第167話リターン33-メラクルの立場
アイドル……。
それは悪徳プロデューサーハバネロ(俺)がこっそりと仕掛けた一大プロジェクト。
ゆくゆくはユリーナたちと共に悪魔神と戦う救世主となるべく存在。
……だけどなぁ〜。
「今のお前の立場って結構危ないぞ?
気付いてるか?」
「へ? そうなの?」
あー、うん、そこからだよね。
なんであのタイミングで、俺がメラクルに話をしたのかも分かってはいなかったようだ。
一言で言うと、あのタイミングならば1番安全に、俺とメラクルが仲違いしたように見えるからだ。
大公国接収が納得いかず英雄メラクルは王国に残り、その後にハバネロ公爵が処刑となってもメラクルはハーグナー侯爵の後ろ盾と英雄の2つの立場で守られる。
後はハバネロ公爵家の騎士という立場で残ったアルクたちを配下に収めれば、メラクル軍が王国に残ることになる。
王国もハバネロ公爵亡き後の精鋭が失われるのを惜しむだろうから、積極的にメラクル軍の結成を支援してくれるだろう。
その軍がもうじき訪れる邪神、悪魔神という世界の脅威と戦う際の世界の旗頭となる。
そういう青写真を描きつつも……。
ポンコツついて来ちゃったのよね……。
そんな訳でアイドルとしてさらに聖騎士として、教導国と帝国に承認して活動してもらうにしても。
「まずお前、ここに居るからアイドル活動してないよね?」
「あー」
あー、じゃねぇよ。
メラクルは王国に残らずに俺について来た。
それはアイドルとしての活動が行われないことは元より、俺の愛人の噂が残ったままになるとも言える。
そもそも活動してないのでアイドルナニソレになるだけだろうし、何より……。
「悪逆非道のハバネロ公爵の一味として見られるから、イメージとしては最悪だ。
アイドルどころじゃねぇよ」
悪逆非道のハバネロ公爵の愛人とか誰が応援してくれるんだよ。
そのために仕掛け人をマーク・ラドラーに偽装してあるんだから。
俺から距離を取って初めて、英雄メラクルは価値が生まれる。
今のままなら、憎きハバネロ公爵一味の手強い英雄様だ。
真っ先に狙われる。
大人しくしておくのが正しい。
「それに受け入れてくれたハーグナー侯爵にも迷惑が掛かるからな」
実際、ハーグナー侯爵には危ない橋を渡ってもらうことになる。
だからこそ、あの時、俺が詰んでいるというカードを切ってまでメラクルを受け入れてもらったのだ。
あの時の会話を纏めるとこういうことだ。
『俺、王様に狙われてるの。
わざわざ教えてハーグナーお爺ちゃん巻き込まないであげるから。
レンバート伯が勝手なことをしてたことも教えたよね?
だからポンコツ助けてあげて?
ポンコツだけど英雄だよ?』
ハーグナー侯爵はこう返した。
『えー、ポンコツ〜?
まあポンコツが娘とかヒドイ罰ゲームだけど、ポンコツ英雄とうるさい武闘派子爵のツーコンボで武力も手に入るし……いいよ!』
貴族のお話は面倒ですね、ということである。
なお、その際の会話で俺に反乱の意思が無いことも示していることが大事だ。
今の俺への貴族たちの警戒感は膨らんだ風船のようなもので、反乱の意思でも匂わそうものなら途端に破裂し即サヨナラだ。
だからメラクルにあのタイミングで大公国の話を交えて話をしたのだ。
警戒はしていたが、もし聞かれても大公国の話だと誤認させるため。
さらに移動中も、これまた警戒していたが、兵の中にも王国の密偵が居るだろうからここまで危ない話は避けていた。
メラクルはこの話を聞いて、ハッと顔をあげる。
「そのハーグナー侯爵に仲介とか頼めば!」
「貴族をなんだと思って……、あー、そうか、初めて会った時も高位貴族の特性というか、そういうの知らなかったもんな。
高位貴族は家が第一なんだ。
だから、情なんかで動いたりしない。
情で動いているように見せるのは、それ以上のメリットが存在する時だ。
王国貴族として追い詰められたハバネロ公爵家にそのメリットはない。
乗れば自分ごと沈むからな。
分が悪いギャンブルに乗るほど甘くはねぇよ」
そして高位貴族は家が全てに優先する。
家族の情も、自らの命よりも。
俺もそれが全くない訳じゃねぇんだぞ?
