第153話リターン25-カスティアとエルウィン前

「猫を探しております」

 エルウィンと名乗る自称探偵の青年が、女神教の教会でシスター姿のカスティアに開口一番にそう告げた。


 真面目で純朴そうな青年だ。

 バレた……という訳でもなさそうだ。


「はぁ……? それで当教会に何をご要望でしょう?」

 清楚なシスター面したカスティアはしれっとそう尋ねた。


「はい。

 女神の尊さに猫も近寄ってくるかと思いまして」


 そんな訳あるか!

 カスティアはそうツッコミたかったが我慢した。


 カスティアは邪教集団メンバーである。

 もっと言えば、この教会そのものが邪教集団の拠点の一つで、この地域の元締めがここの司祭である。


 カスティアは邪教の教えに感動して入信した……訳ではなく、孤児として最初から邪教集団の関係者に拾われ生きてきただけだ。


 この邪教集団のタチが悪いのは、幼い頃から邪教集団の活動をする訳ではなく、教会に拾われ女神教の教えを守りながら飢えと戦いながら生き、いつの間にか邪教集団の活動をさせられ逃げられなくなっているというところだ。


 カスティアの場合、見た目が良かったため使い潰されず、パールハーバー相手に行ったような身体を使った諜報や誘導、時には気に入られた邪教集団幹部に呼ばれることもあった。


 もっともそれで良かったと思うことなど、本当にただの一度もなかったが。


 それでもかつての兄弟たちが、妙な薬の実験台にされたり、邪教集団の敵対者に対し自爆攻撃をさせられたり、時にはモンスターを誘導し街ごと飲み込まれたりして、ほとんど生き残っていないことを思えば、恵まれていると思わなければいけないのかもしれない。


 カスティアはただ死にたくないだけなのだ。

 いずれにしたところで、孤児が生きていく上で現実に選択肢は多くはないのだ。


 そんな訳であまり部外者にうろつかれるのはよろしくない。

 元々、孤児院を併設しているこの教会には、人はあまり寄ってこない。


 誰も彼も孤児の面倒まで見る余裕などないからだ。


 そもそも探偵とは何だ?


「民間の調査専門家のことですよ。

 要するに冒険者なのですが、勝手に名乗らせて頂いてます。

 ほら、冒険者にも棲み分けが必要なので」

「はぁ……」


 陽気に爽やかな笑顔を見せる茶髪の青年に、そんな返事しか出来なかった。


 眩しっ!


 裏がなく純粋そうなその笑顔に、迂闊な少女なら溶かされそうになるだろう!


 そして下手に世を斜めに見ているカスティアには、その数倍は眩しく感じてしまう。


 これが光のオーラ!?

 そんな風に内心では激しくたじろぐ。


 普段の相手など汚れたクソ野郎や腐った権力者の相手がほとんどなのだから。


 ああ、悲しきかな、人は理想を求める生き物である。


 意外にというか理想の王子様を求めてしまうのは、変に悪い男にばかりに引っ掛かった経験を持つ女性の方なのだ。


 ギヤァァァアアアア!

 トーカーサーレールー!!


 ニッコリとシスター然とした笑顔を青年に見せながら、カスティアの内面はついには阿鼻叫喚の有り様である。


 カスティアにはもっとも縁遠い爽やか系イケメンである。

 胸の奥で緊急警報が鳴り響いているが、青年が話しかけているのは自分である。


 逃げられない!!


 そこから2人の調査が始まった。

 まずは猫の捜索……。


「むむむ! 猫の気配がこちらからしますね」

「兄ちゃん、違うよ!

 こっちだよ!」

「そうだよ!

 こっちに猫の通り道があるんだよ」


 教会で預かっている孤児の子供たちが集まって来て、一緒に猫を探して走り回る。

 なんの偶然か、本当に探し猫は教会の周りに姿を見せているようだった。


 結局のところ、エルウィンの言い方はどうかと思うが、本当に猫が教会周りに居るのが分かったので、カスティアに協力を依頼したのだろう。


 裏は無かったようだ。


「ほらほら、お兄さんの邪魔しないの」

 カスティアは子供達に優しく教会に戻るように促す。

「は〜い、シスター!

 お兄ちゃんまたねー!」


 教会の孤児たちはそれに大人しく従っていく。

 教会の孤児たちを母代わりに世話をしているのはカスティアだ。


 本来はこの孤児たちも邪教集団に引き渡され世界各地に散らばるはずだが、カスティアがパールハーバーの活動前に悪目立ちを避けるためという名目で引き渡しを延期させている。


 孤児たちが姿を見せなくなったところで、街の誰もが気にも止めないだろうが、パールハーバーに接触しているのはカスティアなので、少しだけ配慮されたのだ。


 そうでもしないと子供たちはあっという間に、邪教集団幹部や権力者たちのオモチャや捨て駒となるのだ。


 カスティアにもよく分かっている。

 それがどれほど無駄な時間稼ぎなのかを。


 初めて邪教集団に送り出した子がその1週間後には、してもいない殺人の犯人となるために自殺させられたと聞いた時は、張り付いた笑顔の奥で何かが壊れる音を聞いた。


 その子の遺言が『シスター、お身体をお大事に』だと聞いた後の記憶はない。


 その場で同じように報告を聞いていた教会の司祭が冷たい目で、孤児が役に立っただけマシだな、と呟いた。


 遅かれ早かれ、カスティアが世話をしている孤児たちは、邪教という絶望にその身を捧げる道しか存在し得ないのだから。


 シスターとしての体裁を持ちながら、カスティアは祈ることさえ出来ない。

 祈りの先こそ、絶望と闇の邪悪な神なのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る