第202話冒険者と酒場と
「モンスターの素材の交換を頼む」
「はい!
要塞型モンスターの素材ですね!!!
運び込みは済んでますので、こちらにサインをお願いします」
酒場兼用冒険者ギルドにて満面の笑みを浮かべたギルドの受付嬢に、討伐した要塞型モンスターの素材を引き取ってもらい報酬をもらう。
俺は『赤騎士リューク』とサインする。
赤騎士と書いている時にギルドの受付嬢がやや引きつった顔をしたが、そこは無視。
無視ったら無視!!
プロの受付嬢だろ! 流せ!
冒険者たる者、ちょっと特徴的な2つ名が大事なんだ!!
僅かな間で引きつり顔を引っ込めたプロ受付嬢。
彼女はこれみよがしに、ドンッと封を緩めた金貨の袋をカウンターに置き、そこから金貨がジャラリと姿を見せる。
俺は振り返り、その報酬を掲げて酒場兼用である冒険者ギルドにいる冒険者や酒を飲みに来ていた面々に向け声をあげる。
「モンスター討伐で一攫千金だ!!
テメェら、今日は俺の奢りだ!!
じゃんじゃん飲みやがれ!」
野太い声で歓声が上がる。
このためにわざと人が多そうな夜に報酬を受け取ったのだ。
当然、全てがノリの良い面々とも限らないので、何人かは積極的に歓声をあげるように仕込んである。
要塞型は実際に討伐したが、他は全て予定調和のシナリオ有りだ。
もちろん、金貨を渡す受付嬢も全てが仕込みだ!
金貨をあからさまに見えるように渡す失礼な受付嬢などいない。
そうしてこの出来事を面白おかしく噂で広めるのだ。
ちなみに今までは満面の笑みで対応してくれるほど、サービスが行き届いた冒険者ギルドもなかったので公爵領では改善させた。
討伐したモンスターの素材は公爵領にて、様々な道具や材料に生まれ変わる。
利益を得られるようになり冒険者の地位は大きく向上する。
大々的にモンスターを狩ることで冒険者は夢と希望と一攫千金を得て、人々からは感謝される。
新開発されたモンスターを使った道具はしなやかで耐久性も高く、魔導力の伝達も良いと評判が高い。
そして俺たちがこうして積極的にモンスターを討伐し、報酬を受け取る姿を各ギルドで見せ、冒険者が儲かることや冒険者が尊敬される職業であると知らしめる。
そう! マッチポンプってやつだ。
俺が眠る前から進めていたことで、俺がここに来る前から各地で同様のことはすでに行われている。
なのでここ最近は冒険者の地位は跳ね上がり、子供たちの憧れの職業は騎士を跳ね除け第1位に躍り出ている。
それまでは冒険者の地位は高いとは言えず、汚いキツイ安いのあぶれ者も多かった。
なんでも屋であったので質が高くないのは仕方がないところだった。
そこでまず公爵領内各地の冒険者ギルドを整備、掃除や管理を行き届かせ、不正を正す。
さらに冒険者への報酬を規定化し、安定した報酬と信用を付けさせた。
商人ギルドとも話はつけてある。
今までは商人の一方的な搾取もしくは逆に暴力による冒険者側の略奪などもあったが、それを冒険者ギルドがしっかりと仲介する。
当たり前かもしれないがそれが出来ていなかった。
冒険者ギルドの質の向上は全ての質の向上にも繋がる。
これにも大金が必要だった。
モンスター素材の研究資金もこの報酬も大戦で荒稼ぎした分を当てているので、金ばかりが飛んでいく。
世知辛い……。
モンスター素材を加工した道具を売ることで莫大な利益は得られるが、トータルでは大きなマイナスだ。
それでもやる必要があった。
モンスターを買い取るアテが出来れば、人はこぞってモンスターを狩るようになる。
モンスターを狩れば、それに困らされていた村や町は救われる。
名誉も報酬を得られるとなれば、人は積極的にその効率の良い方法を模索する。
欲望はそうした人の進化にも直結している。
もしも、ただ世界が滅びるとか言ったところで、人は危機感を抱き抵抗するよりも先に逃避する。
各国に暗黒神復活に伴い魔神出現による世界破滅に警戒するように伝えてはあるが、これまたケツに火が付くその瞬間まで本当の意味でその危機を実感することはない。
