第266話物事はいつも突然で、どれほど備えていても足りない

 考え込みながら俺は抱き締めたユリーナの頭を撫でながら、そっと髪にキスを落とす。

「ひょえっ!?」

 ユリーナが変な声をあげる。


「ガーガー、ピーピー。

 変態魔導力受信中」


 クレメンスは変なアンテナを俺に向ける。

 ご丁寧によく分からない怪鳥音を口で発しながら、グルグルと俺たちの周りを回る。

 そのクレメンスをトーマスが泡を食って止める。


「やかましいわ」


 俺、公爵だぞ?

 もうちょっと気遣え。

 しかも変態魔導力がなんなのか、さっぱり分からない。


 何か問題でもあったかとユリーナに視線を落とすが、ユリーナは俺にしがみ付いて顔を隠している。

 耳を赤くして、ちょっとプルプルしているのがまた可愛い。


 その赤くなった愛らしい耳にキスを落とそうとした。

「ひぃやぁ!?」


 その間、トーマスの努力の甲斐あって奇行を止めたクレメンスは俺の魔導力反応を確認するためのシールをペタペタ貼る。


 ヒエルナ含む研究所の白衣の集団は機材を抱えて、周りに展開する。


 さらにクレメンスは手に持った四角い小型の機材を何やらいじりながら。


「いやぁ〜、戦闘が終わったんでとりあえず魔導力データ収集しますね?

 公爵様が落ち着くのを待ってたら日が暮れて、この場でもっとイチャイチャ始めそうですから」


 うん、しないとは言い切れないな。


 クレメンスは待ちくたびれたと文句を言いつつも作業を進める。

 その横で甲斐甲斐しくトーマスがクレメンスが使った道具を片付けたり、荷物から取り出して準備したりしている。


 それから俺の隣で憮然ぶぜんとした顔で腕を組んで大人しくしているメラクルの額にも、魔導反応を確認するシールをペタッと。


「何よ、これ?

 なんで私の額に?」


 なんだか封印のようだ。

 メラクルのポンコツ化を防ぐ効果でもあるのだろうか。


「魔導力反応を測定するシールです」


 そう言いつつ、クレメンスの助手となったヒエルナがそのシールをメラクルだけではなく、ユリーナの右腕にもペタッと貼り付けている。


 白衣の集団が他のメンバーにもシールを貼り付けていっている。

 もちろんユリーナと同様に右腕に。


 額はメラクルだけ。


 それを呆然と眺め、メラクルはさらに呟く。

「いや、だからなんで額に?」

「どこでも良いんですが、なんとなく……」


 ムキーと地団駄を踏みつつ、メラクルはなぜかかポカポカと俺を殴ってくる。


 イテェよ!


 なんで突然、俺を殴ってくるんだよと睨むとメラクルは睨み返して来て、フンッと私怒ってますと顔を逸らす。


 一体、なんだと言うんだ。


「……メラクル、ごめん」

「姫様は悪くないわよ。

 悪いのは全部こいつ」


 なんとなくそのやり取りに、ふっと俺は肩の力を抜く。

 そして、むすっとしたメラクルの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「えっ、あっ」


 俺がそうしたことで、俺を殴っていた手は行き場をなくしたように開いては閉じ、赤い顔をしてメラクルは戸惑う。


「……悪かったな。

 それと今更だが……ありがとう」

 そう言ってメラクルに微笑む。


 こいつにはユリーナのことで色々と手助けしてもらっている。

 ここまで来るのに、こいつの助けがなければどうにもならないことが沢山あった。

 俺とユリーナの間を何度も繋いでくれた。


 感謝してもしきれるものではない。


 そうして撫でていると、メラクルは何故か安心したような顔をした後……、ガクッと身体から力を抜く。


「危なっ!」

 咄嗟にユリーナを抱き締めている腕と反対、先程までメラクルを撫でていた手でメラクルの身体を支えてやる。


「おい、大丈夫か?

