第215話回想⑦聖女シーアとガイア

 考え過ぎても私の中に答えは出ない。

 ただどうしようもないやるせなさが心の中を渦巻く。


 世界にはどうしようもないことがある。

 人生には幾度も、何度もそれを実感することがある。


 私たちはそれを何度も飲み込んで受け入れるしかない。

 それがどれほど泣き出したくて辛いことでも。


 そんな私の様子をリリー様が不思議そうに見ながら首を傾げる。


 私はポケットからビスケットを取り出す。


 それからハバネロがよくそうしていたように、まとスッと横に振って、毒が無いかを確認してからリリー様に渡す。


 ビ、ビスケット用のポケットに入れてるから、汚れもない、はず!


 リリー様はそれを嬉しそうに口の中に入れて頬張り満面の笑みを見せてから、用は済んだとばかりにシュタタタと走り去り、その後ろをメイドが追いかけて行く。


 ハバネロが眠りにつき、目覚めないことを知ったリリー様はハバネロにすがり付いて泣いていた。


 私も一緒に泣いたけど、こうして元気な笑顔を見せてくれて良かった。


「ねえ……それ、何やったの?」

 ちょうど部屋から出て来たガイアが目を見開いて、異様な雰囲気で私を凝視している。


 か、顔ちょっと怖いよ?


「な、何って……リリー様にビスケットを……」


 そこではたと気づいた。

 思えばシーアとミヨちゃん、それに私を含む3人のビスケット争奪戦となり、結局、話の間中ほとんどの人がビスケットを手にすることが出来なかった。


 しかも最終的には、シーアの隙をついてミヨちゃんが華麗に器ごとビスケットをインターセプト。

 見事にビスケットを器ごと最後まで守り切った展開だ。


 如何に世界最強と言えど、ガイアが横からビスケットに手を出せる暇は無かった。


 これが弱肉強食のおきてかと感じると同時に、強者であっても鉄壁の守りを展開されればビスケット争奪戦に敗北することを私に印象付けた。


 なんだか、守りにおける極意を会得えとくしたような気分だ。


 私が感動していると横合いから姫様が。

「……ガイアが気になっていることが何かは分からないけれど、メラクルが今、考えているようなことじゃないことは分かるわ」


 姫様……心を読まないで……。


「心は読んでないよ?

 違うことを考えているのは顔ではっきりと分かるから……」


 メラクルらしいね、と苦笑された。


「うう……、でも姫様に読まれるなら仕方ない……仕方がない気がするの……」


 私が肩をガクッと落とすと、毒気を抜かれた表情のガイアが私に言った。


「その指に何かをまとわせたのって、何?」


「何って……、魔導力を指に纏わせて毒が無いかサーチしたのよ」


 原理などさっぱり分からないが、ハバネロに教えてもらった通りにその現象をドヤ顔で説明する。


「そんなこと出来る訳ないじゃないか。

 魔導力は魔法じゃないんだよ?」


 私もそう思うし、ハバネロにもそう言ったけどー。

 まあ、私も出来る時と出来ない時があるけど、今回は成功したわ。


 ガイアは先程から、虚空で指を横にピッと引く動作を繰り返しているが、指に魔導力が集まる様子はない。

 私と同じ行動してる〜。


 そうだよねぇ〜、そう思うよねぇー。


 そこで姫様が私の肩越しから顔を出すような感じでガイアに声を掛ける。


「ガイアは通信技術を作ったでしょう?

 あれも魔法的と言えばそうでしょ」


「僕がやったのはその人が持っている魔剣と魔剣を繋いだだけ。

 ハバネロ公爵が金属片同士で通信させているのと全く同じ。

 魔剣が無ければ通信なんて出来ないし、その方法もないはずなんだ、それなのに……」


 私は姫様と顔を見合わせる。


「それって……何が違うの?」


 そこにひょっこりとガイアの肩に頭を乗せてシーアが顔を出す。


「人間の身体の中に魔導力の核となるものは存在しません。


 ……そうですね、通信は魔剣と魔剣の間を魔導力の橋を渡して情報をやり取りします。

 つまり受信機と発信機が存在するのです。

 メラクルさんが今、行ったのはそれとは全く別の現象。


 発信機もない場所に魔導力の磁場を自らの意志で発生させた……いわば怪奇現象のようなものです」


 私の妖怪説が本格化?

