第270話詰んでいく世界

 魔神が世界に溢れてしばらく経って……。

 私、メラクルは共和国寄りの王国の端っこ。

 その戦場にいた。


「姐さん! 魔神が全面に出て突破できねぇです、どうしやすか!」


 ワグナー子爵が貴族らしからぬ口調で報告をあげるのを聞いて、私は声を張り上げて応える。


「魔神はこちらで突破するわ。

 全員援護に回って。

 コーデリア、皆行くよ!」

「はいです、先輩!!」


 緊迫した状況下。

 姐さんって言うな、と言い返すのは後回しだ。


 私の両サイドからメラクル隊の面々が雪崩れ込み、魔神を守るように囲むモンスターをつゆ払い。


「必殺技いっちゃえ、タイチョー!」

「キスで補充してないですけどいけますか!」

「心に愛があればいけます!」

「これが愛の力!?」


 なんでそうなる!?

 そりゃまあ、魔神戦突入前は毎回、ハバネロから魔導力もらって必殺技放ってたけど!

 愛というか、どちらかといえば電池代わりだったわけだけど。


 久しく会ってないから、再会できたら真っ先に補充しないと……。

 私は無意識でそっと自らの唇に触れていた。


「先輩!

 エロいこと考えてニヤニヤしない!」

 私のそんな仕草を見て、剣をブンブン振り回しながらコーデリアがそんなことを言い放つ。


「エ、エロいことなんて考えてないわよ!!」

「エロね!」

「エロよ!」

「ぐぬぬ、エロバンザイ」

「エロ愛は不滅ですぅぅうううう!!」


「あんたたち、うるさい!!!」

 よくモンスターと戦いながらで余裕があるわね!?

 激戦を潜り抜けてきたからこそなんでしょうけど。


 そこに遅ればせながら、私たちをサポートするべく兵たちが突っ込む。

 ノリが良いのかどうなのか、私のそれに呼応して騎士団の男どもが雄叫びを上げる。


「いっくぞぉぉおおおおお、ヤローどもぉぉぉお!!!

 姐さんに続けェェエエエエエ!!!」

「ウォォオオオーーーーーーー!!!!」


 誰が姐さんだ!

 モンスターが押されて中央による中、その先、真正面に魔神の姿を確認。


 ガンダーVを構え、それに向けて必殺技を放つ。


「『陽炎残光ぉぉおおおおお!!』」


 赤い光がエネルギーの奔流となってモンスターに向けて放たれる。

「吹っ飛べェェエエエエエエエエエ!」


 気合いを込めただけの極端な魔での力技。

 だけど、それが魔神には1番効果がある。

 人の祈りを込めた一撃。


 祈りを込めた力の奔流は魔神を飲み込み……。


 その奔流が消えた静かな静寂の中に魔神を構築した紫結晶の塊が、透き通るような音色を響かせて崩れ去った。


 それを皮切りにクルリときびすを返し、モンスターたちはその場から散っていく。

 まるでなにかから解放されるように。


「やったぞォォオオオオオオオオ!!

 姐さんがやりやがったァァアアアアア!!」


 野太い男どもの感性があたりの響き渡り、勝利の勝ち鬨が挙げられる。


 兵は男だけというわけでもないが、なんの偶然で意図なのかわからないが、この戦場は男どもばかりだった。


「姐さん言うなァァアアアアア!」

 私がそう叫び返すと、それが合図になってか男どもはさらに喜びの勝ち鬨をあげるのだった。


 なんでよ!?








