第201話メラクル様の罠

「分かってないわねぇ〜。

 これは作戦なのよ」


 腰に手を当て指を俺に突きつけ、お姉さんぶるような態度で俺に言い放つ。

 そんなしたり顔で言うのでちょっとカチンときた。


「ハハハ、すげぇぜメラクルさん。

 これは高度な作戦だったのか!

 言ってみろよぉお!

 冒険者がメイド服で旅をする具体的な理由があるならなァァアアアアア!!」


 ……だから思わず挑発してしまった。


「ムキー! バカにして!!」

「お2人とも仲が良いですねぇ〜」

 聖女シーアがニコニコとそんな俺たちを見守る。


 ちなみに聖女シーアも大公国への旅に同行する。

「勇者の救世の旅には聖女が付き物ですよねぇ〜」

 ……だそうだ。


 何もずっと一緒というわけでもない。

 大公国に居るガイアのところに行くついでというだけだ。


 本来、聖女は教導国の重要人物なのだがセバスチャンに確認したところ、記憶を失う前の俺が聖女シーアを連れて来る時に教導国に話を通していたらしい。


 その話を裏で取り付けた相手こそトルロワ大司教。

 大戦での帝国皇帝との会合の時が初見だと思っていたが違ったらしい。


 以前にどんな話をしたかは知らないが、帝国皇帝との会合にも応じてくれるほどの関係性を保てていたようだ。

 よほど上手に話をしていたのだろう。


 それに当時の教導国の状況は司祭たちの権力争いが激化しており、聖女シーアも命や貞操の危険があったことも要因の一つだ。


 本来、黙示録の起動の条件に聖女シーアの貞操であることが、一部の上層部に知られていることもそれに拍車をかけていた。


 もっともそこに『情を持った相手との』という必須条件が付くのだが、魔導力のメカニズムを研究しているわけでもない教導国では、そんなことは意図的に無視されたことだろう。


 魔導力が感情に左右されること自体が、魔導力研究を揺るがす一大発見ではあるのだから、研究者でもない彼らがそれを無視することは当然だ。


 そんなわけで、聖女シーアも未だホイホイと表立って良い立場ではなかったりする。


 そんな理由もあって、隠れて移動するならちょうど良いとばかりに俺たちの旅に同行することになった。


「ちなみに回復魔法は使えません!」

「そりゃそうだろ」

 そんなものは元からない。


「見習いの時に習った応急処置で包帯を巻くぐらいは出来ます。

 神聖魔法バンドエイドってところでしょうか?」


 怪我の際の応急処置は大事だが、専門的な知識があるわけではない。

 それに聖女シーアは戦闘訓練も積んでいないので戦えない。

 つまり、役立たずということだ。


「まあ、大公国に行くお嬢様の護衛って役割かな。

 それならメラクルもメイド服なのも分からなくもないな」


 俺が納得したところでメラクルが自信満々に言い切る。


「もちろん違うわ!」

「違うのかよ!?」


 メラクルは俺たちに茶を淹れてから、ソファーの対面に自信満々で腕組みしながら腰掛け、これ見よがしに足を組み替える。


「お前、足綺麗だよなぁー」

 俺は見たまま素直にメラクルの脚を褒めた。


「あああ、ありがとう……、じゃなくて!

 どこ見てんのよ、このエロ唐辛子!!

 褒めて私を堕とそうという作戦ね!

 そそそ、そんな簡単に堕ちないから!!」


 真っ赤な顔であからさまに動揺しながらメラクルはワタワタし出す。

 そのポンコツぶりを見ながら、俺はいつも通りだなと思いながら茶を飲む。


「メラクルさんはすでに堕ちてますもんねぇ〜」

「そうね……って違っ!?」


 聖女シーアは美味しそうにズズズと茶を飲む。

 マナー的には音を立てるのはどうかと思うが、わざと音を出した方が味わいが深くなるのだそうだ。


 そういうものなのか?


 メラクルはいつも通り真っ赤な顔で手をバタバタさせているが、いつも通りなので放置。


「……っていうか、旦那よぉ〜。

 その銀色の仮面を手に持ってんのはどういう意味なんだ?

 言っとくけど、お嬢よりそっちの方が目立つかんな?」


 そんな俺たちの横合いで、頭の後ろで手を組んで呆れたような目で見てくる黒騎士。


「なん……だと……?」


 俺が手にしていたのは以前、赤騎士に扮してユリーナと再会した時に付けていた顔の上半分を隠す銀色の仮面。


「ば、ばかな!?

 これこそ完璧な偽装を実現するという究極の変装ではないのか!」


 俺は目を見開き問い返す。

 黒騎士は逆に俺の返答に驚愕して目を見開く。

「……マジかよ」

「無論、冗談だ」


 俺の即答に黒騎士はがっくしと肩を落とす。

「大将ぉ〜。あんたの冗談は分かりにくいんだよ!」


 ポンコツではあるまいし、今更、これで姿を誤魔化せるとは思っていない。

 ま、まあ、最初に付けたあの頃はまだ誤魔化せると思ってたとか、そんな過去は忘れた。


 今は髪色も燃えるような赤色から暗めの赤茶色に染めている。

 そうと知らなければ気付かれはしないだろう。


 更にはわざわざ冒険者に扮して移動しようというのに、たくさんの人数で移動しては意味がない。

 なので必要最低限、俺、メラクル、聖女シーア、そして黒騎士の4人だけだ。


 研究員以外で主だった者たちは手がいっぱいで付いてきて居なかったのもあるが、公爵が動くには明らかに人数不足だ。


「えっ? あんた、私と会った時から公爵にしてはあり得ないほど、少人数で行動してたでしょ?

 今更じゃない?」


 メラクル……人前で心を読まないで……?


 俺がゲンナリする横で黒騎士がニヤニヤ、それはもう〜ニヤニヤと。


 その理由が分からずポンコツメラクルは不思議そうに首を傾げる。

 聖女シーアがニッコリしてそれを優しく指摘する。


「メラクルさんは公爵さんの心が読めるんですねぇ〜、どうしてです?」


 当然、聖女シーアも黒騎士もメラクルが俺の心を読める状態が、どういうことかよく分かっていてその表情だ。


 俺は苦虫を噛み潰したような顔で頭を抱える。

 同時にメラクルも。


「……このポンコツが」

「し、しまったァァァアアアア!!!」

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