 いやいや……。


 ちろっと心が読まれていないかと姫様を見るが、不思議そうに首を傾げているので心は読まれてなさそうだ。

 危ない、危ない。


 ともかく指に魔導力をまとわすことについて、私も首を傾げて。

「ハバネロも同じことしてたけど?」

 むしろ彼のマネだ。


 シーアは私をジッと見る。

 それは先程の真面目モードの時と同じ顔だ。


「公爵さんの場合、言った通り魔導力のかたまりであるアルカディアの宝石がその媒体の代わりをしていたのでしょう。


 つまり彼の場合、彼自身が強力な魔剣と同じ状態。


 しかしメラクルさんはそれも無しにそのような現象を引き起こしたということは……、もしや、何か拾い食いしました?」


「何を拾い食いしたら、そんな状態になるって言うのよ。

 これか、このビスケットが魔導力の塊!?」


 私がポケットからビスケットを取り出すと、シーアはそれをスパッと奪い、モグモグと口に運ぶ。


「実際……ムグムグ、なんでかサッパリですね、ングング。

 メラクルさんって……本当に人間です?」


 ついに人間であることを疑われてしまった!!


「人間に決まってるでしょ!

 大妖怪メラクールとでも言うの!?」


 ね! 姫様!!

 助けを求めて姫様を見る。

 そんな姫様はアゴに手を当てて思案顔。


「……まあ、メラクルだしねぇ」

「それで納得するのもどうなのでしょう……」


 シーアは呆れたように答える。

 そこに魔導力を指に纏わせることを諦めたガイアがぼやく。


「……どっちにしても何もかも無駄だよ。

 公爵も眠ったまま起きないし。

 全ては魔神と悪魔神に壊されるだけなんだから」


 ガイアは伏せ目がちにうつむき、だけど口元は皮肉げに釣り上げてそう言った。


「ガイア……」

 姫様が気遣きづかわしげな顔でガイアに声を掛ける。


「……姉さん、なんで僕にこの記憶があるの?

 なんで僕だけ……滅びる未来にいつも怯えなきゃいけないんだよ……。

 姉さんもリュークも僕を置いて1人にして……、今度も……」


 そこで言葉を途切り、ギュッと自分の服の袖を握り完全にうつむく。

 それから言うだけ言って、ガイアはそのまま走ってこの場を立ち去る。

 一瞬だったけどその目には確かに涙が浮かんでいるのが見えた。


「ガイア!」

 シーアが声を掛けるが振り返らず、ガイアは走って行った。


 姫様はそれを見ながら、残されたシーアに問い掛ける。


「ガイアはどうして記憶があるのです?

 そもそも黙示録の記憶って何なのです?」


「黙示録は……ゲームを攻略するためにこの世界の設定を先に知っておく、でしょうか。


 未来予測と同じです。

 それが人の予測か、神なる視点での予測かの違い。


 破滅的な状況や世界の終末などを示した予測だったので、黙示録と呼ばれます。


 その記憶が恐らく、双子であるゆえにあの子にも私たちの記憶を受信してたようです。


 何よりアルカディアの宝石はその名の通り本来、あの子が持つ神剣アルカディアに付くはずの物。


 アルカディアの宝石と同様に受信してもおかしくはありません。

 何よりあの子にも私と同じ聖女の血が流れている訳ですから」


 ガイアが走り去った後ろ姿を見ながら、仕方ない子と慈愛のある目で見つめている。

 その姿を見て、私は根本的な疑問を解消すべくシーアに尋ねる。


「ねえ? さっきまでのはっちゃけた姿と大分違うけどなんで?」


 そうしていると実に聖女っぽいけど、なんで聖女モードが続いているの?


「割り切って明るくしてみようと思いましたが、私やっぱりこっちが素なので」


 頬に手を当てながら、ほほほと軽く笑うが先程までのはっちゃけた口調よりもよっぽどサマになっている。

 目が慈愛をたたえたままなのだ。


 ぬぬぬ! これが聖女のあるべき姿というのね!

 モテそうでうらやましい!!


 ……ハバネロ以外にモテたくないとか思ってない、思ってないんだから!!!


 私が葛藤しているとその気配を察してか、シーアは一度まばたきして優しく微笑み、黙示録のことについて話してくれた。


「……黙示録が何故存在するのか、記憶を起動出来る聖女である私たちにも分かりません。

 いえ、正確には私には、でしょうか。


 私は教導国で聖女となりましたが、歴代の聖女様にお逢いした事はありません。


 勇者計画の邪魔になったのか、それとも他の何か理由があるのか、司祭ユージーが私が黙示録の知識を得ることを良しとしなかったのです。


 黙示録、それに付随するアニメの存在、それらは公爵さんに教えて頂いたのです。


 ですが先代聖女ならば、黙示録について私より何かを知っているかもしれません」


 ニッコリと聖女然とした微笑を見せる。

 くっ!? これが生まれながらにして聖女という女子力か!


「……生まれながらの性格の違いだと思うよ、メラクル」

「……心を読まないで、姫様」

「……分かりやすいんだって」


 そんなバカな……。

 私はガクッと両膝をついた。

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