第179話リターン36-ハバネロVSパールハーバー後

 玉座の後ろの扉が吹き飛び、威圧感のある3mほどの毛むくじゃらのオーガを思わせる獣のモンスターがその異様を現す。


 俺はそれが誰なのかを知っている。


 その後ろをパールハーバーの手の者と思われる聖騎士たちが飛び出してくる。

 20近くは居る。

 つまりこちらの5倍だ。

 数の差が大き過ぎる。


「くははは! 時間稼ぎに付き合ってくれてありがとう!

 残念だったな、貴様らはこれで終わりだ。

 やれ! サワロワ!」


 玉座の裏に続く扉からモンスター化した毛むくじゃらのケモノのようなサワロワは俺に飛び掛かってくる。


 これはアレか!?

 娘は渡さんと言うやつかァァァアアアア!


 いや、冗談かましている余裕はない。

 サワロワはゲーム設定から予想が付いていたが、パールハーバーに付き従う者がまだ居たのは予想外だった。


 ダセェなぁ。

 完全に読み違えた。


 ユリーナたちを足止めするために人数を回し過ぎた。

 ユリーナにもしものこともあると困るので、メラクルまであちらに回してしまった。

 あいつが居れば何故か、大丈夫という気にさせられてしまうから。


 おかげでこちらはピンチだったりするがな。

 内心で苦笑せざるを得ない。

 あのポンコツが公爵家に突入してきて、そのまま保護した時にはこんなことは思いもしなかったな。


「サビナ、コウ、カリー、気をつけろよ。

 時間だけ稼げばそれでいい。

 ……無理はするな」

 3人は頷き、剣を構える。


 サワロワの呪いによるモンスターへの変化は俺がここに来た時点で始まっていたはずだ。

 止めるには殺すしかない。


 義父になるかもしれなかった男を人の姿のままで殺すのは、流石に忍びなかったからマシだということにしておこう。

 そのぐらい好きに思い込ませろ。


 切り札は、ある。

 だがそれはサビナたち3人も巻き添えにする最終手段だ。


 俺に……お前たちを犠牲にしてまで生きる価値などない。

 ゲーム設定のハバネロ公爵はそれでも犠牲を許容したが、俺にはそれが出来ない。


 それが俺の弱さだ。


 だが、それを分かっていても変えられぬのだ。

 記憶も失い、両親のことも繋ぐべき家への想いも、強いものではない。

 自分が自分であるという自己の喪失。

 それが記憶を、生きていた時間の想い出を失くすということ。


 俺が我を通すべき『執着』は、ただユリーナのみ。


 後はサビナたちと……どっかから紛れ込んだポンコツが、俺が居なくなった後でも幸せであれば言うことはない。


 例え、ひと時失った俺の残滓で嘆く事になろうとも、きっと彼女らなら前に進んで行けることだろう。


 ……さて誰か戻るのを待つか、いいや、そうするとユリーナたちが来てしまうかもしれない。

 今のサワロワを彼女には見せたくはない。


 俺は……悪逆非道のハバネロ公爵らしく笑う。


 泣くことも笑うこともして良いのだと。

 そう誰かに言われた気がした。

 そんな言葉は記憶の中には何処にもない。


 そうだ、笑え。


 ほんとにどうしようもない人生だ。

 過去の記憶を失ってまで求めた大切な人は手に入らない。

 むしろ失う怖さだけが今も胸に木霊する。

 大切であればあるほど、その絶望感は計り知れない。


 だが笑え。

 それでも笑え。


 仕方ないだろ?

 人はどれほど願おうと他の誰かにはなれない。

 俺がどれだけ足掻いても、悪逆非道のハバネロ公爵以外になれないように。


 ……だがそれで良い。


 生まれ変わって別人になったとしても、それは文字通り別人だ。


 だから笑え。


「今更、貴様が我らの正義を踏みつけにした過去がなくなるとでも思っていたか?

 それともそれすらも、己の愛のためにはどうでも良いか!」


 もっともだな。

 俺の記憶が残っていたから何だと言うのだ。

 記憶があろうとなかろうと、やってしまったことは戻らない。

 悶えて苦しんでも無かった事にはできない。


 レイア・ハートリーを逃してやることで、贖罪になると思った訳じゃない。

 それでも誰か付けてやれば良かった。

 あの街の生き残りに、これ以上の絶望を与えてやりたくはなかった。


 それもこれも自己満足でしかなく。

 しかも、それすらも叶わなかったが。


 その痛みを抱え、それでも受け入れて、そうやって人は今を生きるのだ。


「我が名はハバネロ」


 心は今もグチャグチャだ。

 時間が経つごとに余計に酷くなる。

 始めはハバネロ公爵は別人格だからと突き離して考えようとしたし、実際にそうとも言った。


 だけど、違うのだ。

 やっぱり俺は俺で。

 情けなくダサく、贖罪出来ない過去のやらかしを抱えたハバネロ公爵本人でしかないのだ。


 他の誰でもない。

 悪逆非道だろうと。

 大切な1番欲しい人をこの腕に抱けなくとも。

 他の誰かにその大切な人を奪われる事になっても。

 世界を救いたくて、でも残された時間は少なくて。

 精一杯を誰かに託すことしか出来なくとも。

 不器用で無様で情けない自分のままだとしても。


 笑え。


 俺は俺のままで良い。


 想いを引き継ぐ者が居る。

 それで十分だ。


 ……ああ、でもやっぱ最期に。

 ユリーナに会いてぇなぁ。


 鼻がツンとしやがる。

 泣くことさえかなわねぇ。

 泣くことは良いストレス発散の一つだってのによ。

 ……泣き方も記憶と一緒に忘れちまったけどよ。


 実はな、メラクル。

 俺は1つだけ感謝していることがあるんだ。


 お前がバカみたいなポンコツぶりで、俺の前で笑うから俺は狂わずに済んだんだ。


 そうでなければとっくにゲーム設定の俺と同じように……狂っていただろうよ。


 それにお前が居なけりゃ、ユリーナとの逢瀬も無かった。

 誰が悪い噂ばかりのハバネロ公爵と2人になろうとするものか。

 しかも前科ありだ。


 お前が居て、それで俺たち2人はまあ緩んじまった訳だ。


 俺にとってしてみれば、着込んだ鎧を脱ぐための口実になるポカポカの太陽みたいなもんだってことだ。

 ……絶対に言わねえけどよ。

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