第185話緊急事態

「え? あいつが計算違い? 最近、あいつ読み違い多いよね……」

 わざわざ通信の内容を口に出すメラクル。


 繰り返すが、通信の内容は口に出す必要はない。


 私たちに解説してくれているのだ!

 ……そんな訳はない。


 親友である私には分かる。

 彼女の額にじっとりと冷や汗が浮かんでいるのが。


 彼女は全身全霊でもって、この状況を誤魔化そうとしているのだ!!


「最近、調子が悪そうだったもんね。

 普段だったらしないような言い方もしたり、ここ数日はずっと寝ていたり……」


 あ、今の呟きは心の声が漏れた感じね。

 ああ、何故かな?

 メラクルの心の内が手に取るように分かってしまう……。

 だって読みやすいんだもの。


「分かった、増援を連れて行くわ。

 え? 何人来れるか?」


 そこでメラクルはチラッと私たちを見る。

 なので私は力強く頷く。


「……とにかく何人か回すわ。

 ええ、大丈夫よ。早急に行くわ」


 そうね、何人か回しましょう。

 全員とも言うけど。


 ゾロゾロと足止めしていたはずのメンバーも含めて一緒に。


 その途上、メラクルは冷や汗を垂らしながら、ボソリと私に呟く。


「……姫様いつから」

 お気付きに、と言外に問われる。


「……流石に気付くわよ

 だってメラクル、貴女乙女の顔してたわよ?」


 ほんとに一瞬だけど、切なそうに彼の横顔を見てたらそりゃあね。

 まあ、それに気付くのも女特有の感覚的なものかもしれないけれど。


 ひぐっとのどを詰まらせたように動揺してから、メラクルはこぼすように話し出す。


「……だってさ、あいつバカなんだもん。

 自分のこと後回しでさ、人を助けたくせに。

 姫様のこと第一で自分なんてどうなってもいいやみたいな変な自己犠牲してるって気付いてないんだよ?

 ばっかじゃないのって……」


 メラクルはまるで自身の無力さに耐えかねるように、う〜っと泣くのを我慢する顔でホロホロと涙をこぼす。


 彼女のそんな顔を見るのは初めてだった。

 いつも笑って、怒って、仕事の時はキリリとして、それが彼女だった。


「姫様〜、あのバカを助けてあげてよ〜。

 人のことばかりで自分のこと本当は投げやりで、今も変な格好つけたプライドばかりのあのバカを」


 そしてメラクルは小さく小さく呟く。

 そんなのいいから生きてよ〜……と。


 私は微笑みを浮かべ、歩きながらメラクルの背をさする。

「分かってるよ、メラクル」


 今、レッドが私をこうして真実から遠ざけようとしているのも。

 きっと私を守るためなのだろう。


「だってあいつ、あんなに姫様に愛を囁きながら、自分がここに居ないみたいに……。

 自分がいつか姫様の元から居なくなるみたいに!

 あのバカは、……あいつはここに居るのに」


 この時、彼が抱えていたモノの正体にもっと早く気付く事が出来ていれば。


 あんな風にはならなかったのかもしれない。


 分かってる。

 少しぐらいの突発的な奇跡如きで物事は変わらない。

 物事を変えるには、それまでに多大な努力が必要なのだ。


 女神様が突然、全てを救える奇跡の力を与えてくれるなど、この世には存在しないのだ。






 フロアに到着した時。

 パールハーバーとそれに付き従っている聖騎士たちと、彼らと相対する紫色の髪の女性騎士と公爵家の兵、それに……。


 人の3倍ほどの大きさの黒いモンスターと1人で相対するレッド。

 その彼がこちらを見た。

 その目は……。


 そのせいで隙が生まれたのか、黒いモンスターが大きく腕を振るい、避け切れずに彼が黒いモンスターに跳ね飛ばされる。


 咄嗟にモンスターと自分との間にサンザリオン2を挟んでいたけれど、衝撃を何処まで殺せたかどうか。


 フロアに大きく走り込んだメラクルが、即座に全員に指示を出す。


「散開!

 アルク! 兵に集合をかけて城を囲んで。

 パールハーバーたちを逃がさないようにここで終わらせる。


 レイルズ、シルヴァ、ローラとセルドアもパールハーバーに付き従う聖騎士たちをお願い!


 それに合わせてサビナ、アルク、カリー、コウはあの黒いのにスイッチ!


 パールハーバーとシーリスはキャリアたちと私とで対応する!

 黒騎士とミヨちゃんは全体サポートよろしくぅぅ!!!!


 あっ、ラビットだっけ?

 組織の手の者に言って街の人と協力して治安維持に努めて!

 この期に邪教集団に最後の抵抗をさせないように」


 メラクルもレッドを心配では無いはずはない。

 それでも彼が無事であることを信じてやるべき事をやろうとしたのだ。


 私は真っ直ぐにレッドに駆け寄る。


「ウグッ、ミスった……。

 ユリーナ……?」


 レッドは痛みに顔を顰めながら、頭を抑える。

 頭は打ったようには見えなかったけれど。


 伸ばされた手を私は掴む。

 彼は嬉しそうに笑う。


 ……ああ、良かった。

 あの夢の時のように冷たい目で見られることはなかった。


「メラクル殿、ガーラント公爵の兵が姿を見せたそうだ!

 半分の兵はそちらを防ぐ」


 アルクが誰かと通信していたらしく、メラクルにそう告げた。


「指揮官居なくて大丈夫!?」

「ルークが残っている!

 アイツが居れば倍程度の数で負けはしない」

「了解、頼んだ!」


 阿吽の呼吸で公爵側の兵の差配が決まる。


 ……あれ? メラクルって、どんな立場なの?

 なんだか今、サラリと衛兵長のはずのアルクがメラクルに指示をあおいでなかった?


 気のせい?


「メラクルさん、マジで公爵様の愛人になったの!?

 愛人って将軍の別名だっけ!?」


 皆の思いを代弁する様にミヨちゃんが叫ぶ。

 それにメラクルは即座に反応する。


「愛人になんかなってないわよ!

 将軍にもなってない!」

「じゃあなんなの!?」


 剣を抜き放ちながらメラクルは胸を張る。

「分かんない!」


 あ、とってもメラクルらしいや。

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