(閑話)いつかの残照−5 メラクルほっぺチュー事件

「……どうやら、決断の時が来たわね」


 メラクルが書類が山積みの俺の執務机の真っ正面に、わざわざ椅子を持ってきて両手を組んで座り唐突にそう言いやがった。


「突然、なんだ?

 お前、仕事は?」


 当然、メラクルの奴はメイド服。

 本来ならメイドの仕事をしてたはずだが。


 するとメラクルは、ふっふっふとわざわざ斜め上の天井を見ながら不敵に笑う。

 存在自体が斜め上だから放っておくべきか、俺は悩んだ。


 メラクルはビシッと駄メイドの分際で公爵の俺を指差した。


 なお、同じ部屋で執務中のサビナは我関せずで書類仕事に没頭中だ。

 何度でも言うが、今更だからだ。


 そうしてメラクルはアゴをしゃくりあげ、居丈高いたけだかに言い放った。


「休憩中よ!」

「そうか、俺は仕事中だ」


 無視して次の書類を手に取る。

 え〜っと、こっちも予算の提案か、公爵用の新作ビスケットについて。

 提案者は……。


「お前じゃねぇか!」

 書類をメラクルの額に貼り付けてやった。


「なんでメイドの意見書の書類を公爵が決裁してんだよ!

 なんでここにそんな書類があるんだ!

 あと俺用のビスケットをいつも食ってんのお前だろ!?

 自分用のビスケットのために意見書出すな!!

 ……っていうか、メイドの意見書ってなんだよ!」


 俺は立ち上がり、ウガーとメラクルの頬を指で突っつく。

「ヤメテー!

 私のプリチーな頬っぺたを突かないでー!」


 メラクルは突っつかれながら、たった今、隙をついて忍ばせたのよ、などとほざく。


「意外と感触いいよな?」

 俺用の食事を横取りして栄養付けてんな?


 メラクルは自分のほっぺたをさすりながら、ぶーっと口を尖らせる。


「私の頬っぺたを狙うと血の雨が降るわよ!

 ……そう、アレはいつかの合コンの日。

 その名も合コン事件!」


 そうしてメラクルは俺の話も聞かず語り出す。

 メラクルの頬っぺたチューを狙って起きた、恐ろしい合コン事件のことを。


 その話は俺を震撼たらしめた。


 ……聞くんじゃなかった、と。








 私はいつものコーデリア、キャリア、サリー、ソフィアの4人と一緒に合コンに参加していた。

 今日は騎士団のメンバーが相手らしい。


 合コンに行く直前にクーデルを彼氏が迎えに来ていたはずだけど、またしても姿を見ることが出来ず、気付けばクーデルも姿を消していた。


 おかしいわね?

 クーデル彼氏は魔法使いなのかしら?


 そんな風に考えていると、いつの間にか場は盛り上がり、ゲームをすることになっていた。


 団長ゲームというらしい。

 軍では上司の命令は絶対。

 当たりを選び団長となった人が、各自に振られた番号を宣言して命令を出す。

 ノリが大事らしい。


「団長だ〜れだ!」

「あ! 俺俺」

 俺俺と詐欺でもしそうな顔をした狐目の青年騎士が、嬉しそうに手を挙げる。


 周りの男どもはちくしょーやら、テメーと乱暴な口調で立ち上がったりしている。

 酒も少し入っているせいでタガが外れかけているのかも。


 いけないなぁ、メラクルさんは紳士な男でないと許せないな。


「2番が3番に〜、ほっぺにチュー!」


 私の番号は2番だ。

 3番は……おや?

 命令した狐目の男だ。


 うーむ、合コンのノリとはいえ、婦女子がみだりに男にチューするとは如何なものか?

 それを今回、私が許せば他の4人にも被害が及ぶ。


 今まで合コンはすれど、私たちは実はこういうノリは初めてで、割と節度のある相手を選ぶし、合コンと言えど相手が嫌がりそうな事はしないのが暗黙のルールだった。


 今回の合コンはキャリアが騎士団連中にどうしても、と頼まれた合コンだった。


 なんでも騎士団連中の男10人に囲まれ……、一斉に涙ながらに土下座して頼まれたらしい。


 流石に屈強な男どもに、滂沱の涙で下から見つめられるのは怖かったそうだ。


 その10人で争奪戦して選別されたのがこの5人だそうな。


 しかも、だ。

 この男、クジを操作していた。

 気付いてはいたが、こんな内容でなければその場のノリということで許しておくつもりだったが……。


 私がとりあえず穏便に収めようと口を開く前に。


 ダンッとテーブルの上にコーデリアの足が置かれる。

「てめぇ、先輩に何要求してんの?

 あぁん〜?」


 いつの間に取り出した護り刀をギラつかせるオマケ付き。


「ちょっ、コーデリア!?」

 流石に護り刀をチラつかせるのはやり過ぎ!


 他の3人にもコーデリアを止めるように、目を向けると。

 すでに3人が男どもに護り刀を突き付けていた。


 アンビリーバボー!!!

 私は自分の頬を両手で挟み、ヒョーッとうめき声を上げてしまう。


「キシャァァアアアア!!!」

 コーデリアが奇声を上げると、合わせるように3人もキシャァァアアアアと奇声を上げる。


 這うように、しかし、素早い動きで男どもは店の外に逃げ出す。


「待てや、ゴラァァアアアア!!」

 4人は男どもを追いかけ夜の街を駆け抜けた。


 残された私はお店への謝罪と代金を支払うことになった。







「……悲しい事件だったわ」


 メラクルが遠い目で天井を見上げ語り終えた。


「あ、後日、そいつらは他の騎士団メンバーにボコボコにされてたし、代金も返ってきたけど。

 いやぁ〜、お酒が入った合コンでも節度って大事だと思うの」


 俺は何を聞かされたか分からず、机に突っ伏した。

「……だから?」


 俺が絞り出すように声を出すと、メラクルはキョトンとした顔をする。

「え? それだけよ?

 頬っぺたチューするなら責任取ってねってことよ」


 なんの責任だよ……。

 俺は思ったが、それ以上、何かを言う気力はなかった。


「あ! その時も姫様を合コンに誘ったけど、来なかったのよね〜、来なくて正解だったわ」


「……良かったな。

 ユリーナを参加させてたら、騎士団共々、完膚なきまでに血祭りにあげてやったところだ」


「なんで!?」


 メラクルが分からないと目を丸くする。

 だから俺は……。


 書類ごと机をひっくり返して叫んだ。

「当たり前だろうがァァァアアアア!!!」

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