 人を導くように鼓舞し戦う。


 それが遠征にあたり、ハバネロから私に課せられた使命だ。


 世界全土で魔神との戦いが始まっている。

 もう世界の誰もが知っている。

 これを乗り越えないとあの日々は戻ってこないこと。


 なのでハバネロは王国各地のみならず、帝国と共和国にも兵を送り出すことにした。


 Dr.クレメンスチームにより新開発された魔導器の提供と使用指導、さらには魔神との効率の良い討伐を支援するためだそうだ。


 各地へ皆が散らばる前。

 魔神との生存を賭けた戦いに出発する、そのときにハバネロは言っていた。


「やはり世界が1つになって……とはいかんな。

 教導国と共和国は事前の訪問の成果もあって情報は隠してはいなさそうだが、帝国から入ってくる情報は半分ぐらい、と考えておいた方がいいか」


 王国においては王太子が国を掌握し、大貴族侯爵であるハーグナーパパが手を貸しているから、その支配統制については8割以上は大丈夫だとか。


 前王のままだとなにもできずに世界は滅びていたことだろうと。


 世界は詰んでいる。


 そうとわからぬように世界はいつでもギリギリ、薄氷の上だっただけのこと。


「帝国側は鉄山公からは知りうる限りの情報が回ってくるだろうから随分マシだな。

 俺たちが走り回る程度でなんとか前線が維持できる。

 まあ時間の問題だがな」


 悪魔神が復活してからは早かった。

 教導国が滅びて、魔神戦が始まった。


 いまは各地の情報を集めると同時に各地の人々と連携を強める。


 彼は言う。

 人は自らが納得しなければ動かない。


 だから、魔神との戦いを背中で支えてやらなければならない。


 そして。

 人は自らを納得させれば、どんな残酷なことでもするのだと。


 ときに正義として。

 ときに恐怖から逃れるため。

 ときには、自分のために他の誰かを生け贄にすることも。


 最後にそれらのことを告げたハバネロに私は言葉を投げかけた。

「……ねぇ、ハバネロ。

 流石にそろそろ姫様離したら?」


 タスケテーと姫様の口から白い魂が抜け出ている気がする。

「人前では、人前ではやめて……」


 もはや誰もなにもツッコミを入れないが、真面目な話をするその最中もハバネロは姫様を抱き締めたまま、一切その腕から逃そうとしない。


 姫様がシクシクとハバネロの腕の中で嘆くが、ハバネロはその姫様の唇をその人前で臆面もなく堂々と奪う。


 姫様もそれに対しては抵抗することなく、そのときばかりはトロンとした目で受け入れてしまうものだから、周りも最初っからなにも言わずに生ぬるい空気だけで流されてしまうのだ。


「メラクル変わって……」

「無理!

 そこ姫様限定だから」

「む?

 仕方がないな、メラクルも……」


 しまった!

 薮を突いて蛇が出て来た!!


 それを藪蛇やぶへびという!!


 ハバネロが手招きするが私は必死に目を逸らす。

「ソコハ姫様限定ダカラ」


 なおも目を逸らす私の手をガシッと姫様が掴む。


「ヒィ!?

 や、やめろ!

 私を巻き込むんじゃない!」


 私は首を横に振り目で必死に訴えるが、その手をさらにハバネロが掴み私をグイッと引き寄せる。


 ぎぃやぁぁああああああああ!!


「は、離せ!

 離すのよ、ハバネロ!

 私は行かなければならないのよ!」


「大丈夫。

 各自出発前に家族とのしばしの別れのために3日ばかりの休暇を言い渡した。

 コーデリアたちポンコツ隊も休暇に入るように言ってある。

 お前も俺とユリーナと一緒に3日ほど部屋で休暇に入るぞ」


「部屋で休暇ってなに!?

 ナニする気よ!

 言わなくていい!

 言うんじゃないわよ!?」


「はっはっは、夫婦は子作りに決まってるだろ?」


「言うなと言ってるでしょぉぉおおおおおおお!?」


「そもそも逃すわけねぇだろ?

 あとコーデリアたちポンコツ隊からも伝言だ。

 頑張れ、だと」


「なにを!?

 ナニを頑張れと!?

 あっ、ちょっと引きずるな!

 ちょっ、姫様!?

 一緒になって引きずらないで!?」


「ふふふ……、メラクル。

 貴女も道連れね?」


「ちょっ!?

 は、離してェェエエエエエエエエエ!」


 そしてその1週間後、私たちは世界の命運を賭けた戦いに突入した。


 ……なお、その旅立ちの日のコーデリアたちからの生ぬるい笑みには、必死に目を逸らすことしかできなかった。

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