第284話終わりの始まりを
レッドたちからの連絡は多くて日に一回、来ないときも増えた。
彼らが王国を飛び出し、旧教導国内に入り戦闘が激化した証拠なのだと思う。
遠い空にいる私はもうそれを祈るしかできない。
「ユリーナ様、こちらです」
「ありがとう」
屋敷を管理していたセバスチャンに屋敷まで案内してもらう。
ゲーム装置のある土地は重要拠点の1つとして今も維持されており、屋敷の周辺となると大きな街と同等には安全が確保されていた。
この状態だけでみれば、私が連れて来ている兵たちは過剰戦力であるともいえた。
ただし、ゲーム装置を起動させたあとでは、これが大きく逆転する。
この地こそが魔神出現のスポットに変わり、私たちはその中を女神を討伐して脱出しなければならない。
「セバスチャン、貴方は過去のレッドをご存知なんですね」
私が何気に彼に尋ねると、セバスチャンは
「レッド様は非常に真面目なお方でした。
それが心無い者たちの中に突然放り込まれました。
なので、悪病を取り払うために悪となるしかなかったのです。
いつか貴女という光と共に歩むために。
貴女様はレッド様にとってかけがえのない光だったのです。
よくぞ……、よくぞ、レッド様をお見捨てにならずに……」
セバスチャンは顔を逸らし、涙を見せまいとしながらもそう告げた。
私は知っている。
彼を見捨てたであろう未来の可能性のことを。
いまでも私はその起こらなかった未来の私を許せない。
彼女にとってはそうであるとしか知ることのできなかった、仕方がないものだとしても。
『何も! 何も学ばず! 何も考えず! それが聖騎士か!
ただの愚か者ではないか!!』
大公国でアルクが私たちに言い放った言葉は正しい。
真実を知ろうとせず、彼の心に触れずに追い詰めた彼の記憶の中の私という存在を、私は2度と許さない。
たとえそれが起こり得なかった可能性の中だろうと。
全ての可能性において彼を裏切ることはあり得ぬと断ずるためにも。
そして今度こそ彼と添い遂げるために、ただ成すべきことを成す。
それだけだ。
事態は数日もしないうちに急速に動いた。
レッドたち主力組が教導国に入りしばらく。
あと半日もすれば目的地にたどり着く距離にあるそうだ。
ならゲームを起動させなければならない。
遅すぎても早すぎてもいけない。
完璧で適切なタイミングなど臨機応変の戦場の中では予測が困難だ。
「ユリーナ様、ご準備を!」
ルークに促され私たちは屋敷の中を走る。
案内されたのはレッドが眠っていた装置のある部屋。
そこからルーク含め、まわりバタバタと走り回っている。
ここから動き出したらもう止められない。
ゲームを起動し、女神が出現したらそのまま戦闘になるかどうか、いずれにせよ、女神討伐後は魔神が高確率で湧き出す。
そこから真っ直ぐに最も近い駐屯地まで脱出しなければならない。
それが可能かどうかはわからない。
生きて帰ることは約束したが、そもそもその余地があるのかどうかさえわからないのだ。
深い深呼吸と落ち着くように室内を見回す。
壁にもたれてミヨちゃんが緊張を感じさせない様子でビスケットをかじっている。
「ごめんね、ミヨちゃんも黒騎士といたかったよね?」
「そりゃぁね〜。
死ぬならロイドと一緒じゃなきゃ嫌だけどねー……って本人の前で言えないけど。
ある意味、わかりやすいよ。
意地でもユリーナと生きて帰れば良いんだから」
ミヨちゃんはこれから起こることを、まるで気にしたふうもなく。
それが彼女のメンタルコントロールなのだろう。
「セルドアはローラとどうなの?」
同じく室内にいる2人にも声をかける。
「微妙な関係なので、聞かないで欲しかったんですが……」
セルドアが困ったような苦笑い。
この2人は私の護衛としてずっと一緒だったから、自然と互いを意識する機会も多かったはずだ。
正直、私たち全員どうなるかはわからないのだ。
聞けるときに聞いておこうと思った、それだけだ。
ローラとセルドアは互いに視線を合わせて、照れ臭そうに苦笑い。
私の質問にローラが答える。
「……まあ、生きて帰ったら結婚しても良いかなとは思ってます」
「いやいや、それってどうなの?」
ミヨちゃんがツッコミを入れる。
レッドがしきりに気にしていたフラグというやつだ。
「良いかも、です。
生きて帰れなければご破産です。
私と結婚したければ必ず生きて帰って来いということです」
強気で言い切るローラの言葉にセルドアが肩をすくめて見せる。
「ま、そういうことです。
最後の最後で
つまりローラはセルドアに自分も相手も、なにもかもを護りきれと言ったのだ。
まさに大公国の聖騎士の本分というものだ。
それはやるしかないだろう。
覚悟の決まった笑顔で私たちは確認し合う。
「心の準備はよろしいですかな?」
そこで部屋に入ってきたセバスチャンが、私にそう問いながらニッコリと笑う。
物事はいつも突然だ。
それでもこのときに向けて死力を尽くして、魂を込めて今まで突き進んできたのだ。
それでも全てが全て自分の思い通りに、とはいかない。
それでも人は前に進むしかないのだ。
与えられた条件で、与えあれて
私はそっとお腹に触れる。
そうするとレッドと私の子が応えてくれるように温かなものを感じる。
「ええ、始めましょう」
終わりの始まりを。
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