第216話回想⑧きっと答えはいつだって

 私は皆が立ち去った後に、ハバネロの部屋に戻る。


 ハバネロ以外に他に誰も居なくなった部屋で、私はハバネロの横に椅子を置いて彼の寝顔を眺めていた。


 すると小さく扉がノックされて姫様が入ってくる。


 手には何故かワインとグラスを持っている。


 ……姫様!?


 とりあえず私はワインを見ないふりをしておいた。

 そんな私に対して姫様はクスッと笑う。


 そんな私たちは椅子に腰掛け、しばらくハバネロの眠る顔を眺めた。


 やがて私はポツリと。


「……姫様。

 私、ハバネロが好き」

「……うん」


 言葉は不思議だ。

 口に出せば出すほど想いと一緒にあふれてくる。


 だけど、それを飲み込むように私は言葉を押さえてしまう。

 いいや、なにかを言おうとは思うんだけど、それは言葉にならないのだ。


 代わりにどうしようもないほどに涙が流れる。

 こらえようとすればするほど、この涙ってヤツは止まってくれない。

 なにかを言いたいのに言葉になってくれないのだ。


 それを見かねたように、私の代わりにではないが姫様が口を開く。


「メラクル。

 レッドはね、一緒に居てくれてありがとうと言ったんだよ。

 それは、ね?

 メラクルに一緒に居て欲しかったということよ」


 その言葉に私は力が抜けたように、うだぁ〜っと眠るハバネロの眠るベッドの端に頭を乗せる。


「正直さぁ〜、このままだと世界は滅びるよね。

 私たちがどう足掻あがこうと。

 ハバネロがそれを分かってなかったとは思えないんだけど」


 どうにかしなければきっとあっさりと滅びはやってくる。


「レッドから何か聞いてないの?」

「……聞いてる」


 世界をアイドルの旗の下にまとめ上げ、悪魔神の居所を突き止め、かつ世界各地で魔神を足止めしつつ、姫様たち最強メンバーで突撃を掛ける。

 これしかないと。


「……自信ない」


 あいつは私を買い被り過ぎなのだ。

 私なんざ、所詮田舎の木端騎士こっぱきしの1人で。


 あいつに助けられなかったらその時点で、廃人まっしぐらの未来しかなかったような木端騎士こっぱきしに過ぎない。


 ノリと勢いでたまたま上手くいったことはあっても、公爵家のメンバーの強力なサポートと偶然の出会いがあったからだ。


 頭の良さも当然、剣の実力も上位陣から見れば比べるまでもない。

 それは事実だ。


 運だけで何もかも上手くいくような人間ではないことは、最初の暗殺未遂の段階で……すでに分かっている。


 そもそも上手くいかなかったからここに居る。


 暗殺に行った先であっさりベッドに押し倒されたのだ。

 押し倒したのはサビナだけど。


 情けない。

 こんな自信のない自分など認めたくはない。


 そもそも……。

 国力だけで言えば。

 帝国が1万

 王国が国力7000

 共和国が5000

 教導国が4000

 大公国は500


 国力は魔導力のある兵の数と思って良い。

 魔導力のある人間が10人に1人ぐらい。


 そこから魔導力があっても実質的に戦闘をこなせる人の比率は、大公国で300〜400人に1人。


 各国は人口総数を公表していないが、それらの比率での計算上での推定人口は。

 帝国375万、王国300万、共和国175万、教導国125万、大公国20万。

 総人口990万人。


 これに対してハバネロ曰く、悪魔神の戦力1000万だそうだ。

 赤ちゃんも含めても世界全てを合わせても、悪魔神の戦力に満たないのである。


 ここここ、これでどうしろとぉ〜!?


 それを説明する。

 すると姫様は絶望に駆られるでもなく、小首を傾げて何気ない感じに。

 それから何故か手に持っていたワインとグラスを渡して来た。


 ……ここに公爵様が寝てるんだけど?


 そう思いながらグラスを持つと、なんと姫様自らワインを注いでくれる。

 飲んで良いの?


「最近まったく飲んでないでしょ?」


 姫様は自らの杯にもワインを注ぎ、口を付ける。

 そういえば、姫様とお酒一緒に飲むの初めてかも。

 姫様いつも仕事してたから。

 ハバネロも。


 眠るハバネロを見る。

 ……3人で飲んでるみたい。


 私はワインを傾けながらポツリ。


「……アイドルとして世界の意志を一つにまとめて、人類全体で悪魔神と戦うって」


 半分ワイングラスに残った状態のそれをクイっと飲んで、再度ハバネロのベッドに頭を乗せる。


「……無理だよぉお、それって英雄とか勇者とかじゃん。

 そんなの無理に決まってんじゃん。


 こいつ、私を何だと思ってんのよぉ……。

 私、ほんとにただの木端騎士こっぱきしだよ?

 あんたが居たからはっちゃけられたんだよぉ!?


 起きろよぉおー!!!

 起きろよぉー……。

 私、あんたが居ないと笑えないし、頑張れないよぉー……」


 眠る彼の手に顔を擦り付け涙を拭う。

 その頭を姫様が優しく撫でてくれる。


 ……本当は姫様が1番辛いのを知っている。


 夜にここに来て姫様がハバネロにすがり付いて、声を殺して泣いているのを見た。


 叫び出せば少しは気が紛れるだろうに、嗚咽おえつを震えながら押し殺しハバネロに触れながら、ただ涙だけは止まらずに。


 もしハバネロが息を引き取ったら。

 そうしようと言うんじゃなくて、ただただ衰弱してその後を追って眠りにつくのだろう。

 ……きっと私も。


 だけど、ふと私はムクっと頭を起こす。

「……私、起こす」

「えっ?」


 考えた。

 いっぱい考えた。


 考えた結論、久しぶりのワインが頭に回って来たからか、考えるのをやめた。

 考えても仕方ないからだ。


 考えるより行動だ!

 そうだ!

 それこそ私である。

 今、全私の声援を心で受けて私は決意する!


 最近、お酒を飲んでいなかったのと弱っていたせいで、お酒が回りやすくなっているとか、そんな現実は関係ない!


 眠っているハバネロが、『いや、どう見ても酒のせいだろ!?』とかツッコミを入れた気がするけど。


 関係ないったら、関係なぁぁああい!!!


「もうこいつを起こして、どうするつもりだったか聞く!

 もうそれしかない!

 分かんないし、分かんないならこいつに聞けばいいやって」


 私は椅子の上に立ってビシッとハバネロを指差しながら高笑い。


「見てなさい、ハバネロ!

 いつまでも惰眠だみんむさぼっていられると思わないことね!

 このメラクルさんが目覚めさせてあげましてよ!


 おーっほっほっほ……、あれ?

 姫様どったの?」


 姫様は……泣いていた。


「あ、あれ?」

 姫様は自分の頬に流れる雫に触れて慌てている。

 姫様は自分が泣いていると分かっていなかったのだ。


 慌てながら涙を拭う姫様を見ながら、私もなんかまた……泣けてきた。


「起こそ?

 姫様、このバカ起こして、責任ちゃんと取らせよ?」

「うん、そうね、うんうん、そうしよう……」


 そうして2人で抱き合ってワンワン泣いた。


 部屋の外では黒騎士とミヨちゃんが壁にもたれて見張ってくれているせいか、誰かが邪魔することなく私たちはそのまま思いっきり泣いた。

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