第217話回想⑨王太子

 そこから数日もしない内に王国の王太子が、私達のいる元大公国の公都を訪問したことで状況は大きく動き出す。


 王太子の訪問もまた人々に好意的に受け取られた。


 そのように印象付けたことも理由の一つではあるが、王太子自身が超VIP貴族でありながらもガーラント公爵のような偉ぶった貴族ではないこともまた大きかった。


 貴族と言えば、悪名高き悪逆非道のハバネロ公爵やガーラント公爵のような言ってしまえば、印象が劣悪な貴族が大公国内に流布るふしていた貴族の印象だった。


 ガーラント公爵は反逆者として追われ、大公国に根強く悪逆非道と思われていたハバネロ公爵はそのイメージを逆転させた。


 その中で王者の気風を持ち誠実さを感じさせる王太子の訪問は、人々の貴族への印象を変化させるのに一役買ったのである。


 姫様とそれに故人となってしまったサワロワ大公の例もあり、ガーラント公爵達のような貴族は例外だったのだと人々は思うに至ったのだ。


 それが一時的な印象でしかないだろうけれど、王国と大公国との今後のためにそれは強い後押しとなった。


 結論から言えば、大公国の王国への吸収はスムーズにいった。


 姫様はハバネロ公妃となり、大公国はハバネロ公爵領の一部となる。


 ……代わりにハバネロ公爵領はその半分の北部を王国に返還、さらに大公国もガーラント公爵の勢力下にあった領地も接収という名の下、王国の貴族たちに刈り取られることになる。


