一度だけスパークに口付けをする。
「必ず生きて帰って来なさいよ、ばか!」
「おう」
それが今生の別れになると知りながら、スパークは笑ってミレにそう応えるのだった。
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