第148話密偵ちゃん参上!

「……貴女、さっきの侍女ね?」


 私が密偵ちゃんを見ながら直感だけでそう告げると、彼女は……明らかに雰囲気が変わる。


「……へぇ〜、意外。

 それが大公国の血? それとも女神の因子?」


 深く……重く……。


 私は愛剣のグリアネスを構える。

 不意打ちを喰らわなければ負けない、はず。

 彼我の実力差をそう見るが、暗殺者が素直に切った張ったに応じるはずがない。


 目の前に姿を見せたということは別の誰かが居るか、別の奥の手のようなものを持っているか、だ。


 数秒ほどの緊張の後、密偵ちゃんは重い雰囲気をかき消して手を振りながら笑って見せる。


「うん、うん。

 気に入った。

 公爵様は得体が知れないけれど、貴女は気に入ったわ。

 改めてよろしく!

 あ、ちなみに私、ガーラント公爵の部下じゃないからね!」


 密偵ちゃんはあっけらかんとした口調に変わる。

 それで油断する気はないが、口調の奥に感じる感覚がメラクルにも似ているようにも思えた。


 つまり裏がない……?


 公爵様と言いつつ、ガーラントに対しては『公爵』呼び。

 ならば公爵様とは。


「……黒騎士の関係者ね」

 元より黒づくめ集団を他に知らない。

 他の黒づくめとあまりに雰囲気が違うので警戒しただけだ。


「そそ。

 だから最初から味方なんだけどね?

 護られるだけのお姫様って、私、なぁ〜んか気に食わないのよねぇ〜」


 試されたということなのだろう。

 グリアネスを納刀しながらため息を一つ。


「護られるよりは護る側でありたい、そうは願っているのですけどね……」


 実際のところ、レッドに護られてばかりだ。

 想い人に護られるだけのお姫様なんて……なりたくはなかった。


 それなのに彼を取り巻く悪意とやらを、何をどうしたらいいかなんて検討も付かない。


 私はその胸の内を誰にも明かしていないが、他の誰よりもその事が悔しくて仕方がない。


 その悪意の一つが大公国なのだとしても……好きな人の力になりたいということは、そんなにいけないことなのだろうか。


 いかん、いかん!

 私は泣きそうになってない! なってないったらなってない!


 一生懸命に弱気になろうとする気持ちを首を横に振って否定する。

 何かを護りたければうずくまっていてはいけない。


 自分1人の世界に引き篭もったところで、その困難は何も変わらない。

 進め、考えて進め、道に迷ったとしても。

 それをした人間だけが、前に進めるのだ。


 密偵ちゃんはジーッと私を見てくる。


「……なんですか?」

 視線って刺さるんですよ?


「……お姫様って、よく誤解されない?」

「……余計なお世話です」


 知らないことばかりなのだ。

 得られる情報があまりに少ない。


 今、密偵ちゃんが言った大公国の血とか女神の因子とか、それがなんなのか聞いたこともない。


「大公国の血とか女神の因子ってなんなの?」

「ん? 大公国の役目って知らないの?

 お姫様、直系だよね?」


 直系であり大公位継承一位ではあるが、立太子ではない。

 つまり、今後次第では別の者が大公位を継ぐことになる立場だ。


「あちゃー、サワロワ大公ったらハーレムばっかりにかまけてるから、そんなことになるんだよ」


 父は色欲に溺れていた訳ではなく、倒れるまでは大公としての執務も積極的にこなしていた。


 ただ大公国も女性の地位が他の国より高いとはいえ、継承権は男の方が優先される。


 その観点からも大公の世継ぎという役目は継続されていた。

 だが、それは各貴族の権力争いに薄暗い影を落としていたのも事実だ。


 誰がお手つきになったとか、なってないとか、場合によってはその貴族の娘の産む子が次の大公になりえるのだ。


 大公家の一族としてハーレムのシステムは理解は出来るが、自分がそういうシステムの一部に組み込まれたいかと言われれば、真っ平ごめんである。


 そこからするとレッドは一途だよねぇ……。


「あー……、うー……」


 ふと油断すると彼のことを考えてしまい私は思わずうめき声を上げる。


「何!? 突然、何!?

 ゾンビ!? ゾンビ化するの!?」


 密偵ちゃんがビクッと反応して、テーブルの後ろに隠れる。

 ホラーは苦手らしい。


「ゾンビじゃないから」

「嘘じゃないよね?

 嘘だったら燃やすからね?」


 とりあえず燃やさられるならゾンビはそのまま嘘を吐くんじゃないかなぁ〜と思いつつ。


「ホントホント」

「そっか、そっかぁー!」

 ぴょんぴょん跳ねて喜びの声を上げる。


 密偵ちゃんの黒づくめは目元を隠しているので、顔の下半分からしか見えないけれど彼女もまた明るい子なのだろう。

 今も彼のそばに居るだろうメラクルのように。


 ポロッと『また』雫が落ちて来た。


「あ、れ……?」


 なんにも知りもしない女が。

 ただ救われるしか出来ない女が。

 誰にも本音も言えず、彼にもお堅い態度しか取れないままで。


 そんな女が……どんな顔して彼に好きと言えるのだろう。


「いや、これは……、うん、なんでもない、なんでも。

 あはは……」


 慌てたように顔を逸らし、手を振って誤魔化す。

 油断すると嗚咽さえ出そうになるのを口元を片手で覆って堪える。

 ……本当に恋愛とかロクでもない。


「ったく男どもは、ほんとに……。

 愛の言葉を言って惚れさせて、それで終わりじゃないんだぞってね」


 密偵ちゃんは誰を意識して言っているのか、腰に手を当てながら遠くの誰かに言うように、明後日の方を向きながらそう言った。


「お姫様には知る権利があるね。

 公爵様のこと」


 私は涙を拭い、真っ直ぐに密偵ちゃんを見る。

「教えて」


 密偵ちゃんはヨイショとベッドの上に座り、足を組み告げた。

 彼の……レッド・ハバネロの状況を。

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