 都合の良い口実を得たことで王国貴族たちはガーラント公爵の領地を、どこの盗賊だと言わんばかりに攻め入り、我が物にしようと動きまくっている。


 公爵領となった領地はともかくそれ以外の地域については、王太子からの指示で王国の領地となる可能性があるので、無法を避けるようにという指示が出された。


 そんな王国貴族たちではあるが、彼らを解放軍とする噂を流すことで、状況さえ違えば侵略に当たるそれらの土地の塗り替え行為を正当化していった。


 結果的にハバネロ公爵領は、2倍に広げて作ったビスケットが南北で2で割ったような感じになった。

 要するに足して2で割ったので、全体的には一緒である。


 なんでビスケットで例えているんだポンコツ、とハバネロなら言うだろうなぁ。


 ダメダメ、身体が勝手にツッコミを求めてしまうわ。


 実質、大公国が王国の領土に組み込まれてしまうのは何も悪いことではない。


 すでに王国に組み込まれた地域については、モンスター被害の出ている土地に王国からの支援も入る。


 要塞型モンスター、通称スモーキーもしくは最近では、ドラゴン型とか特徴で呼称することの多い大型を超える要塞型モンスターたち。


 その要塞型モンスターの出現は急を要する事態なので、アルクたちやガイアたちはそれに対処すべく奔走ほんそうしている。


 そんな事情もあり、今回で言えば王国は大公国を救済した形なので、人々に好意的に受け取られたとも言える。


 混乱をいち早く収めたことでこういう形になったが、一歩間違えば、戦争になり大公国はその全てを蹂躙じゅうりんされていた。


 それは悲劇を生む以外のものをもたらさない。


 どんなに大義を持って起こされた戦争であれ、そこには望まぬ犠牲がある。


 更にはそんな犠牲を払って作られた新たな秩序も、人々が許容出来るかどうかは終わってみなければわからないことだからだ。


 全てはあのとき、そうならないようにハバネロが根回しをしていたからだ。


 それで当人が目覚めず、姫様を悲しませているんだからろくでもない極悪非道だ。


 もしかすると長い歴史においては、ハバネロが本当に簒奪者さんだつしゃとして描かれることもあるかもしれない。


 だがそれは、後の人の話で今を生きる私たちには関係がない。


 繰り返すが、物事は終わって見なければ、本質は何も分からないものだ。

 あとは今を生きる者がどう思うかなのだ。


 なによりも明日も続く未来を悪魔神からもぎ取らなければ、全ての未来への歴史も意味を成さない。


 私はやるべきことをしよう。


 私自身も姫様や大公国と公爵家との中継役として走り回る。

 これは他の人では代用が効かない私がやるべきことだった。


 あまりに時間がなくて、家族にもコーデリアにも会わずにそのままに。


 そんな状況の中。

 王太子殿下との不意の遭遇は思い掛けず城の廊下でのことだった。


 それも私が大公国の聖騎士の格好で、姫様の斜め後ろを付いて歩いている時だ。


 刹那せつな、王太子と目が合う。

 キュピーンと交わされる心の声。


『チ、チミ(君)は、確かハバネロの愛人じゃなかったのかね?』


 私が王太子と最後に会ったのは、あの戦場でのことだ。

 そう……ハバネロに抱き付いてしまったあのときのことである!


 冷たい汗が流れる。


 私は同様に刹那で心の声で返す。

『チ、チガウヨ?

 愛人ジャナイヨ?』


 いやマジで。


『チ、チミ(君)はメイドもしていなかったか?

 なんで、大公国の聖騎士の格好をしているのだ?』


 私は心の声ですら返す言葉が無かった。

 あれ?

 私ってなんなの?


 哲学的である。

 そして王太子は姫様に目を向ける。


 なお、この間、お互いひと言も言葉を発していない。

 姫様は私たちの目でのやり取りに不思議そうな顔をする。


「王太子殿下、どうかされましたか?」

 姫様が尋ねると、王太子殿下は流石である。

 この僅かなやり取りで何かを悟ったようだ。


「……いや、サワロワがこんなに早くくとは、な。

 これでかつて友情を深めた3人の中で残るのは、俺1人となったなと思ってな」


 王太子殿下はハバネロの亡き父とサワロワ様と子供の頃からの友人だったそうだ。

 姫様が生まれる前に、大公国にも来ていたらしい。

 姫様の母である大公妃様にもお会いしたことがあるそうだ。


 何かを懐かしむようにフッと笑い、それから姫様に語りかける。


「ハバネロ公爵は婚約者であるユリーナ嬢……今はハバネロ夫人であったな。

 ハバネロ夫人は周りに気付かれぬように、ハバネロ公爵と親交を重ねておったのだな」


 なんで分かったのか分からないけれど、正解である。


 こういう時、ハバネロが説明してくれるんだけど、今は眠ったままだ!

 なんてこった!!

 誰か説明プリーズ!!


 私の表情を見て王太子殿下はフッと優しげに笑う。

 何かを悟ったようだ。

 実にイケてるおじ様である。


「ハバネロ夫人付きの聖騎士であるメラクル・ハーグナー嬢が、あの大戦でハバネロ公爵のそばに控えていた。

 それから導かれる答えは1つであろう?」


 ……王太子殿下。

 結果は正解なのに、過程はただの偶然です。


 そして王太子殿下は私にだけそれとなくウィンク。

 茶目っ気があり実にさりげなく。


 言葉には出さないけれど、目で何を言っているかははっきりと理解した。


『ハバネロ公爵のお手付きとなったことは秘密にしておくよ!』


 誤解だぁぁぁああああああ!!!!!


 私の動揺を正解と取ったのか、いや間違いなく正解と断じて、王太子殿下は笑顔でその場を後にした。


 ああ……、人は相手の考えていることは分かることが出来ても、言葉に出さずに相手を解ることは不可能である。


 メラクル、また1つ賢くなった。


 王太子殿下が立ち去る背中を見ていると、私の肩を誰かがポンっと叩く。


 ビクゥと私は目を見開き、背筋を真っ直ぐ立てる。

 恐る恐る私は振り向く。


 そう……、そこに居たのは目を細め口元だけニコニコと笑顔を見せる姫様……。


 はい、決して目は笑っておりません。


 その目がこう言っていた。

『お話、じっくり聞かせてもらえるかしら〜?』


 ひぃぃいいいいいいいい!!!!

 誤解!

 誤解だからァァァアアアア!!!!


 私の心の声が私の中でこだました。、

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