(閑話)いつかの残照-4 ポンコツリメイク

「ねえ? ちょっと暇なんだけど」

「働け」


 大戦前で過密スケジュールの中、書類仕事をしていた俺の執務室にメラクルが突然やって来て、そんなことをのたまいやがった。


「働いてるわよ〜。

 連続勤務だから半休取れって、メイド長のロレンヌが言ったのよ。

 あんたが作ったシステムでしょ?」


 働き過ぎは効率を下げる。


 より良く働いて、より良く休むことは働く者のパフォーマンスも上がり、やる気もアップして、効率化も量れ、さらにさらにやる気があるヤツは更なる自身の成長の時間に充てられるとデメリットは一切なく、メリットしかない驚くべきものなのだ。


 それなのに何故、無駄に働かせるヤツが多いのか?

 一言で言うと頭が悪いのだ!!


 俺は働き過ぎが大嫌いだ!

 俺が自身の想いのたけをぶち撒けると、メラクルがジト目で応える。


「……そう言いながら、あんたが働き過ぎよねぇ」


 仕方ねぇだろ、負けたら終わりの戦争間近なんだから。

 戦争は究極の負の産物であるということが、エライヤツらには分からんのです。


「だーからー、遊ぼ、遊ぼ!」

 ソファーに勝手に座りメイド服の居座り元聖騎士が駄々をこねる。


 俺は一緒に執務をしていたサビナに声を掛ける。

「サビナ。追い出せ」

「はい」


 サビナに背中を押されて追い出されるメラクル。


 ……ったく、公爵を遊びに誘うメイドって何だよ。

 まあ、メラクルだから今更なんだが。






 ハバネロの執務室を追い出されたメラクルは連れ出した私に嘆く。


「ちょっとサビナ〜、あいつなんとかしてよ〜。

 ずっと働き詰めじゃないのよ!

 アレじゃあ、帝国が攻めてくるまでにぶっ倒れちゃうわよ!」


 メラクルは涙目で私に訴える。

 遊びに誘うなんていうのは完全に口実で、閣下をなんとか休ませようとする考えだったらしい。


 ……分かんないって。


 閣下ご自身は睡眠は最低6時間はキープすると宣言しながら、それ以外は食事の時間も惜しみ執務に勤しんでいる。


 ……確かに王国はギリギリ、もっと言えばこのままなら確実に負ける。


 そうは言っても、閣下が根を詰めすぎて何かがあっては全てが終わりだ。

 食事はメラクルがサンドイッチを作り、無理矢理口に突っ込んでいた。


 サンドイッチにカラシを効かせすぎて悶えさせられた閣下が、メラクルのこめかみをグリグリしてたけど。


 とにかくメラクルの言う通り、少しは息を抜いたほうが良い。


「でも遊びに行くのは現実的ではないし、閣下も納得しないわよ?」

 私がそう言うとメラクルは自信を顔に滲ませて頷く。


「分かっているわ。

 だから私に考えがあるの」


 だったらなんでさっきその考えとやらを実行しなかったの?

 私はそう思ったが、まあ、メラクルのことだから今思い付いたに違いないと考えが至ったので、メラクルに任せることにした。


 この時、何故、悪魔の誘いとも言うべきメラクルの言葉を信じてしまったのか。

 ……言うまでもないが、私も疲れていたからである。


 疲れは人の頭の働きを鈍らせる。

 気を付けよう。







「じゃあさー、しりとりしようよー」

「なあ、サビナ。

 この駄メイドさっき追い出さなかったか?」


 おかしいな、サビナもこちらを気にせず書類仕事を続けているし、幻覚でも見てしまったか?


 どうせならユリーナの幻覚出て来い。

 ……うん、出て来ないよね。

 分かってた。


 そこで幻覚(?)メラクルは腰に手を当て自信満々に俺に言う。


「フッ、私は不死鳥の如く舞い戻って来たのよ!」

「不死鳥って可愛いモンじゃなくて妖怪の類いじゃねぇかぁ〜?」


 殺しても死ななそうだし。


「ムキー!

 いいからしりとり勝負よ!

 ちょっとは休みなさいよ、の『よ』!」

「ヨッテンハーム・グリュンベルド男爵」


 俺が即座に言うと、メラクルはキョトンとした顔で。


「誰よ、それ」

「知らねぇのか?

 炭鉱から金を掘り起こし、その金を錬金術のように増やして、巨大なゲーム場を作った王国の成金だ。

 男爵でありながらその財産は公爵にも匹敵するという伝説の金持ちだ」


 メラクルはう〜んと唸り、首を傾げる。


「ロレンヌに貴族名鑑3日で全て暗記させられたけど、そんな男爵居たかなぁ〜?」


 メイド長ロレンヌ、何してんの?


 このポンコツに、なんだかよく分からない淑女教育受けさせていたのは知っているが、貴族名鑑丸暗記って、こいつをどうしようって言うんだ。


 ちなみにヨッテンハーム・グリュンベルド男爵なんて存在しない。

 たった今思い付いた架空の人物だ。

 きっと誰かの心の中に居るはずだ。


 このやり取りの間、サビナは顔も上げずに書類仕事中〜。

 サビナさん、このポンコツ連れ出してくれませんかね?


 ……同じようなことが起きそうなので言うのはやめておいた。


「じゃあ、分かった。

 とりあえずお前でもいいから、この書類ちょっと手伝え」


 そう言うとメラクルはフッと。

 今度は少し寂しそうな顔で笑う。


「私に……書類仕事が出来ると思って?」

「……俺が悪かった」

 俺は思わず素直に謝ってしまう。


 メラクルはまたフッと寂しそうに笑う。

「私の書類仕事はいつもコーデリアに押し付けていたわ」

「コーデリアって?」

「私を斬った後輩よ」


 ……書類仕事を押し付けすぎて切られたんじゃね?


「あー、もういいや。

 茶を淹れてくれ。

 3人分」


「あいよー」

 小気味良い返事と共にメラクルは茶器セットを取りに、執務室を出て行った。


「なあ、サビナ。

 あのポンコツは何しに来たんだ?」


 サビナはピタッと手を止めて……額から一筋の汗が。


「あ、遊びに来たのではないかと……」


 うんうん、そう言ってたもんね。

 何度も言うけど、公爵のところに遊びに来るメイドって、何?

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