第169話逃走劇

「ごめんあそばせ?」

 優雅にドレスを翻し、夜会を体調不良を理由に抜けた。


 敢えて挑発的にふふっと微笑んだら、赤い顔してガーラント公爵親子共々ポカーンとした顔をされた。


 後でローラに聞くと。

 ローラはクスクス笑う。


「ユリーナ様が本気の笑みを見たら魅了されない殿方は居られませんよ?

 そういうところ、メラクルともよく似てらっしゃいますよね」


 そう? 昔ながらの友達だし、似通ってる?

 でも魅了されるものかなぁ?

 レッドが魅了されてくれるなら嬉しいけど。


 馬車に乗り込み、夜間を照らしながらでもゆっくり進んで距離を稼ぐ。


「すぐに気付かれるとまずいですね」

 ドレスを脱いで旅装束に着替えて、馬車内で水袋を傾け水分補給をしながらローラがボソリと言う。

 ガイアも着慣れないドレスを一生懸命脱ぎながら頷く。


「……大丈夫よ。

 協力者が朝までは誤魔化してくれるわ」


 私はそう答える。


「協力者……ですか?」

 いつの間に、とローラは不思議そうに問うので、私は軽く微笑む。


「……護られていたの。

 ずっと」


 密偵ちゃんたち黒づくめは黒騎士の一族。

 それはあの日、赤騎士として私の前に姿を現した彼が寄越してくれた。

 きっと……最初から私を守るために。


 彼自身はそのくせ、どんどん追い込まれていってたのに。

 いつからだろう?

 それすら私には知ることさえ出来ない。


「ユリーナ……、大丈夫?」

 ガイアが声を掛けてくる。


「ん? 何が?」

「あ、いや、何がって……涙」


 それを言われて初めて自分が泣いていることに気付いた。


 涙を拭うけれど、拭っても拭っても邪魔なその滴が流れ落ちる。


「あれ? ごめん、皆、ちょっと、目にゴミが。

 あはは、ごめんね?」


 ……本当はとても辛かった。

 あの人が、レッドが私をもう要らないと言ったみたいで。


 それならどうしようって。

 大人しく殺されてあげたくても、大公姫だからそう言うわけにもいかない。

 ついて来てくれている仲間にも迷惑が掛かる。


 信じたい。

 信じる覚悟は決まったと思っていた。

 だけど何を根拠に信じれば良いのか。

 レッドのあの目しか信じるものはなかった。


 だって私たちはお互いを信じられるだけの時間を、殆ど過ごしていないのだから。

 全ては勝手な私の思い込みだけだから。


 ……荷物一緒に持つ、って言ったのになぁ。


 それよりも……。


「彼がもう死んでたりしたらどうしようって……」


 処刑をされるって、いつ? どこで?

 大公国にいる間は大丈夫?

 それとも、もうこの世には居ない?


「辛いよぉ、レッドぉ……」

 誰にも聞こえないように、涙を拭うフリをしながら私は小さく、小さく呟いた。


 その背をガイアが優しくさする。

「ユリーナ、少し眠った方がいいよ?」


 夜闇の中を馬車は進む。

 キャリーたちが馬車を操作してくれている。

 セルドアとレイルズ、それにラビットが手配してくれた協力者が乗る馬車が先導する様に前を走っている。


 逃走はいつでも不利だ。

 夜間を通して進むのは限界があるので必ずどこかで追いつかれる。

 少しでも休むことが大切だ。


 追い付かれた時は、最悪の場合、大公都に着くまで追い回されることになる。


 密偵ちゃんは大丈夫だろうか?

 ガーラント公爵を朝方まで誤魔化してくれるのは彼女だ。


 侍女のフリをして、私たちが体調が優れないから部屋を覗くなと足止めしてくれる、と。


「ユリーナ様もですが、ガイアも眠っておきなさい。

 いざと言う時は、貴女にガーラント公爵の兵を抑えてもらわないといけないですからね?」

 ローラはそう言って、毛布を私たちに渡す。


「……ん、なんてことないよ。

 ここは独りじゃない。

 皆が居るから……僕はどこまでだって戦えるよ……」


 その横顔は儚くも美しく思えた。

 ガイアは最期は自分だけになって死んだと言っていた。

 絶望の世界はいつだって、私たちを追い込んでいく。


 それでも私たちは足掻く。

 詰んでるままで終わらせやしない。


 馬車の御者台から4人のやいやい言っている声が聞こえる。


「私って鳥目なんだよねぇ〜」

「いやいや、キャリー。

 なんでもないことのように言わないで?

 馬車が転倒すると本当に危ないから変わるわ」

「サリーの言う通りよ。

 宮廷物や悪役令嬢物の暗殺の仕方は、大体が馬車による転倒よ!」


「ヒー君が危ない」


「「「え?」」」

 3人の声が重なったと思ったら馬車が急加速する。


「落ち着けー!!」

 その言葉の後にさらに交互にもちつけー! と3人が叫んでいる。

 まず貴女たちが落ち着きなさいよ……。


 ガイアは毛布を被りもぞもぞと身じろぎして……寝た。

 大物ね。


「キャリー!

 クーデルを抑えて抑えてー!

 サリー! 馬車操って!」

「ソフィア! 言ってばかりじゃなくて動きなさいよ!」


 貴女たち、私たち逃亡中って分かってる?

 私は思わずクスッと笑ってしまう。


 この4人がメラクルと再会したら何て言うだろう?

 驚く?

 腰を抜かす?

 意外と……怒る?


 ああ、レッド、それもこれも貴方がメラクルを助けてくれたからだよ?


 だからそれを見る私を悲しみの中で迎えさせないで。


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