第267話全ての始まりの物語
これは夢だ。
そう自覚できる夢がときどきある。
同時に。
これが現実に起きた誰かの記憶でもあるという奇妙な感覚。
ゲーム設定の記憶は過去の出来事については、端的に歴史の一文のように教えてくれるだけで、こんなふうに過去の記憶として見せるはずがないのだが。
……もっとも考えるまでもないことなのだろう。
これは所詮、夢であるはずなのだから。
俺の頭の中にゲームのワンシーンがリプレイされていく。
ああ、またこれだ。
夢の中でさえ、彼女を失う喪失感で耐えきれないほどの吐き気が込み上げてくる。
気を張っていないとすぐに溶けて消えてしまいそうな記憶の中。
『忘れさせて?』
黒髪の女は青い髪の青年の首にしがみ付くように腕を回す。
そうして、黒髪の女はその男に深い口付けを捧げる。
青髪の男……、彼も応えるように彼女を抱き締める。
ただこのときばかりは、青髪の男の胸に溢れる愛しさの感覚が、俺に同期して伝わってくる。
それは俺がユリーナに感じている想いと同じ感覚。
そうして、2人はベッドに倒れ込み艶やかな黒髪は柔らかなベッドの上に広がる。
再度、青髪の男からの感覚が伝わってくる。
この夢から覚めれば彼女はもうこの世にはいない。
そんな絶望に耐えきれないほどの吐き気を……。
そこでふとよぎる。
彼女とは……誰だ?
ユリーナのことではない。
ユリーナは間に合った。
生きて俺と共にいる。
俺はその考えにハッと気付きかされ、突如、夢は
ゲーム設定の記憶の中でしかないはずの夢はそこで初めて続きを見せる。
「……ユイ。どうしても、それしかないのか?」
2人以外、誰もいない聖堂で最期の
2人は追い詰められていた。
いいや、残ったか細い世界そのものがもう詰んでいた。
「……今更〜?
もうありとあらゆることを試したあとでしょ」
空気が重くならないように、黒髪の女ユイは軽い口調でそう答えて、青髪の男の胸にトンっと手をおく。
その触れられた感覚が自分の感覚となぜか重なる。
「カミルもシェリカも、ジュラルもエデンも……皆死んだわ。
ミラは……ちょっと動ける状態じゃないよね。
それでも無理してついてこようとしてたのを置いてきちゃったから、後で怒られちゃうかも。
でもまあ、ここで私たちが失敗しても、どうせなにもかも滅びるだけ。
それだけのことよ。
だったらやってみるしかないよね」
この後、その滅びかけた世界から王国は生まれた。
生き残った人たちで協力し合うことを誓ったが、それでも主義主張の差はどうしても生まれる。
その結果、他にも帝国と共和国、教導国も同時に生まれた。
それでも人々は1つであることを示すため、各国の国名をあえて付けない誓いを交わした。
……永い時間がそのことを女神のこと同様、神話の中に置き去りにしたが。
やがて時代の中で大公国が分離したが、2つは元々同じ祖を持つ。
それは聖騎士と呼ばれ、女神と共に世界を救ったとされる英雄から始まった。
それがこの青髪の男なのだ、とその感覚が教えてくれる。
根拠とかそういうものを示すことはできないが、これから話される内容が過去に実際にあった出来事なのだ。
夢の中の出来事のはずなのに、何故かそれだけは確信があった。
「ユイ……」
俺によく似た青髪の男が黒髪の女を抱き締める。
胸が締め付けられる。
それはユリーナを失うことと同じ絶望的な感覚。
わずかに残る王国の伝承では、王国の祖となる男の王妃は赤髪だった。
黒髪、ではない。
やがてその赤髪の血を受け継いだ王族の1つがハバネロ公爵家となった。
つまり、この2人がこの後どうなったのか。
それは容易く想像がついてしまう。
……もっとも大公国は黒髪が主流だから、その見方だけで全てが当てはまるわけではないが。
ユイと呼ばれたその黒髪の女は……ユリーナによく似ていた。
いいや、違う。
昏睡時に見た女神と……瓜二つだ。
女神とは邪神のことである。
邪神とはジャマー装置。
アークマシーンを阻害するためのシステム。
ではそれが何故、聖なるものの扱いではなく邪神などと邪なるものとしての言葉で扱われたのか。
詳しくは失伝してしまったが、アークマシーンを使って争いが起きた。
そもそものアークマシンが暴走に至る経緯もその争いが原因だ。
アークマシーンを利用した側はジャマー装置を悪しきものとして、アークマシーンを防ぐものはそれを女神の封印として。
そうなると歴史上で勝利したのはアークマシーンを利用した者だということだろう。
いや、そもそも利用するとは何を意味するのか?
それは魔神化した人を兵器として利用すること。
魔神化した人はその支配に抗うことは出来ない。
元より、その心を捧げた者だけが魔神化するのだから。
人智を超えた力は当然の如く争いに使われた。
そもそも最強という言葉は誰かと相争って生まれる言葉なのだから。
そしてアークマシーンは魔神を制御、何より利用するために更なる改良が進められ……ある日、暴走した。
それは当然だ。
争いに勝つために、アークマシンに効率的に人を殺すシステムを次から次へと組み込んでいったのだ。
どれほど安定していた装置でも、いつかはそうなる。
利用した者も、それに対抗していた者も等しくその制御を失った。
魔神化した人はアークマシーンに完全に支配され、その理性を無くしただ力のみを行使する怪物と成り果てた。
元より安易な最強を選ぶ者に、アークマシーンの支配に抗う精神力など持ち得なかったのかもしれない。
魔神はその最強の力を使い、あらゆる文明を破壊、ただ破壊に破壊した。
最強になりたいという願いは力を奮いたいという意味と同義。
故に魔神はただただその衝動に従う。
そして魔神は世界を滅ぼした。
それでも人々はその詰んだ世界で最期の最期まで抵抗していた。
生き残った人々は仲間と共に、最期の賭けに出た。
幾人もの仲間の犠牲の上で、2人はこのアークマシーンを封印できるこの聖堂までやってきた。
青髪の男は俺と同じように魔導力の塊の宝石を飲み半分魔神化しながら、幼馴染でもありゲーム開発者兼科学者でもある黒髪の彼女を最期まで護ろうとした。
彼女もまた、自身に埋め込まれたナノマシンを使い、その命でもってアークマシーンを封印することで……大切な人を護ろうとした。
これは神話の物語。
全ての滅びからの始まり。
世界が滅びても人はまだ滅びていなかった。
幾つもあった国は消え去り、かつての国のと同じ形ではないが、それでも一定の集団がまとまり生きるために生き抗い続けた。
人々そんな中、人は生き残っていくためにジャマー装置、今に伝わる邪神に
始まりは祈りでしかなかった。
やがて世界を救うため、女神と呼ばれた聖女と彼女を護ろうとした聖騎士の祈りが届く。
彼女たちはアークマシーンを封印することに成功した。
その命を捧げることで……。
ああ、だからか。
そうして俺は1つの真実に辿り着く。
他の誰かにはどうでもよい、でも自分自身というその中ではとても重要な真実。
……だからゲーム設定の記憶の中の俺は青髪だったのだ、と。
そのあり得ないはずの事実を俺は自分で驚くほど、すんなり受け入れた。
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