第200話行くわよ

「なんで姫様にあんたが無事なことを言ったらダメなのよ!!!」


 俺の首根っこを掴む勢いでメラクルは詰め寄る。

 最初からではあるが、もはや遠慮はない。


「言っただろ、俺は詰んでるって」


 俺が昏睡状態だからこそ、奇跡的にハバネロ公爵家が維持されているんだ。

 同時に一方的にへりくだることで、ハバネロ家を警戒していた貴族からも同情を得ている。


 時間はかかるが、徐々にその警戒感は薄れていっている。


 それに俺には子供も居ないから、俺がこのまま目覚めないことを想定して、各貴族がハバネロ家を得ようと牽制し合っているのもある。


 通常なら分家から引っ張ってハバネロ家を継がすのだが、ハバネロ公爵家は親類縁者もほとんど居ないかなり特殊な家なのだ。


「そんな中で俺が目覚めたことを知られてみろ。

 途端にハバネロ糾弾が再開されるぞ。

 今は俺が起きていることを知っている人間は少なければ少ない方がいい」


 俺が眠っていたこのゲーム装置のある場所は、公爵領でも外れにひっそりとある。

 元々、ハバネロ家が隠していた隠れ里だ。


 俺がゲーム設定の記憶を起動している間、聖女シーアがここで眠りについていた。


 彼女が眠っていた間の世話役や俺を起こすための研究員など、外部の者も幾人かが入り込んでいるので、完全に情報を遮断することは出来ない。


 例えば、侯爵家の研究員たちからハーグナー侯爵へ。


 だからヒエルナから侯爵家に連絡が入ることは仕方がないと思っていたが、彼女はまだ知らせずにいてくれた。


 俺がかつて抱いた印象よりも遥かにヒエルナは令嬢として変わり者で……信用が出来るようだ。


 なので、ハーグナー侯爵のみに伝えることは良いと伝えておいた。

 ギリギリのラインだが、ここで信用を得ておくのは必要なことだった。


 そうやって目覚めたことを広まることを遅らせることは出来た。

 その時間は値千金とも言えるほど貴重なものになるだろう。


 ……とあるポンコツの怒りと引き換えに。


「……ウダウダ、ウダウダとぉぉ!