「……だって、詰んでるって言うけど、あんたも私たちもまだ何も失ってないんだよ?
公爵領も反乱が起きている訳じゃない」
「詰んでないのに詰んでるとは言わねぇよ。
それに状況がもっとはっきりしてしまえば、それは詰んでるんじゃない。
終わりと言うんだ」
そこまでになればもう一切は無駄だ。
大公国に来ている時間さえ残っていないことになる。
メラクルは俯いて身体を震わせている。
……分かってる。
こいつが俺のことを何とかしてくれようと必死に考えてくれていることぐらい。
だから俺もまだ狂わずに済んでるのだ。
「……でも、まあ」
俺が口を開き何かを言おうとしたところで小さなノックの音。
返事をする間もなくドアが少しだけ開く。
それと同時に、小さな身体がドアの隙間からメラクルのお腹に向けて射出される。
「グホッ……リ、リリー様……乙女のお腹はクッションでは、ありません……ビスケット食べてたら吹き出すところでした、よ?」
その吹き出した先は俺の方なんだろうな、今までの経験から。
「はばねろ〜、お話まだかかりそう〜?」
黒髪のまだ可愛い盛りのリリーは、うめくメラクルにしがみ付いて無邪気にそう言う。
「そうだな、もう少しかかるかな。
ほら、メラクルお気に入りのビスケットでも食べな」
魔導力で毒が無い事を確認してビスケットを口の中に突っ込んでやると、リリーは満面の笑みでモグモグさせながら手を振って出て行った。
「……反乱して戦火を広げると言う事は、あの笑顔を曇らすことだ。
簡単に言うな」
重くならないように、俺は軽く言ってニヤッと笑って見せる。
戦争は巻き込まれる者に絶望をもたらす。
それにそんな価値が俺にある訳ねぇだろ?
俺の中には今も怨嗟の叫びがコダマしてるんだから。
「あんたが居なくなっても曇るわよ!
ばかぁあああ!!!」
「どゲフッ!」
俺を殴り倒してメラクルは泣きながら、部屋から走り去る。
残されたサビナがワタワタとしているのが、実に珍しい。
「オロロォォォーーーン!」
「めらくる、泣いてどしたのー?
どっか痛いの〜?」
痛いのは俺だ。
あとオロローンって……、お前はウミドリだった!?
サビナも他の人間が俺を殴ったなら、問題にするだろうが……ま、メラクルだしな。
まあ色々言ったが、実際のところ俺はやり残したことがあるからまだ死ぬ訳にはいかない。
俺はまだゲーム設定のハバネロ公爵と違い、ユリーナを地獄に落とすあの装置を見つけられていないのだ。
あの装置って結局どこにあるんだ?
俺は椅子に座り直し、ビスケットを一つ口に運ぶ。
「……時間さえありゃあな」
この詰みも覆せるのに。
その呟きに先程まで部屋の中に姿の無かった、サビナ以外の人物が反応する。
「お嬢は健気だネェ〜。
実際、俺も大将に死なれるとつまんないから、何とか頼むぜ?」
黒騎士は窓から顔を覗かせると、軽い動きで部屋の中に入り、スタスタと近付きビスケットを摘む。
俺は肩をすくめる。
「期待に応えてやりたいがな。
今、メラクルにも言った通りだ。
かなり厳しい。
最悪を想定しておいてくれ。
ところでシルヴァはどうだ?」
黒騎士は俺の返事が気に食わなかったのか、フンッと鼻を鳴らす。
「もうじき到着だよ。
……ったく人使いが荒いぜ、ほんと」
「すまんな」
黒騎士が周辺を警戒してくれたからこそ、ようやくメラクルにも今の現実を伝えることが出来た。
迂闊な場所では話一つ難しい。
腕の良い密偵はほんと貴重だよ。
そこで黒騎士は雰囲気を変え、ニヤニヤ顔に。
「んで?
お嬢と何回ぐらい励んだんだ?」
……そう言えばお前って、そういう下ネタ野郎だったね。
「手なんか出してねぇよ」
俺がそう言うと、黒騎士ではなく何故かサビナが、さっさと手をお出しすれば良いのに、とジト目で見てきた。
え? なんで?
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