第199話消えることのない過去

 それからさらに1週間。

 俺は屋敷の裏で鍛錬に勤しんでいた。


 ようやく身体もまともに動き出した。

 多少の違和感はあるが、こればかりは時間をかけて回復していくしかない。


 剣を振り、動き、また振る。

 最初は型から、やがて魔神を相手にしているつもりで剣を振る。


 魔神の懐の飛び込み、必殺技を放つ。

「……光輝心願こうきしんがん


 やはり発動しない、か。


 俺は剣を下げ、荒くなった息を整えるために深く深呼吸する。


「あんたが1人で必殺技を叫んでいる姿を見ると、アレよね」

「……叫んでねぇだろ」

 アレってなんだよ、アレって。


 メイド服を着て倒れた木に腰掛け、アゴに手を置いて脚を組んだ格好で、見た目美女のポンコツ娘が何とも言えない表情で俺を見ている。


「……あんたさぁ〜。

 どうして必殺技使えないの?」


 呆れている……というわけではないようだ。

 単純に疑問に思っただけなのだろう。


 相変わらず疑問を心のままに投げつけるやつだな。


「だってハバネロの腕で必殺技が使えないっておかしいでしょ?

 あんたのことだから、原因分かってるんじゃないの?」


「なんでって言われてもなぁ〜……」


 必殺技を使えない原因はもちろん分かっていた。

 俺の心の問題だ。

 言ってはなんだが、記憶を失ってからずっと残っている暴虐非道のハバネロという罪の意識。


 Dr.クレメンスの話では、魔導力を生み出す源が頭の中の感情の中枢である扁桃体とよばれる脳部位の活動に代表的な神経伝達物質であるドーパミンが魔導素体と呼ばれる物質と結合してウンチャラカンチャラ……。


「理解出来るか?」

 腰掛けたままのメラクルの頭から煙が見える!!


 幻覚だが、きっと真実だ!!

「分かんない!!!」

 メラクルは断言した。


 だよな!!


「要するに!!!

 俺の罪の意識が必殺技の発動を阻害しているのだ」

「分かった!!!」


 メラクルさんはきっと今日、1つ賢くなったはずだ……多分、きっと……。


 必殺技と感情は密接な繋がりがあるということでもある。


 必殺技を叫ぶと威力が上がるのは感情を昂らせる、つまり気合いを入れることである。


 俺の失った記憶を探れば、必殺技を使えなくなったその罪の贖罪しょくざいも出来るかもしれない。


 しかしながら記憶が戻ることがない以上、俺が必殺技を使える可能性はとことん低い。


 肝心の罪については想像が付いている。

 ウバールの街を焼いたことや人を苦しめていた罪の意識だろう。


 今も消えることなく、心の中で俺への怨みの声が響く。

 それは何よりも俺自身がその罪を許せていないと。

 そういうことだ。


 俺の罪は消えない。

 記憶を消しても。


 俺は空気を求め息を深く吸う。

 意外にも喉が詰まることなく吸うことが出来た。


 今はその代償を支払ってやるわけにはいかんが、いずれ……。


 いずれ?

 いずれどうしてやると言うのだ?


 失ったモノは戻らん。

 例え俺自身を代償にしたとしても。


 消えてしまった記憶はある意味で原罪に似ている。

 それはこの世に生まれて、生まれながらの原初の罪。


 俺という存在に染み付けられた罪で。

 本当はどう償って良いかも分からない。


 記憶を失いました、さあ、新しい人生を!


 もしくは公爵の責任なんて知ったことか、俺は自由に生きるぞ。


 ……なぁんて言えるほど、俺は割り切れてはいない。

 そんな性格だったら、もっと上手くやれてたのかな。


 それでもユリーナとのキスで全ての過去の記憶を失った直後。


 全ての記憶を失って目覚めたあの時。

 覚醒したような気分で。

 今では悶えたくなるほどの黒歴史だが、どうしようもないほど浮かれた。


『俺はハバネロ公爵とは違う!

 ハバネロ公爵が背負って来た罪から自由だ』と。


 物語でも極悪非道が心を入れ替えて正道を行くって話、よくあるだろ?

 でも人生そんな簡単じゃねぇよな。


 あるいはあの感情こそが転生の真実なのかもしれない。

 新しい『何か』になって始められる、そんな……。


 情けない。

 何度思い出してもあの時の自分を消したくて仕方がない。


 それでも過去は消えない。


 誰もが気付かずに過ごしているが、過去は消えないのだ。

 良くも悪くも。


 そんな現実を見続けなきゃならないんだから、人生は実にからい。


 そんなわけで必殺技を使える目処すら立たない俺は、魔神との戦いになると足手まといにしかならない。


 女神が完全復活した後は、ユリーナもメラクルも戦場に出ることになるが、俺は残ってこいつらが動きやすいように立ち回らなければならない。


 安全圏に自分だけいることに我慢は出来ないが、人には役割というものもある。

 メラクルはだからこそ俺が無理をするのではないか、とそう告げる。


 死地に向かうはずの当人の方が俺のことを心配してくれているのだ。


 メラクルを手招きすると、不思議そうに立ち上がり近寄って来たので、その柔らかな茜色の髪をくしゃりと撫でた。


「あわわ、何!? なんなの!?」


 あえて言いもしないが無理ぐらいするだろう。


 つくづく人は『自分である』ということをやめられはしない。


 ……良くも悪くも。


 医者とDr.クレメンスの共同での診断によれば俺には今、記憶障害によるリミッターが働いている、と。


 身体の中にあるアルカディアの宝石からの強力な魔導力の流れを阻害し、放出できない溜まった魔導力自体が身体の不調を引き起こしているのだと。


 まあ、つまり必殺技が使えないことが不調の最たる原因ということで……。


「お前とのキスも人工呼吸みたいなもんか」


 口から不調の元を吸い出してもらってわけだ。


「そそそそ、そうよ!

 じじじ、人工呼吸なのよ!

 もっきゅもっきゅと」

「……悪いな」


 好意を持ってくれているとはいえ、半ば強制的に近い。

 彼氏もいたことがないメラクルのことだ。

 そういう経験もほとんど無かったはずなのだ。


 そういうものを強要せねば生きながらえることも難しいのが、今の俺の身体だ。


 そうであってもメラクルでなければならない理由もあった。

 それはこいつの必殺技の性質にある。


 相手を脱力させて自らの力に変える能力。

 魔導力を奪い自らの技の力にする能力。


 俺との相性だけではなく、その能力により俺の中に溜まって害となっていた魔導力を抜き取ったのだ。


「何言ってんのよ!

 むむむ、むしろアレよ、そう、役得!

 寝込みを襲ってウハウハというやつ!」


「おい、真っ赤な顔でテンパってその言い方はなんか……こう、アレだな?

 ……って、寝ている間にキスしてたのかよ?」


 赤い顔をさらに真っ赤にさせ、手をバタバタさせながらメラクルはいよいよ混乱を極め、ついに言い放つ。


「あああ、当たり前でしょ!?

 起きている時にキスなんかしたら子供が出来ちゃうじゃない!」


 本気でそう思っているわけではあるまい。

 ……本気でそう思っているわけではないだろうが、そのメラクルの暴走に俺は。


「ああ……、うん、本当に……ごめんな……」


 本気で謝った。

 きっとファーストキスとか、大事にとってたんだよね……。


「本気で謝るなァァアアアアア!!!」

「どうしろってんだよ!?」

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