第126話鉄山公

 あの日、それ以上の話はシロネたちとはしなかった。

 いずれシロネにはユリーナたちに合流してもらい、力になって貰おうと思う。

 その布石は十分に打てたと思う。

 彼女らについては後は時を待とう。


 行軍を進めて3日目。


「閣下! この先に100人程の一団が接近しております」

「どこの手の者か分かるか?」

「情報が入り次第お伝えします!」


 この近くとなれば、帝国軍の可能性は十分にある。

 すでにグロン平原よりも王都へ行く方が遥かに近い。


 頭の中に地理と軍の動きを並べてみる。

 そうこうしているうちに、向こうから伝令カルマン君が走って戻ってくるのが見えた。

 この大戦で立派なベテラン伝令兵だな。


 伝令というのもまた非常に難しい役割だ。

 早く正確に伝えることの難しさは言わずもがな。


 噂というものが10人に伝わった辺りで、元の話はカケラも混じってないことはよくあることだ。


 こんな話がある。

 とある黒髪の男が、酒の席でこんな話を吹聴した。

「ちょっと隣で座ってた傭兵団の奴らがうるさかったから、『もう少しだけ静かにお願いしますよ』とちょっとだけ注意してやったんだ」


 それが噂が噂を呼び、ついには。


「世界最強の黒髪の女が、こんな状況下で争い合う凄腕の傭兵団をいさめるため、争っていた他の傭兵団ごとボコボコにして反省させて部下にした」


 元の話で残っているのは、黒髪であることと傭兵団だけ。

 性別すら違う。


 実際に試してみればよく分かる。

 ひどい時は3人目ぐらいで内容が全く変わるから。


 ましてや戦場では見たままを伝える事も難しい。

 戦時の興奮と希望的観測がない混じるものだ。


 俺の極悪非道の噂は、そんな不確かなものを時間をかけて何度も何度も強固にしてきたもの。


 悪意を持つ者は噂の方向を想定しながら、さらに意図した噂を作り出す。


 一つのねじ曲がった噂に、さもそれが真実であるかのように別の噂を重ねる。


 別方向から悪意ある噂を聞くことで、人は自分が得た情報は間違っていなかったのだと、さらに誰かに言いたくなる。


 そうして、誰かの悪意がのった噂が真実となる。


 それはゲーム設定でも英雄となったハバネロ公爵すらも喰らい尽くした。

 悪意とは、それ程までに恐ろしいものだ。


 少しの善行で、少しの人との触れ合いで消せるものではない。

 一度生まれた悪意はその悪意の元を断ち、悪意を上回るだけの味方の存在が必要なのだ。


 ……俺にはその味方がいない。


 力ある立場の者たちは、まず公爵である俺を警戒してかかる。

 今の王国内で明確に俺を支持してくれる可能性があるのは王太子だけだろう。


 もちろん王太子は立場があるので、悪意ある噂を持つ俺を積極的に支持すれば国の母体が崩れかねない。


 ま、そんな状況だ。


 この大戦で勝利を収めたことにより、それはさらに加速する。

 力のあり過ぎる公爵の誕生は誰一人望まないということだ。


「帝国軍鉄山公の部隊と思われます!」

「周辺索敵!

 伏兵の存在を確認しろ!

 鉄山公については出方を確認する」


 素早く指示を飛ばす。

 伏兵が居るとしたら時間との勝負だ。

 如何に早く伏兵を見破り、軍を展開させるかが鍵だ。


 報告はすぐに上がってくる。

「周辺、他に敵兵ありません!」

「さらに深く確認し、王都方面陽動帝国軍2000がどういう動きをしているか確認しろ。

 鉄山公はその陽動部隊の一部隊を率いていたはずだ」


 周りに居た兵たちが僅かに動揺する。

 こちらは義勇兵を合わせても1300。

 そんなことはあり得ないが、相手が無傷ならば2000もの兵を相手にすることになる。


 しばらくすると再度報告が上がる。

「正面2時の方向、敵団らしき影あり。

 敗残兵と思われますが、その数推定1000」

 

 敗残兵と分かるというからにはかなりボロボロなのだろう。

 こちらに回り込んでくる気かもな。


「ザイード、シロネ。

 義勇兵で回り込めるか?」

 兵の間からヒョコッと白い頭が顔を出す。

 ザイードの腕を引っ張りながら。


「何〜?

 囮にする気〜?」

 わざとらしくジト目をしながら、シロネがそう言う。


「阿呆、全面に立つのは名誉ある騎士の仕事だ。

 俺らの方が囮だよ」

 分かっていただろうに、その返事を聞いてシロネはニシシと笑う。


「必要なものは持っていけ、追加の兵が必要なら言え。

 エルウィン! コウ!

 ザイードたちをサポートしてやれ」


 エルウィンとコウは敬礼で応える。

 シロネも含め、全員で想定される状況を確認。

 その間にザイードは義勇兵を集めて来た。


 見るからに義勇兵たちは、荒くれ者が多いらしく楽しそうにすら見える。

 平和な世なら困ったちゃんだが、戦場ではこういう兵がとても役に立つ。


「成果次第で義勇兵のお前らは正式に公爵領に配属となる!

 報酬は期待して良いぞ?」


 実際、冒険者は夢やロマンを謳うが、冒険者として大成功を収めるよりも、公爵の兵となった方が余程大成功と言える。


 さらにアルクたちのように平民でありながら、公爵家の側近となるのは夢のまた夢の世界だ。


 もちろん、悪虐非道のハバネロ公爵の下なので、至る所は悪夢かも知れんが。

 はい、いつも通り詰んでますね。


 それを知らぬであろう義勇兵は武器を掲げて見せ、元気いっぱいに掛け声を上げザイードとシロネの合図で出発した。

 まあ、ザイードもシロネもよく統率出来ている。


 ザイードたち義勇兵が出立して姿が見えなくなった頃に、鉄山公率いる帝国兵100が姿を現した。


 動かずに様子をうかがっていると、俺たちの少し手前で止まり、さらにその中から馬に乗った10程の一団が、俺たちの前に進み出て来た。


「こちらは帝国軍第3師団第2部隊鉄山公である!

 そちらは何処の者か!」


 馬上で着衣はボロボロなれど堂々とした佇まいのガタイの良い男。

 見れば即分かる。

 かの者こそ、鉄山公グレン・パワード。


 俺も一歩前に出ると、両サイドをメラクルとサビナが固める。


 こういう時、メラクルも俺を守るように出てくるよなぁ。

 どんなメイドだよ。


「よお! 鉄山公。

 久しぶりだな」


 鉄山公は僅かに驚きを見せるが……、諦めたようにため息を吐く。


「貴殿か。

 貴殿がここに居るということは、帝国は敗れた訳か。

 どのように、とは問うまい。

 ここまでワシらの動きを読んでいたならば、それももありなん」


 ここで出会ったのは偶然だがな。

 王都側で陽動部隊を防ぐ段取りをしておいたのは、俺なので間違いではない。


 こちらについては戦略面で俺が上を行き、戦術面でもルークたちが上手くやったということだ。

 褒めてやらなければな。


「さて鉄山公殿。

 ここであったのも良い機会だ。

 是非、お聞かせ頂きたい」


 俺は一呼吸置いて、彼らを見つめ言い放つ。


「この戦争の大義について」


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