第125話聖女を知るシロネ
ザイードやシロネが不敬をすること以前に、メラクルの不敬っぷりは留まるところを知らない。
直近で言えば、その不敬の極みの駄メイドメラクルは勝利の興奮で浮かれてか、王太子殿下の居る前で、ついに俺をハバネロ呼びしやがったしな。
好きに呼べとは言ったが、公式の場では気を付けろと言ったのに!
言ったのにー!
流石に勝利の立役者だから、怒らず褒めるしか出来なかったけど。
狙ってやったならメラクルは恐ろしい毒婦な訳だが。
うん、疑うだけあり得ねぇ。
いつの間にかビスケットを口に運んでいたメラクルと目が合った。
「どったの?
ハバネロもビスケット欲しいの?
はい、あ〜ん」
半ば無理やり俺の口にビスケットを押し込んできた。
やめろ!
なんて奴だ。
なんでこいつの時は、サビナもアルクも困った顔するだけで動かんのだ!?
分かってる!
何度も言うが今更だからだ!
とりあえずメラクルを手で押しのけて、シロネの話に戻る。
「しかし、シロネもなんでこんなにザイードに懐いてるんだ?
命の恩人にしてもチョロい感じがするが……」
少しな?
俺もユリーナの事があるから、人のことはあまり言えねぇし。
ザイードを完全に捕獲しながら、シロネは思い出すように口を開く。
「ん〜。
そりゃあ、格好良く助けてもらったってのもあるけど。
私さぁ〜、教導国には売られるような感じで連れてかれたからさぁ〜。
色々と後ろ暗い生活もあった訳よ。
そんな生活してて、生きるってことは何をするにも対価やら何やら要るってことは、良〜く分かっているわけ。
そんで今度こそおしまいだ〜と思った時に、無償の優しさだけで命を救われる訳よ?
堕ちるよ、そんなの。
闇堕ちっ娘は善意100%の光に弱いのよ?
あと文句言いながら、なんだかんだで甘やかしてくれるし、守ってくれる感じあるし。
お兄ちゃん気質?」
ああ、ザイードの妹ってアイツだもんなぁ……。
俺のハンカチを2度も鼻水まみれにした奴。
兄ちゃん、散々妹を甘やかしたんだろうなぁ。
何度も言うが、人生ってやつは楽じゃない。
どんなに努力しようが、浮き上がれる環境になく詰んでることもよくある。
俺もそうだが死にかけの虫みたいなもんで、地べたでどうにかしようと足掻いても、どうしようもない。
打算や悪意に塗れて、自らの心と身体を犠牲にしながらそれでも駄目だと諦めかけてた時に、何の打算もなく救い出されたら、そりゃあなぁ……。
「いや、お兄ちゃん気質って。
そりゃあ、殺されそうな奴が居たら助けるに決まってるだろ?
俺だって誰でも助けようとする訳じゃねぇし……」
妹系の子を助けようとしたんだろうな。
ザイード、お前シスコンぽいもんな。
っていうか、シスコンだろ!
お前のせいでお前の妹、ポンコツになってたぞ!
あれはあれで警戒心無くすから、処世術としては正しい気もしなくはない!
もう俺は我慢ならず、言ってやることにした。
「ザイード君、君はちょっと黙ってなさい。
シロネ君、安心して公爵領で祝言を挙げなさい。
この俺、王国公爵が貴殿らの結婚を祝福しよう。
ザイード、家族が出来るんだ。
公爵家でしっかり働けよ?」
良い事をした。
一途な愛って最高だね!
まあ、あまり口に出しちゃうと死亡フラグという呪いを掛けることになるので、今はまだそれは置いといて。
まだ戦争中だしね!
……状況忘れてないぞ?
そこでジーッとメラクルがビスケットを食べる手を止めて、俺を半ば睨みように見ているのに気付いた。
「……何だよ?」
「べっつにぃ〜?」
そう言ってプイッと顔を逸らす。
なんだその態度。
「男の紹介なら出来んぞ?」
「良いわよ、そんなの。
色々覚悟出来たから」
ま、まさか!?
あのメラクルが婚活を諦めた、だと!?
俺の動揺に何かを悟ったらしく、メラクルがキッと睨む。
「そういうの今はいいから!」
これ以上、聞くなと。
うん、まあそうだね。
戦争中だしね。
ふ〜と息を吐く。
そうは思いつつも、戦争というのは狂気の世界である。
こうやって何処かで日常を思い出さなければ、気が狂ってしまうものだ。
だがまあ、確かに今はメラクルにチョッカイを出すよりもシロネの話をもう少しだけ確認しておこう。
「シロネは聖女に会ったことあるのか?」
「そりゃあるよ、勇者計画の重要人物だもん。
あと剣聖候補の聖女様の妹だって一緒に居たよ。
私が賢者候補で。
それと聖騎士最有力と言われてたのがベルロンドって言う女性聖堂騎士団員なんだけど。
このベルロンドって黒い噂が色々あったんだよねぇ〜。
ボンキュ! ボン! の身体を使って地位を奪ったとか残虐なサディストとか、でも信仰心が強いから教導国内では出世してた」
選ばれるメンバーが清廉潔白ばかりってことも少ないよなぁ。
実力と性格って一致しないし。
ゲーム設定の主人公チームのように、実力もあって性格もまともな奴ばかりって珍しい。
だからこその主人公チームと呼べるわけだが。
あとガイアと会ったことあったのね。
ガイアの強さの秘密は、剣聖候補として勇者計画の中で鍛えられたからだったからか。
こんなところで意外な秘密を知ることになるとは……。
ああ、だから共和国で優勝して目立っても、教導国も共和国もガイアに関わるのを避けた訳か。
繋がっているもんだな。
「そろそろいいか?
妹のことについて教えて欲しいんだが……」
流石に先程、サビナとアルクに殺気をぶつけられたせいか、ザイードが大人しくおずおずと手を挙げて発言する。
そうだよね、ずっと焦らされているようなもんだもんな。
よく待ってくれたよ。
「悪いな、待たせた。
レイア・ハートリー。
お前の妹だがここには居ない」
「まあ、そりゃあ……」
ここは王国軍内だもんな。
一般市民のはずのレイアが居ると思うはずないよな。
「だがグロン平原での決戦の直前まで、この軍に同行していた。
帝国兵として、捕虜として」
ザイードは息を飲む。
帝国兵なら処刑されていてもおかしくはないのだ。
「グロン平原の決戦に連れて行けば、確実に死んでしまうからな。
決戦前に逃した。
順当に帰ることが出来ていれば、帝国の鉄山公という将軍の元に帰るはずだ。
お前が俺の元に居るならば、公爵として鉄山公に確認を取ってもいいと思っている」
ザイードはあからさまにホッとした顔をする。
……だから、ここから先は言わなかった。
ザイードたちも旅慣れているはずだ。
だから気付けない。
ましてや戦争を知らぬ一般人ではなおさら。
戦争の狂気は、平時とは比べものにならないことを。
戦争の狂気は、軍人だけのものではないことを。
戦争の狂気は、関わった国の全ての人に伝播する、そのことを。
人攫いも略奪も。
逃亡兵や手綱の切れた傭兵だけではなく、近くの村人や普段は善良な誰もが、その犯罪行為を犯す。
焼けた田畑や奪われた家財や家族の代償に、少しでも自分たちが生きるために。
だからこそ難しい。
若く容姿も整った娘が、1人でいて5体無事でいることが。
それが分かっていながら……。
俺は行かせたのだ。
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