第18話リターン0

 ゲームでは、青い髪の主人公ラビット・プリズナーが旅の途中、偶然、聖剣ラビッシュブレイブを手にし盗賊に襲われた村を救おうとするところからゲームが始まる。


 そこに調査任務で密かに訪れていたユリーナ・クリストフ大公姫と出会い、村を防衛しながら盗賊を討伐するところが第1話となっている。


 なお、その聖剣ラビッシュブレイブが何故その村に安置されていたのか、ゲーム設定は明かしていない。


「ラビットさん! 右を頼みます!

 ローラ! セルドア! 彼のフォローを!」

 ユリーナは聖騎士であるが同時に大公姫である。

 いくら個人的に強く、さらに騎士の任務とはいえお付きの者なしで行動はしない。


 そうは言っても、大多数で動くと目立ち過ぎるので、聖騎士のローラとセルドアの2人だけを連れている。

 そもそも、何故大公姫が聖騎士とは言え、任務に奔走しているか、理由は至って簡単。

 大公国はいつでも人手不足だからである。


 ローラは長い金髪の女性で、セルドアは紫髪の精悍な男性である。

 ゲーム的に言えば能力はDで、それなりの騎士だ。

 ゲーム開始で能力Aの主人公ラビットが異常なのである。


 盗賊たちは帝国からの傭兵団崩れで、能力Dの集団であり、一般人ばかりの村では抵抗する術もない。


 しかし、ゲームにおける主人公チームにかかっては、せいぜいチュートリアルの相手に過ぎない。


 そこに何処か人を食ったような物言いの緑髪に、サファイアの瞳を持つ中性的な美少年が現れる。

「大公国の姫がこんなところに居るなんてね。

 それに村を襲う盗賊なんて気に食わないから助太刀しようかな」


 ましてやその戦闘の際、『偶然』通りがかった世界最強の魔法使いと呼ばれる者まで現れては、傭兵団崩れではなす術もない。


 ここにハバネロが主人公チームと呼ぶ中心人物たちが、まるで定められた運命を辿るかのように出会う。


 だが、その出会いは決して偶然ではない。





 ……間違えないように真実を告げておこう。

 その出会いは偶然ではない。

 そして、運命でもない。

 ただ各々が各々の思惑により計画していたことだから。


 ユリーナ・クリストフは調査任務のため。

「ユリーナ様、聞き取りをしましたが、邪神の動向に関する情報もなければ、邪神復活を企む者の跡も無さそうです。


 気になる点といえば、あの青年が持っていた聖剣ぐらいですが……。

 ローラ、そっちはどうだ?」


 ユリーナはセルドアの報告を黙って聞く。

 ハバネロを訪問した後、彼女はその足で公爵領とクリストフ大公国の境にあるこの小さな村を訪れた。


 多少の気持ちの抵抗はあれど、わざわざハバネロ公爵に話を通したのはこの村が公爵領とも非常に近い距離にあり、変な誤解を与えない為でもあった。


 そうは言っても、現段階でユリーナはハバネロが嫌いという訳ではなかった。


 しかし唇を奪われたことには婚約者といえど、納得出来ないものがあった。

 さらに大公国と王国の軋轢あつれきとハバネロ公爵自身の高圧的な態度には思うところもあった。


「こっちも青年ラビット君に聞き込みしたけど、怪しいところはなさそう。

 話に淀みもないし……、いきなり聖剣を扱えたところはなんとも……。

 市井の者でも才能がある者も居るので」


 2人の報告を聞いてユリーナは頷く。

「今は様子見、ですね。

 彼から同行したいと言ってきたのですね?」

「はい、大公国としても才能のある者を野放しにするのは得策ではないかと」


 ローラの答えにユリーナは頷き、彼の同行を許可する。

 今後、世界はどうなるか不透明だ。


 邪神のこと、邪神を復活させようとする者たち、他国との関係も緊張が高まっている。

 相手が腹に一物抱えているがため、上位国の王国とも関係が良いとは言えない。

 その繋がりとしてのハバネロ公爵との婚約関係だが、それも微妙だ。


 そういえば、とユリーナは思い返す。

 唇を奪われた後、吐き捨てるように言った言葉でハバネロ公爵は珍しく動揺していた。

 あんな顔を見たのは、まだ自分が10になる頃。


 最後にクリストフ大公国に、彼が訪問して共に時間を過ごしたあの穏やかな残照のような日々以来。

『婚約者になるんだ。俺がユリーナを守るから』


 それから彼が公爵家を継ぎ、婚約者としてもう一度再会した頃には、もう彼は噂通りの残虐で傲慢なハバネロ公爵であった。


 その間に彼に何があったのか、ユリーナには知りようがない。


「……うそつき」


 ユリーナが僅かに呟いた言葉は風に消え、誰の耳にも届かない。

 彼女自身にも。

 2人の間に横たわる何かを明らかにしていけるほどの時間はお互いにはなかった。





 若き青年ラビット・プリズナー(虜囚のウサギ)は内心ほくそ笑む。

 無事に、ハバネロ公爵の婚約者であるユリーナ・クリストフ大公姫に接触をすることが出来た。


 彼のまたの名をマーク・ラドラー。

 王国の反乱軍の首魁であり、死の商人である。

 マーク・ラドラーとは、ハバネロの語るゲーム設定であれば主人公チームの支援者の1人である。

 ただ、ハバネロの知識の中にゲーム主人公とマーク・ラドラーが同一人物である設定は、ない。

 それを意味することは何か。


「……ハバネロ。必ず貴様に地獄を見せてやる」

 彼がハバネロを憎む理由。

 彼の目蓋に焼き付いて離れない、彼の故郷をハバネロ公爵軍が焼く情景。

 子供ながらに将来を誓い合った幼馴染のレイアが建物に挟まれ、やがて炎はその建物を燃やし。


『リュークは生きて……』


 マークの本当の名を最期に呼んで、彼女は崩れゆく建物の中に消えた。

 彼女のその姿は、彼の胸をずっと燃やし続けている。






 ガイア・セレブレイトは1度死んだ記憶がある。

 そのことを彼女だけが知っている。


「さて希望は何処にあるのか、それとも何処にもない、か」

 再び出会った仲間を眺めて、彼女は皮肉げにほくそ笑む。


 その胸にあるのは希望か、それとも絶望か。

 今は誰もうかがい知ることは出来ない。


 全てはまだ始まったばかりなのだから。

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