第168話大切なことを間違うな

 レッドが冷たい目で大公陛下とローラたちを殺し、謎のガイア似の少女があいるびーばっくと叫ぶ変な夢を見て2日後。


 決行は夜会の後。

 平時では監視がキツく抜け出せそうにないせいだ。


「決行はフタイチマルマル、時間合わせはいい?」

「待ってキャリア、時間ってどうやって合わせるの?

 月の位置?」

「そもそも、フタイチマルマルって何時?」

「夜9時よ、ソフィア。

 計画でいけば……」


 ドレス姿でしゃがみ込んだ4人の背後に、心にツノを持つ麗しき鬼ローラが仁王立ち。

「ねえ、貴女たち?

 そこでなぁにやってるのかしらぁ〜?」


 ひぃえーと悲鳴をあげる4人。


「何、やってんのよ……」

「緊張して固まってしまうより良いんじゃない?」

 私の呟きにガイアが答える。

 彼女もドレス姿だ。


 ちなみにガイアに似た青みがかった緑髪の少女について尋ねると。

「双子の姉のシーアだと思うけど、何処かで会ったことあったの?」


 会ったことがあるかと聞かれて、どう答えるのが正解なのか。


「夢の中で」

 だから私はそのままを答える。


 眠りの中、レッドから貰った金属片を握り込んでいたことがあんな夢を見る原因になったのだろうか?


 もう一度、あの金属片を握り込んで目を閉じても何も反応はなかったけれど。


 夢の中……とガイアは考え込む。


 ガイアにも謎の記憶があるせいか、夢の話と笑い飛ばしたりはしない。


「……ユリーナにも、未来の記憶があるってこと?」


 あるかないかで言えば、無いと思う。

 じゃあ、あの夢がなんだと言われれば、さっぱり分からない。


 レッドにもおそらく私が見たような記憶があるのだと思う。


 何故、ガイアの姉が夢の中に出てきて、あまつさえ何故、レッドの記憶のことを言っていたのか。


 間違いなく今すぐに答えが出ることではない。

 だから気にはなるが、私たちは今は保留にしておくことにした。


 謎だけポ〜ンと放り込まれた感じだ。

 マイペースで自由そうな少女だった。


 私が考え込んでいる間、ガイアはドレスを普段着慣れないためだろうか、どうにも居心地が悪そうにしながら呟く。


「私、生まれが平民だから社交界とか出たことないよ?」

 記憶の中でも社交界に関わる経験がなかったそうだ。


「前の記憶と何か変わってる?」

「……変わっていると言えば、もう変わってる。

 前はユリーナとハバネロ公爵は恋仲なんかじゃないし」


 ガイアの記憶の中の私が何を考えていたかは分からない。

 それはガイアの記憶であって、私ではないのだから。


 そもそもガイアはこの時点では合流していなかったそうだ。

 大公国がハバネロ公爵に接収されて、マーク・ラドラーの支援の下、冒険者などをしながら力を溜めている時に合流したそうだ。


 何それ、楽しそうと思ったり……。

 そこにレッドが一緒に居たら。


『そこぉぉお!!』

「ユリーナも乙女の顔するようになったよねぇ〜」


 密偵ちゃんの通信とガイアの言葉が重なる。


 思わずキョロキョロと辺りを見回してしまう。

『こっち見るな!』


 ガニ股で両手を振り上げ、遠くの方で侍女が一瞬だけカニダンス。

 すぐに何事もなかったかのように澄ました顔で歩いている。


 幻覚でも見たかしら?

 私は目頭を押さえてモミモミ。


「どうしたの?」

 ガイアが小首を傾げる。


「何でもないわ。

 ちょっと疲れたみたい」


 大丈夫、ただの心労だから!

 ……ダメ?


「そっか……。

 無理しないでと言いたいけど」


 私は笑みで問題ないと返す。

 この夜会に直後にガーラント公爵領を脱出する。

 疲れて休んでいる暇はない。


 どこかで追いつかれるかもしれないが、態勢が整ってない内に出れば追手の数もそう多くはならないはず。


 チャンスはそうそうある訳ではない。

 ガーラント公爵もレッドの大公国接収の情報を掴んでいるはずだ。


 だとすれば、明日にでも何らかの動きを仕掛けて来ると考えていい。

 ……予定通り、夜会を開催している辺りどうかと思うけど。


 深く深呼吸をする。

 焦るな。

 今、焦ったところで彼の元に辿り着ける訳じゃない。

 転移なんて都合の良い魔法は存在しない。


 ガーラント公爵の顔は見たくない。

 もうじき60になろうかという歳だが、あからさまにイヤらしい目で私を見てくる。


 何を考えているのだかよく分かってしまう。

 その40になる息子も酷いものだ、全く同じ顔をしている。


 おぞましい話ではあるが、歴史の勝者はこういう輩のこともある。


 すでに大公位継承第1位のはずの私が、ガーラント公爵に呼びつけられることがまかり通り、公都ではきっとパールハーバーが暗躍している。


 皮肉と言うしかないが、それともこれすらも彼の狙い通りか。

 彼が大公国を苦しめると同時に、王国公爵の彼の婚約者であるために、今まで私は護られてもいたのだ。


 社会はこういう微妙な綱引きのような力関係によって成り立っている。

 どちらの側に力が偏ってもいけないのだ。


 政治力。

 それは目には見えない謀略の力。


 残念ながら小国の小娘らしく、魑魅魍魎と戦うには私は能力不足なのだ。

 こういうところが、レッドが私を頼れなかった理由なのだ。


 世界は残酷だ。

 必要な時に必要な力が無ければ、何も護れはしない。


 そのために人は己を鍛え備えるのだ。

 それでも1人では限りがある。

 だから仲間と共に力を合わせ、さらに仲間を集め多くの苦難を乗り越えるのだ。


 人はそうやって想いを引き継いきたのだ。


 こうしている間にレッドが居なくなっちゃったらどうしよう。


 そうやって泣き出したくて、叫び出したくて。

 でもそれでは何も変わらない。

 何も……救えない。


「リュークが言ってた。

 アイツはもう詰んでるんだって」


 ガイアは記憶の中のレッドの話をした時、そう話していた。


 それは恐らく、今の彼の状況とも同じはず。

 そんな中、私を救うべく彼は無理矢理にでも大公国に来ている。


 なんて乱暴な救い方。

 そこまでしないと大公国は、私は救えない状況にあったのだ。


 ともすれば、恨まれ仇として更なる悪意が彼にのしかかる。


 ……きっと、ガイアの記憶のハバネロ公爵はそうやって私に討たれた。

 私は救ってくれた大切な人をこの手で討った。


 私は自分のちっぽけな両手の平を見る。

「……それは滅びても仕方ないね」

 ボソリと呟く。


 大切な人を、大切なことを間違うな。

 愛しい人を喪うな。


 ……そのために今、自分が出来ることを、やるべきことを怠るな。

 道を切り開くにはそれしかないのだ。

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