 不治の病でも発症したか?

 いつからおまえは、そんな深窓のお坊ちゃんのような軟弱な身体になった。

 あの太陽に焼けた筋肉を見せびらかして、笑顔でマッスルポーズを決めていたメラクルはどうした!?」


「1回もそんなポーズ決めたことないわよ!

 もっと普通に心配しなさいよ!」

 力が抜けて俺の腕にもたれかかってはいるが、元気そうではある。


 俺は通信で後方にいる衛生班に連絡する。


 怪我などもそうだが、こういうのは対処が早ければ早いほど良い。

 そんなメラクルは俺の腕で脱力した大きくため息を吐く。


「魔導力を使い過ぎたのよ。

 必殺技ぶっ放した後、あんた追いかけるのに全力使ったし、その後も走り回ったからね。

 ……さっきのキスぐらいの補充じゃ足りないのよ」


 そう言って、メラクルは申し訳無さそうに微笑む。

 さっきのキスには魔導力の補充以上の意味はないのだと、言外に告げながら。


 俺が言葉を返そうとする前に、メラクルが必殺技でこじ開けた道の向こうから土煙をあげながら誰かが走ってくる。


「せぇんぱぁぁああああい!!」

「たいちょぉおおおお〜!!」


 ドドドと音すら響かせて走るポンコツ隊の2人。

 そう、その名はコーデリアとサリー!


 担架を担ぎ姿勢良く手足をあげながら走る姿にどことなく香るポンコツ臭。

 ……メラクル同様、見た目は美人なんだがなぁ。


 その2人は衛生班の手伝いをしているらしく、ご丁寧に担架を持って駆けつけた。

 呼んでからえらく早いな、おい。


「負傷者を運ぶために担架を持って来たら、なんで先輩が倒れそうになってるんですかぁ!?」


「さあ、隊長!

 乗って下さい!」


「えっ、あっ、私は大丈……」


「いいから乗ったぁぁああ!!」

 コーデリアがメラクルをヒョイっと持ち上げてポイッと担架に乗せて……。


「しゅっぱーつ!」

「しんこうぉぉおお!!」


 同時に担架の両端を掴み2人が駆け出したと思ったら、すぐに息が合わなかったらしく担架ごとバランスを崩して転倒。


 あっ、コケた。


「ぎゃー!?」

 メラクルがゴロゴロと担架から転がり落ちる。


 声を掛けて足並みを揃えなければコケて危ないぞ〜。


「ちょっ!?

 自分で歩くか……」

「問答無用ー!

 サリー、今度こそ足並み揃えていくよーーー!!」

「あいよー、コーデリア!

 今度こそ任せて!」


 メラクルの言葉を遮り、コーデリアとサリーが再度、担架にメラクルを放り投げて、2人でえっほえっほと土煙をあげながら豪快に運んで行った。


 土煙をあげるほど加速しているので、また途中でバランスを崩して転倒していたが。


 ……大丈夫か、あいつら。


 俺は気を取り直し、後始末を続ける周囲を見渡す。


「さて、新女神転生派の件はこれで完了した。

 これで悪魔神の手掛かりを掴めれば良いが」


 まだ悪魔神の居所もわかっていないのだ。

 急がなくてはいけない。


 まだ悪魔神どころか魔神も出現はしていない。

 せめてその前兆が起こる前に、その手がかりだけでも掴みたいところだ。


「あのー……、レッド?

 流石にこういった人前で抱き寄せるのはやめてもらえたら……」

 ユリーナが俺の腕の中で真っ赤な顔をして悶える。

「やだ」








 いつだって物事は突然だ。


 人ができるのは事態が動いてしまう前にどれだけ準備をするか、それすらも足りるということはない。


 そこからわずか半月。

 俺の期待とは裏腹に、想定を遥かに超える速さで悪魔神は復活してしまうのだった。

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