それが分かりながらも何も手を打たないわけにはいかない。
放置はすなわち滅びと同一だからだ。
別に世界の破滅に限った話ではない。
人生に辛い苦難は付きもので、そもそもそうなる前に考え、予測し、努力し、困難に備えるのだ。
人はそうやって生き残ってきた。
なのに人はよくその現実を忘れてしまう。
忘れようとしてしまう。
大切なことを、大切な者を護りたければ……
なお、俺も対策すべき全てを分かっているわけではない。
復活するのが暗黒神なのか、女神なのか、その真実も知らない。
その全てのカラクリを明かす前に、ゲーム設定の記憶では魔神の氾濫で滅びを迎えた。
分かっているのは。
今も懐かしげに冒険者のギルドをキョロキョロと見回す聖女シーアが、その何かを命を捨てて半年間だけ封印した。
その後、世界が滅びたという記憶だけ。
「記憶の中では何度も来た場所ですけどねぇ〜。
実際には初めてですが」
「そうだなぁ」
テーブルにはつまみのチョリソーとレタスにチーズ。
なんとなく盗賊退治に行った時の食事を思い出す。
黒騎士は酒を持って各テーブルを回りながら情報収集。
聖女シーアはどこか嬉しそうにチビチビと酒を飲みつつ、周りの様子を見学している。
俺と共有したゲーム設定の記憶の中で、聖女シーアも俺たちと共に旅を続けていた。
だからこそ、実際に来たことはなくとも懐かしく思うのかも知れない。
その時にはマーク・ラドラーの支援と冒険者をすることで活動資金を集めたものだ。
あの時も今と同じように活動資金集めの手段となり得るほど、冒険者が活動しやすい環境にあった。
……それはつまり、ゲーム設定の記憶の中の討伐された俺は、その時も同じようにユリーナが動きやすいように土台を作っていたのだということだ。
その甲斐叶わず、世界もユリーナも守れなかったわけで少しのもの寂しさも感じる。
「それで結局、お前がメイド服な理由って……なんだっけ?」
騒がしい喧騒の中、美味そうにグイッと酒をあおり、やたらと絡んでくるメイド服のメラクルの頭にチョップをしながら尋ねる。
今回は聖女シーアお嬢さんのお付きのメイドとしての建前でメイド服なら分かるが、聖女シーアが離脱した後はいくらなんでもメイド服というわけにはいくまい。
そのお嬢さん役の聖女シーアがここで一緒に酒を飲んでる時点で、設定が破綻している気もしなくはないが。
1人だけ部屋に返すのも可哀想なので、社会勉強しているという口実で共にいることにしよう。
どうせこじつけの設定だ。
「フッ……、ハバ、じゃなかった。
赤騎士リュークとあろう者が愚問ね」
「なん……だと?」
『今、ハバネロと言いかけたよな?
気を付けろよ』
通信でこそっと注意。
そこだけは絶対バレてはいけない。
バレたら全てが水の泡だ。
逆に言えば、それさえ大丈夫なら他はどうにでもなると言える。
……まじで大丈夫か?
このポンコツを巻き込んだのは失敗の始まりだったか、とも思うが……。
そもそもこいつが居ないと俺はどこにも行けないという不安定な身体。
どうしてこうなった。
肝心のポンコツは俺の忠告を聞いているのかいないのか、グイッとさらに美味しそうに酒を煽り、ダンッとカップをテーブルに置き。
「私がメイド服であると目立つでしょ?」
「目立つな」
メイド服の冒険者なんていねぇよ。
何度も言うが、俺は起きていることがバレたら困るんだよ。
「そこが狙いよ!」
「はぁ?」
さっぱり分からん。
「つまり、この美しきメイドが冒険で活躍する。
そしてあんたよりも目立つことで、あんたの正体がバレにくくなるって寸法よ!」
「うん、一緒に居るお前が目立ったら一緒だよね?」
俺も一緒に目立つことになるよね?
「良いじゃない!
冒険者の地位向上に目立つことも目的の一つなんでしょ!
メイド服で良いじゃない!
可愛いし!!」
「どんだけメイド服を気に入ってんだよ!?」
それが1番の理由か!!!
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