第286話そう言って笑うのだ
こんな状況だというのにゲーム起動は静かに行われた。
起動キーらしくプライアの剣をゲーム装置の不自然に開いた隙間に突き刺す。
女神を生み出す場合は、突き刺す先は女神の因子を持つ女性となるらしい。
それも愛情もしくはそれに類する感情を持った相手にそれを行わないといけない。
それ、なんて呪いの装置?
今回はそういうことをしない。
いいや、未来永劫それをすることはもうない。
私が装置を起動すると周囲には誰も見えなくなった。
同時に私の周りをいくつもの光景が走り抜ける。
それはそのうちの1つの光景。
『……少しでも早くハバネロ公爵閣下を殺さねばなりません』
その部屋にいたのは先代聖女クレリスタと青褪めた顔をしたメラクル。
メラクルは……先代聖女と2人だけで話をしたことがあっただろうか?
いいや、ないはずだ。
その時間もなかったはずだ。
ならばこれも起こりえなかった可能性ということになる。
先代聖女はそのままメラクルに告げる。
かつての魔神化した人たちは戦う能力の無かった人たちだった。
それでも最強へと至る魔神化。
すでに王国最強と呼ばれるレッドが魔神化してしまえば、世界の誰1人太刀打ちすることは叶わない。
ついにはあの気丈なメラクルの両目から涙が溢れた。
『うぐっぅ……』
彼女は腕で涙を覆い隠す。
『そう……、世界がもう滅びるしかないなんて誰に言うことができましょうか?』
女神による封印の力は段々短くなっていたのだそうだ。
その前は30年、その前の前は50年……次第に短くなり、ついには10年……。
女神の因子を持つ血が薄くなったことと、あまりに長い時が経ち、悪魔神を封じる装置が機能しなくなったせいだろうと。
救いのない真実など人には耐えられない。
『いずれにしても、私は私の出来ることを為すのみです。
……死して力尽きる、その最後の瞬間まで抗う。
それが人だからです。
諦めはしませんよ』
貴女もそうでしょ、と。
先代聖女は微笑み、メラクルは小さく……ほんの小さくだけど頷いた。
……その未来がどうなったのか、私は知らない。
それはいくつもの可能性の1つに過ぎない。
レッドが目覚めたとしても、魔神化が進んだ身体がどう影響したのか、その結果、未来がどうなったのか。
それは無意味な仮定だった。
私たちはかけがえのない今を生きている。
それは決して昔のゲームと呼ばれる存在のように、選択肢を選んで簡単に変わる未来ではない。
繰り返しも、やり直しもありはしないのだ。
ただ精一杯の今を生きる自分を全力で生きて、最後に笑うのだ。
「その通りです。
それでも……もしも転生というものがあるならば、それは祈りとともにあってほしい。
私はそう思います」
気づくと目の前には1人の女性。
私に……というより記憶の中の母に似ている。
でも違う。
「女神……」
私の呟きに女神は微笑み応える。
「はい。
初めましてユリーナ。
まさか、貴女がここに来るなんて思ってもみなかったよ。
彼が来るとばかり……そう、ミラは約束を守ってくれたんだね」
「約束?」
「いつか……私たちの子供が育ち、そして迎えに来てくれる、と」
それは遠い遠い歴史の中に消えた約束。
だけど、それを言われた瞬間、私の胸の中に温かな約束の言葉が光を放った。
『もしも……転生して、また3人で再会できたら、さ。
今度こそ……』
知らないはずの記憶に、ないはずの誰かの言葉。
なのにそれを願った自分がそこにいた記憶。
私は静かに自らの胸に手を置く。
消えたはずの消したはずの辛い過去の中で確かに残っていた大切な想い。
『ユイ』
『はい』
『俺が……必ず君を護る』
彼女は応えた。
私がレッドに返したのとまったく同じ言葉を彼女も告げた。
『……だったら、私は貴方が護りたいと想う全てを護るわ』
そうして、彼女はプレイアの剣に貫かれ、始まりの女神になった。
私はその言葉に導かれるように。
いつのまにか手にしたプレイアの剣を真っ直ぐに構え。
彼女を……、女神をその剣で貫いた。
それはずむりと生々しい肉を命を奪う感触を伝えてきた。
女神は生きている存在だったのだろうか。
そうなのかもしれない。
命を投げて世界を救うために女神となり、ずっと永き刻を。
「今までありがとう。
もう大丈夫だから、愛する人の元へ還ろう」
女神の目から一雫の涙が、溢れた。
そして……女神はほんのわずかに微笑んだ。
『ありがとう』
聞こえない声が届く。
それは魔導機から届く通信に似ていた。
ようやく終わらせられる。
終わりは哀しいことではあるけれど、それがなくば新しいなにかは始まらない。
そのために。
新しいなにかを
そしてその精一杯の生き方に泣き、楽しみ、怒り、哀しみ……、最後に頑張った!!
そう言って笑うのだ。
あの日の記憶が頭に浮かび上がる。
女神である彼女と始まりの聖騎士となった彼とのただ一度の逢瀬。
最期の戦いの夜。
『忘れさせて』
それは今と同じように女神の胸をプライアの剣が貫いた最初にして最期のとき。
絶望を噛み締め辛そうな表情をする愛する人に、女神はただ一言を届けたかった。
……ありがとう、と。
その言葉を最期に女神は涙を流しながらも微笑みを浮かべ、柔らかな陽光のような光に包まれ私の中に溶け込むようにして消えていった。
それは女神の贈り物なのか。
そして。
この場所は魔神で
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