(閑話)いつかの残照-3 サビナと合コン後

 なるほど、同僚と飲むのも存外悪いものでもないなと私は思う。


 この合コンもどきを企画したメラクルはお酒片手に、エルウィンに口説かれている。


「俺とこの後どうですか?」

「え、何言ってんのよ?

 行く訳ないでしょ?

 何言ってんの?

 もう酔った?

 馬鹿なの?

 死ぬの?」


 そう言って、メラクルは美しい笑顔でもって、階段から突き落とすように完膚なきまでにエルウィンを言葉で叩きのめしてから、グビリと酒を飲む。


 あまりの言い様に、エルウィンは酒で赤くした赤ら顔を更に赤くして、テーブルに拳を乗せて叫ぶ。


「ちっくしょぉぉおおおおお!!!」


 余談ではあるが、エルウィンはこの時のことを酒の飲み過ぎですっかり忘れてしまう。


 もしもこの日、ポンコツ娘を口説こうとしたことを彼が覚えていれば、彼の心に拭い切れない絶大なるトラウマを残すことになっていたことだろう。


 ある意味、お酒で救われるものも存在する。

 これはそういう話である。






 かなり酔ってるわね。

 お店の人に迷惑だからやめなさい。


 メラクルも鼻歌混じりにお酒を飲んで、ほのかに色っぽく顔を赤くしている。

 それなりには酔ってはいるようだが、このように全く隙がない。


 この娘、合コンに何しに行ってたのかしら?

 ……きっと、いいや間違いなく合コンをただの慰労会としか思っていないのだ。


 誰だ、この娘に歪んだ合コンを教え込んだのは。


 一瞬、メラクルの背後に空色の髪の娘や、更に4人ほどの娘がわちゃわちゃしている姿を幻視した気がして私は思わず目をこする。


 どうやら私も少し酔ってきたようだ。


 静かに飲んでいる間に、皆がそれなりにお酒が回ってしまったようだ。


 ターニャはアルクを捕まえてひたすらお喋りしている。

「それでね、アルクさん。

 メラクルさんのスゴいところは、そんな立場なのに私たちに偉そうに命令することもなく、メイドとしての仕事をこなし、困った娘が居れば颯爽と現れて手助けしてあげるのよ。

 それにすっかり参っちゃった娘も居て、一部ではお姉様なんて呼ばれたりして……。


 分かるわぁ〜、分かる、うん、分かるの。

 わかりみがスゴいのよ〜、ねえ、アルクさん、ちょっと聞いてますぅ〜?

 うん、聞いてますね、おかしいなぁ〜、アルクさん話しやすいですねぇ〜、あははは!


 そうそう、他にもメラクルさんなんですけど、気付いてました〜?

 時々、公爵様に廊下で見掛けた時にぴたっと動きを止める時があるんですよ?

 その時の表情、ウフフ、これは乙女の秘密ですね」


 アルクは一切自分から話すことなく、終始相槌をうっている。

 顔色はあまり変わっていない。

 どうやらアルクはかなり酒が強いようだ。


 一緒に飲んでいたはずのカリーは、我関せずで黙々と食事をしている。

 合間に水のように酒を呑んで……。

 あれって、意識無くしてない?


「あ〜、ターニャ〜。

 アルクみたいな堅物で話を聞いてくれなさそうなタイプは好きじゃないとか言ってたけど、随分、気に入ったのね〜」


 振り返るとメラクルがテーブルに顔を乗せて、赤ら顔でそう言った。

 アルクは話を聞いているというより逃げられないだけな気もするが、うまくいっているなら良いだろう。


 少なくともあの怒涛のメラクル賛美トークに私が付き合うのは嫌だ。


 メラクルと飲んでいたはずのエルウィンは机の突っ伏し、ちくしょぉ〜と繰り返しながら声が小さくなっていく。

 ……もうじき落ちるね。


「ちょっと聞いてよ、サビナァ〜」

 メラクルがテーブルに顔をのべ〜っとしたまま、次の標的を私に定めたようだ。


 はいはいと私が答えると。


「私さぁ〜、好みがあるのよ、好み」

 それは誰しもあるのではなかろうか?

 そう思いつつも私は相槌をうつだけに止め、先を促す。


「その好みってのが〜、自分で言うのもなんだけどぉ〜、理想が高いとは思うの」

「どんな理想?」


 火に油を注いでいるとは思ったけど、酒の席なんてそんなものだ。

 私は彼女に話を続けるように促した。


「私の好みはねぇ〜……、イケメンで、頭が良くて、私より強くて、頼り甲斐があって、普段は私の冗談にも付き合ってくれて、包容力があって、一途で、ピンチになったら助けてくれて、そして何よりお金持ちの運命の相手」


 そこまで言ってメラクルは無言になり、テーブルにのべ〜っとした状態のまま、器用にガソリンを注入するように酒を自分の口に追加する。


 そんな条件に合うような人はそう簡単には……。

 まあ、ここ最近で限って言うなら1人居ないこともないけれど。


 私は迂闊なことを言わないように、お酒を自分の口の中に注ぎ黙って聞いておいた。


「……最近さぁ〜、目がいくのよ、あいつに。

 よりによって、あいつによ〜?

 あの極悪非道によー?

 ……噂と全然違うじゃない。

 これはアレ?

 ギャップってヤツ!?

 堕とす!? 堕とされるの? 

 ……っていうか堕ちてる!?

 この年まで恋もロクにしたことのない女を堕としに来てるの!?

 この合コンマスターメラクルさんを!?

 くぅあ〜! これがスケコマシってヤツなのね! タチが悪い!」


 とりあえずメラクル、貴女は酒癖が悪いのかしらね?

 あいつってあの方よね?

 後、恋をしたことのない合コンマスターなのね?


 まあ、私もその手の経験はほとんど無いけれど。


 そこまで言ってしまって、更なる自爆をメラクルが言いそうになったところで。


「……飲み過ぎだぞ?」

 フードを被った男が黒騎士を伴って、私たちが飲んでいた個室に姿を見せる。


 素早くアルクが立ち上がり敬礼をしそうなところを無言で手で制し、メラクルの方に目を向ける。


「……立場上な。

 有り得ないことではあるが、何かがあっては誤魔化しようもなくなるだろうからな」


 そう言ってフードを被ったままの閣下はメラクルに手を伸ばす。


 メラクルは閣下をぼぉ〜っと見ていたが、誰だか分かったのか、ハバネロだぁ〜と不敬罪で処罰されそうなことを笑顔で小さく口にして、閣下の手を取る。


 そして安心したようにくたっと力を抜いた。

 メラクルは先程の追加で自分に投入したお酒で止めとなったのか、それとも……。

 ともかく完全にお酒に潰れていた。


「……ったく、愛人が他にお持ち帰りされたら大問題だぞ?」

「……その通りですね」

 今まさに持ち帰られようとしているけど。


 まあ、閣下だし良いか。


 閣下はメラクルを俵を抱えるように肩に担ぎ。

「お前たちも程々にしておけよ?」

 そう言って有無を言わせぬまま、店の裏口から立ち去った。


 担がれたメラクルが、「出る〜、乙女の口から出ちゃいけないものが出ちゃう〜、具体的にゲロとかー」と大層危険なことを言っていたけど。


 ターニャは閣下が来たことに気付いていないようでご機嫌にアルクに話を続け、カリーも黙々と食事とお酒を繰り返し、エルウィンは酔い潰れて。


 私とアルクだけが正気のようで。

 お互いに目が合って、苦笑いを浮かべお酒を口に運んだ。

 この時のお酒は少しだけ、深い味がした気がした。

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