第285話始めるぞ
旧教導国に入ってからは戦闘が激化。
向こうにその意思があるかは知らないが、こちらはここを超えないともう後がない。
「俺たちは参加しなくて良いのか?」
俺が腕組みして戦況を眺めているとユージーが戦場を指差し尋ねる。
その隣ではベルロンドが寄り添っているのが少し羨ましい。
「いいんだよ。
アイツらにはアイツらの、俺たちには俺たちの役目がある。
右翼、側面から中央に斜めにぶつかれ!
左翼、中央はそのまま維持!」
俺たちは指揮官でもあるのだ。
それにここで消耗してしまえば、肝心の悪魔神との戦いではなす術もなくやられてしまうことだろう。
俺が通信により伝令を伝えると、右翼の軍が動きだす。
そこからしばらくして維持を命じたはずの中央が敵の勢いに押されるように後退。
中央が後退し、下がった分だけ敵が前進するがその真横を右翼が強襲。
左翼は中央をカバーするように戦線を維持する。
「えっ、おい、なんで中央が後退するってわかった!?
偶然か、それともお前は未来予知が使えるのか?」
ユージーが俺をギョッとした表情で言いつのる。
結果だけで見れば、未来予知をしたと見えなくはない。
「経験だよ。
軍がどう動いて、その変化を感じて、即座に軍を動かす。
指揮官の仕事だよ」
敵の圧力が一定時間かかれば、魔神とは違い体力に限りのある人間は、どこかで疲れが出て押される。
もしくは戦場の空気に押され、心が挫ける場合も、空腹の場合も、さまざまな要因を読み取り予測する。
そのポイントを押さえて指示を出す。
当然、人が伝えることだから誤解や伝え間違いもある。
そこを前線指揮官など、中間層が考え、感じ取り的確に兵を動かす。
軍も兵も生き物だ。
もちろんそれは才能だけで出来ることはあり得ない。
戦場の空気と気配は、それを感じたことのある者にしかわからない。
戦争以外でもそうだが、どんな優秀な人材も未経験な新人は絶対に役には立たない。
とにかく戦場では正しいときに正しい戦力を投入しなければ勝てるものも勝てない。
そのために常に予備兵というものが必要になるのだ。
「指揮官のあるなしでこんなに変わるんだね。
そりゃ、僕らが下で剣を振るっているだけでは勝てないわけだ……」
ガイアも俺の隣に来て緑髪をわしわしとかきながらぼやく。
さすがに指揮官が誰でもいいとは言わない。
モンスターや魔神の特性も知っておかないと動きは予測できない。
この場所だけではなく、各戦域でも王国や帝国の指揮官が奮闘している。
誰だっけかなぁ、ロルフレッドと一緒にいた帝国の将軍。
たしかバリウムとかいう将軍もかなり奮戦してくれているようだ。
ゲーム設定の記憶では、最終決戦になる悪魔神との戦いでは、そのレベルの指揮官は誰も生き残っていなかった。
帝国も王国も。
ゲーム設定の世界は滅びるべくして滅びたのだ。
そこに横合いから割って入る声がする。
「そりゃあのぅ、経験のある指揮官なら多少なりとも可能じゃろうて。
しかし、あそこまで見事な動きはお主以外では無理じゃ。
なんじゃあ、アレは?
予知能力と言われてもおかしくないわい」
振り返ると鉄山公とその部下たち。
サビナとモドレッド。
それにラビットたちとラビットにぬいぐるみのように抱き抱えられたレイアの姿。
俺はラビットと抱えられたレイアを視界に入れないように注意しながら、鉄山公に返事をする。
「よく来てくれた鉄山公。
まあ、帝国ではあれが可能なのはあんたぐらいだろうな」
「おべっかはいらんわい。
あれを要求されるんじゃから、今から気が重いわい」
俺がそう言うと鉄山公はさらにそう言い返して、ふんっと鼻を鳴らす。
経験だけでいうなら俺は人の2倍。
主力指揮官として大戦も2回経験している。
記憶のない分も含めれば経験としてはそれなりの数だ。
王国では随一の経験だろうよ。
「モドレッドとサビナもなんとか間に合ったな。
帝国との調整ご苦労だった」
「お待たせしました」
モドレッドとサビナが頭を下げる。
その隣ではラビットと抱き抱えられたレイアがいるので、どうしても視界に入ってくる。
「おかしいですね、公爵様。
愛ってこんなに重いんですね、具体的には逆に私の身体が軽くなるぐらい……」
そりゃあ、抱き抱えられてたら自分は宙に浮いているものな、地に足がついていないから重さなんてない。
俺はあえてそれから目を逸らし、待機していたシロネとザイードに呼びかける。
「シロネ」
「狙い通りだよ。
いまのであと小一時間もすれば、こことここで空隙が生じる。
そこを走り抜ければ教会まではすぐだ。
でもこれって撤退の道はすぐに閉ざされるよ」
シロネは教会までの地図を片手に、俺たちが行くべきルートを示す。
「構わん。
悪魔神を倒せば全て解決だ」
俺とシロネの会話を聞いてラビットが呆れた声をあげる。
「マジかよ、何百万という数の戦場全体から、俺たちが移動できるように誘導しやがったのか」
「この男の戦場における采配については、今更なにを言うでもないわい。
……お主ほどに達者ではないがの。
あとは老骨に任せて、若者はただ前だけを見ておれば良い。
お主ら若者にはわからぬかもしれぬが、わしらのような老骨は主ら若者をいつでも見守っておるものじゃ」
図らずもそれはガラント将軍と似たり寄ったりの言葉。
俺は思わずクスリと笑ってしまう。
歳をとると同じことを言いたくなるのかもしれない。
「なんじゃい?」
鉄山公はせっかくの言葉を笑われたせいか不満顔。
俺はそれがなんとなく面白かった。
いつか歳をとって、そんなふうに俺も誰かに伝えるのかもしれない。
「なんでもねぇよ。
じゃあ、ここは任せた。
皆、準備はいいか!
出るぞ!」
ここから戦場を抜けて、一気に悪魔神のいる教会まで最強のメンバーのみで駆け抜ける。
そして悪魔神に勝つか負けるか、それが人類の全てだ。
必ず勝つ。
俺はそっと指輪に触れる。
ここにはいない愛しい人に祈りを捧げるように。
「さあ、始めるぞ」
俺は告げると皆が頷く。
あと……ラビット。
気持ちはとてもよくわかるが、レイアを抱えて走る気なのか?
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