第19話盗賊狩り①

「おーい、お嬢。お茶お代わり」

「お嬢って何よ! 私、アンタより年上! 敬いなさい。あとお茶は自分で淹れなさいよ?」


 メラクルに加え、黒騎士ロイドも執務室のソファーでゆっくり茶を飲んでいるのを尻目に、俺は仕事を片付けながらふと考える。


 そろそろ、主人公とユリーナが出会う最初のシナリオの頃かな。


 俺は執務机の上に飾ってあるユリーナの姿絵を眺める。

 美しい……。


「ちょっと公爵。姫様の絵を見て変な妄想しないでよ? 姫様が汚れる」

「メラクル言い過ぎです。閣下に失礼ですよ?」

「そうだ、お前は少しは言葉をオブラートに包め」


 俺はため息を吐きつつも覚醒してからはその手の礼儀などどうでも良く感じるので、それ以上はメラクルに注意することはない。


 本当は不敬どころではないが、もう何度も似たようなやり取りをして俺が許しているので、サビナも強くは言わない。


 そこに黒騎士が茶々を入れてメラクルを揶揄からかう。

「そうだそうだ。あんたも妄想してもらえる相手が出来たらいいな」

「ムキー! そういうアンタはどうなのよ!」


 言い合う2人を放置して、俺は主人公とユリーナが出会うシナリオについて考える。


 どうでもいい話かもしれないが、このユリーナとの出会いの場に俺が居たら、ハンカチを噛み締めてしまうことだろう。


 嫌われてなくて羨ましい。

 ムキーと。

 ……うん、やってしまいそうだ。


 大体、あれだ。

 あんな可愛いユリーナを前にして男が抱き締めずにいられようか、いや、いられない。


 それはそうと、仕事の報告に来ていたセバスチャンに声を掛ける。


「セバスチャン。例の盗賊だが未だ被害は変わりなしか?」

「はい、まだ街道外れの帝国寄りの大森林に隠れていると思われます」


 そうすると、ユリーナたち主人公チームはこちらのルートを選ばなかったということだろう。

 もっともゲームシナリオがどれほど当てになるかは全くの不透明だが。


 いずれにせよ、討伐されていないなら予定通り、こちらで討伐に向かうまでのこと。


「そう言う訳で、セバスチャン。

 留守の間、頼んだ」

「お任せを」


 公爵領はここ僅かな間で上向きの状況を見せている。

 余程、公爵がやるべき仕事が滞り過ぎていたのだ。


 ……あるいは、すでにかつてのハバネロ公爵は絶望していたのかもしれない。

 少しぐらいの上向きでなんとかなるような状況ではないのだから。

 良くて傀儡、悪くて……ご存知の通り破滅だ。


「ちょっと! 公爵! コイツになんとか言ってやってよ!

 年長者を敬う心ってモノがないのよ!」

「だったら、年増って言ってやった方がいいのか?」


「むきー!」

「ちょ、ちょっと、メラクル。落ち着きなさいよ」

 メラクルと黒騎士ロイドが言い合うのをサビナが宥める。


 ……騒がしいな。


 執務室の扉がノックされ返事をすると、背筋をビシッとした中年の女性、メイド長のロレンヌが入って来た。


 ロレンヌは俺に一礼して、メラクルを見る。

 睨んだ訳でもないのに、メラクルは直立不動で立ち上がる。

 それはさながら、軍隊における上官に対する部下の態度。


 あー、うん、コイツが騎士だってことが見る人が見れば分かるんだな。

 結論から言えば、メラクルはメイドとして不適格、駄メイドであった。


「バルリットさん。

 礼儀作法の教育の時間ですよ」

「あ、あの、メイドに礼儀作法の教育って何か変な気がするのですが……?」

 駄メイド、メラクル・バルリットは一生懸命反論する。


 礼儀作法までやらされていたのか……。

 ロレンヌはこちらを見る。

 俺は手を振り応じる。


「すまんな、メイド長。

 手をわずらわせてしまった。

 コイツの教育に関しては徹底的にやってくれ」


 ロレンヌは丁寧に一礼してメラクルの首根っこを掴み引っ張って行く。


『う、裏切ったわね! 公爵!』

『良いから、大人しく教育を受けて来い。

 お前はちょっと淑女というものを学べ』

『厳しいのよ、この人! 鬼かって言うぐらい!

 ウチの騎士団の教育係より鬼よ!』


 言葉には出さず通信のみでのやり取り。

 これの問題点は声が届かないぐらいに離れても通信出来てしまうことだ。


 うるさいので、当然、通信は受信しないようにした。


 ……しかしようやく分かった。

 なんで駄メイドのメラクルが公爵邸の中でメイドとしてやっていられるか。


 メラクルは俺の妾候補だと思われてるんだな。

 完全に誤解なんだがな。


 執務室の扉がノックされ応じる。

 今度は衛兵のアルクだ。

 コイツはコイツで優秀なことが分かった。


 今のところは裏切りをしている様子はなく、セバスチャンからも印象は良い。

 貴重な人材だ。


 どうやらこの街の裏街を牛耳る顔役との交渉が難航しているらしい。


「俺が行って話を付けて来てやるよ」

 今度は黒騎士がソファーから立ち上がりそう言った。

 なんだかんだ言いつつ、口も上手いし、人に取り入るのも異常に上手い。

 機密を扱う公爵府の整備員に任命されるほどに。

 その辺りの調整は適任だろう。


 どうやっているのか分からないが、ゲームでも主人公チームの隠れ家などをいつの間にか手配していたりもしていた。


 結構、謎な人物だ。

「頼んだ」

「あいよ」


 片手を挙げて、黒騎士とアルクは執務室を出て行く。


 何にしても、この街に限って言えば安定してきていると言っていい。

 だが、未だにこの街でもハバネロ公爵は嫌われたままであるし、噂も酷いものだ。


 それに何より……。

「帝国が動く気配がありそうだな」

 セバスチャンが持って来た報告の書類を見ながら言う。


「はい、おそらくは。

 帝国のバルド宰相などは王国への嫌悪をあからさまにしておりますゆえ……」


 日々の仕事をこれだけ頑張っても、ハバネロ公爵は詰んでますやん、ということだ。


「さあて、どうしたものかな」

 俺はユリーナの姿絵を見つめながらそう呟く。

 あゝ、ユリーナに逢いたい。

 ……向こうは逢いたくないだろうけど。

 切ない!!

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