第147話リターン22-ハバネロ公爵からの贈り物

「ちっ」

 ラビットことマーク・ラドラーはハバネロ公爵からいくつかの商人を経由して回された宝石や金のあまりの多さに、我知らず舌打ちをしてしまった。


「マーク。

 どうします?」


 秘書官としてマークに付き従う眼鏡を掛けた理知的な見た目のラレーヌがマークに尋ねる。


 ちなみにラレーヌはマークにそれとなくアプローチしているが、マークはいつも素気無くかわしている。


「王国の公爵はこれほどか……」

 いつもマークをサポートしてくれているガルマムもこれには頭を抱えていた。


 ガッチリとした野生味溢れる体躯で頼れる存在のガルマムは、マークにしてみても頼れる兄のような存在だ。


 ユリーナの部隊に紛れ込んだマークに変わり、ガルマムは組織内部の統制をしっかりとしてくれている。


 ガルマムもラレーヌもマーク同様、あのかつての街で家族を失いハバネロ公爵に復讐を誓っていた。


 だからアプローチと言っても、ラレーヌのそれは失った家族に対する代償に近かった。


 故にマークからしても、正直に言ってしまえばラレーヌからしても兄妹の枠を超えた関係を望んでいる訳ではない。


「どうもこうもない。

 いずれにせよ、今回も受け取らない選択肢はない。

 突っ返すことも出来ないからな」


 マークは半ば投げやり気味にそう返すが、ラレーヌは動揺したままだ。

 今回は支援というには金額が大き過ぎるのだ。


 今回の大戦で権力者であるハバネロ公爵があの大戦の推移を全て予測し切ったとして金を得たのならば、どれほどの金額を得たのか想像すら出来ない。


 それが出来たならマークたちのような小さな組織さえ、あの公爵に対抗する資金を得られたことだろう。


 そしてハバネロ公爵はあの大戦を完全に読み切っていた。


「ですが、これは……。

 大公国の国家予算の半分に迫ります。

 一部隊の維持には過剰です。

 まるで……」


「一独立組織として機能しろってことだ。

 アイツ、何考えてやがる」


 ガルマムも流石に公爵の考えが読めないので困惑するばかりだ。


 マークも頷き、あのクソ公爵めと内心毒を吐くが、組織として金はいくらあっても足りない。


 だが金はあり過ぎると組織内部に金に目が眩んだバカが出て来るものである。

 それを御すには並大抵ではない。

 1人のバカは100人の賢者に勝るのだ。


 しかし、何度も言うがその意図がどうあれ受け取る以外の選択肢がない。


 本来、マーク・ラドラーを頭目とする組織はハバネロ公爵への反抗組織となるべく組織された。


 表向きそれらの活動が功を成し、見事ハバネロ公爵から組織の者への譲歩を勝ち取ることが出来たとされている。


 だが現実は違う。


 どうやって嗅ぎつけたのか、組織の拠点の街に公爵家の外交担当と呼ばれる人物が現れた。


 ご丁寧にハバネロ公爵の護衛として常にその側に控えているはずのサビナ・ハンクールを伴って。


 何をどうやって全てが見破られたのか見当もつかない。

 これが王国の公爵という地位の情報網か、それともハバネロ公爵が異常なのか。


 彼女らが忽然と姿を現した時、マークに報告を届けたラレーヌも普段の気丈さも見る影もなく顔を青くして震えていた。


 組織と言っても戦闘員ばかりではない。

 いいや、その多くが元々不遇を強いられた難民だ。

 戦えない女子供も多い。


 大公国のユリーナ姫への接触をようやく開始した程度で、公爵相手にまともに戦うにはまだ資金も戦力もまるで足りていなかった。


 いずれにしても、その時点で拠点を見破られた時点でお仕舞い。


 表面上、マークだけは冷静沈着を心掛けたが、悪逆非道の名の通りどんな目に遭わされるかそう覚悟せざるを得なかった。


 ……ところが、だ。


 ハバネロ公爵の使者を出迎えて話を聞かされて愕然とさせられた。

 ラレーヌに至っては驚きのあまり知的さも見る限りもなく、眼鏡をずり落とすほど目を丸くしていた。


 なんで要求を突き付けてもいないのに、要求以上の報酬を与えてくるんだ!?


 与えられたのは、組織の多くのメンバーが望む最終的な理想系、それも本来なら有り得ないと言い切れるほど破格以上の条件。


 帰るべき故郷を与えられ、生活苦からの解放、言葉での謝罪こそないもののかつての街での悲劇を認める発言。


 あの街の悲劇から数年。


 ハバネロ公爵への本気の復讐よりも困窮する生活苦から逃れたい者と、生まれた場所に帰りたいと望む者、それらの方が多くのメンバーの望みにすり替わりつつあった。


 ガルマムも避難民の中から所帯を持つに至っており、家長として復讐ばかりに身を焦がしてばかりも居られない。

 家族を守ることを優先してしまう。


 何をどうやったのか分からないが、知られてはいけない相手に組織の内情も含め全てを知られてしまっているのだ。


 マーク1人の復讐ならば、このまま命を捨てての玉砕もあり得たが、組織の長である以上マークには責任があった。


 よってハバネロ公爵から一方的とも呼べる至れり尽くせりの待遇を受け入れざるを得なかったし、これを断る奴はただの狂信者だ。

 その末路もハッキリしている。


 レイアを失った日の暗い炎がマークの心を今も覆っているが、それを歯を食いしばって堪える程度にマークはこの組織の長としての責任感を持っていた。


 3人ともであるが、復讐を誓いその心に非情さを心掛けていても、元来は真面目で誠実なタチである。


 あの日、ハバネロ公爵に街を焼かれるようなことがなければ、貧しいながら穏やかな日々を送っていたかもしれない。


 ……もっとも、それは悪魔神という絶望を内包した未来ではあった訳だが。


「かの方の手紙による指示を信じるならばユリーナ姫を守れと。

 しかしユリーナ姫を何と戦わせるつもりでしょう?

 これなら大公国と戦うことすらできてしまいます」


「そうしろってことだろ」

 ついにはガルマムも匙を投げるような言い方をする。


「……すぐに動けるように傭兵の手配を。

 動きがあったら即動けるように。

 それとガーラント公爵領に追加の人員と」

 盛大にため息を吐き、マークは次々と指示を出す。


 赤騎士の正体がハバネロ公爵であることをバラしたあの時まで、マークは本気でハバネロ公爵の言い分を信じた訳ではなかった。


 別の意図があるのだと探っていた訳だが、ハバネロ公爵のあの姿を見てマークは天啓のように悟らざるを得なかった。


 あ、こいつ、ただのユリーナ姫バカだ、と。


 本来なら、可愛い婚約者に恵まれ充実しててよござんすなぁ〜? と殺意しか湧かないところだが。


 ユリーナ姫とイチャイチャしているはずのあいつの目にマークは既視感を覚えた。


 それは大切な者を、大切な何かを誰かに託す時の目。

 同時に最も愛しい誰かを手離す者の目。

 自分たちと同じ目をしていた。


「あのクソ公爵め」

 その目から考えつく何かにイライラするようなモヤモヤするような思いを抱え、マークは遠くに居る仇敵に対し、もう一度だけそう呟いた。

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