 姫様の気持ち考えなさいよ!」


 今度こそ俺の襟首を捕まえ、息が掛かるほどに顔を寄せて来る。


「別にウダウダなど言ってない。

 俺が目覚めたからいきなり事態が好転する……なんて事はあるわけないだろ?」


 物事が良い方向に進むのは、乗り越えるために考えて、それに対して努力を続け初めて動き出す。


 当たり前のことを無視してヤッタァ、ラッキーなんて甘いことを考えている時点で悪意ある者たちに堕とされる。


 ヤツらはそういう欲につけ込むのだから。


 メラクルはまだ納得いかないのか、ぐぎぎと歯を食いしばり何かに耐えるように。


「これで俺が起きていることを知られ、最初に攻撃されるところはどこだと思う?」


 他ならぬユリーナのところだ。

 ただ一手。

 ユリーナに対し、手を打つだけで俺はトドメを刺される。


 俺のユリーナへの執着に気付かれてしまえば、いくらでも手は打たれてしまう。


 俺はしぼり出すように言葉を吐く。

「……なんのために恨まれること覚悟で。

 大公国に兵を向けたと思ってんだ」

 そうしなければユリーナを救えなかったのだ。


 大公国内部の混乱でユリーナはパールハーバーもしくはガーラント公爵、邪教集団に何もかもを奪われていただろう。


 それだけは許せなかった。

 ゲーム設定の記憶のハバネロ公爵も同じ気持ちだったのだろう。

 愛する人に憎まれる絶望を抱えながら。


 ……今度は俺のせいで王国から狙われることになる。


「だから俺は昏睡状態になったまま行方をくらます」


 通信を使いアルクたちに最低限の指示は出したが、あまり多く指示を行うと俺が起きていることを悟られる。


 公爵家でもこの地に居る一部以外では、アルク、セバスチャン、モドレッド、サビナぐらいのものだ。


 必要に応じて彼らの判断で、俺が目覚めたかどうかを任せているが、それは最小限にするように言い渡している。


 王や貴族は後ろ暗い権力争いの権謀術数に優れている。

 俺がいる場合の公爵家の動きと俺が居ない場合の動き、その匂いを敏感に嗅ぎ取ることだろう。


 指示を出さずにこのままここに隠れていても、俺が起きて動いている姿を見られるだけでも噂を呼び、いずれ密偵の手が伸びることになる。


 起きていることを疑われないこと。

 それが今の最善だ。


 その上で水面下で動き、悪魔神の復活に備える。

 だから身を隠し……。


「あーもう……。

 言ってやる!!

 言ってやるわよぉぉおおお!!!!」


 俺の思考を遮り、メラクルは半ば涙目で何かを覚悟したように叫んだ。


 それから俺の襟首をしっかりと持ち、空いた片手は握り拳を固め、キッと俺を睨み付け再度、叫ぶ。


!!!

 あんたを失うぐらいなら世界なんて滅びていいと思ってるし、あんたが死んだら後追いも考えてるわよ!!!」


 突然のカミングアウトは俺が命懸けでやったことを全否定するようなものだった。

 俺が死んだ後、こいつらに希望を残す。


 そのためのメラクルアイドル化と大公国侵攻だったというのに……。


 だが、同時に。

「なんっ!?

 突然、何を叫んでやがる!

 それに私たちって……」


 仄暗い喜びもその胸の中を温かく包む感覚も。

 それが本当なら、それほどに……。


「気付かないふりとかしてんじゃないわよ!!!

 私と姫様に決まってんでしょ、この外道赤唐辛子!!!!

 キスするぞ、ゴルァァアアアアア!!!」


「どんな脅しだよ!?」


 それに外道唐辛子ってなんだ!?






 そして数日後。


「行くわよ」


 メラクルは荷物を持って、さりとてメイド服のまま開口一番そう俺に呼び掛ける。


 結局、あの後……。


「元大公国公都に残っている姫様に会って押し倒せ!!

 そうじゃないと一緒について行かないから!」


 そんなふうにメラクルが言うものだから、仕方なく、まずはユリーナに会いに行くことにしたのだ。


 散々あれやこれや言ったわけだが、実は初めから……。

 メラクルにごねられたらお手上げだったりする。


 そもそもの話。


 大変遺憾ながら、俺はこいつに生殺与奪の権限を握られている。


 こいつに魔導力を吸い取ってもらわないと、また同じように昏睡状態になってしまうからだ。


 ユリーナに会いたいか会いたくないかでいえば、狂おしいほどに会いたい。


 それだけにユリーナに会えた時に俺は……。


 だが今回の俺の大公国へ兵を入れて崩壊を招いたことに対して、ユリーナがどう思っているのか。


 ……っていうか押し倒せってなんだよ!?


 ところで、と俺はメラクルの旅装束を上から下までジロジロと見る。

 メラクルはふふん、と何故かポーズをとる。


「……お前、マジでそれで行くのか?」

「何よ、あんたが行くって言ったのよ?」

「いや、そうじゃなくて……本気でそのメイド服で旅に出る気か?」


 メイド服は旅装束には向かなくないか?


 俺のその言葉を受けて、メラクルは自分のメイド服を見て、俺の格好を見て、自分のメイド服を見て……。


 ふふん、と再度鼻で笑った。


「何言ってんのよ。

 メイド服は立派な作業着。

 機能性にも優れ、作業に適した格好なのよ!

 見た目の可愛さで侮らないことね!!」


 ああ、うん。

 可愛いのは良いんだが、その格好……目立つよな?


「俺がなんで旅に出るか説明したよな?」

「もちろん分かってるわよ。

 必殺、死んだふり作戦でしょ?」


 自信たっぷりに腰に手を当てふんぞりかえるポンコツ娘。


 ウンウン、理解しているなら何よりだ。


「だったら、目立つ格好してんじゃねェェエエエエエエエエエ!!!!!」

「可愛いは正義だから良いじゃない!!!」

「良くねぇよ!!!!」

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