第171話集結

 私が馬車から降りた時、前方にはガーラント公爵の兵が接近してくるのが見える。


「多分、200ほどかな?」

 ガイアがなんでもないようにそう言って、自身の愛剣アルカディアを引き抜き軽く振ってみせる。


 綺麗なロングソードだ。

 柄頭に宝石を嵌め込むようなヘコミがある。


 縛られていたクーデルも大公国の標準魔剣を構える。

「クーデル大丈夫?

 もう暴走しちゃダメよ?」


 クーデルは頷く。

「うん、ヒー君はもう大丈夫」


 ヒカゲじゃなくて、貴女が大丈夫!?

 ……と言いたいところだけど。


「もしかして何か分かるの?」

 クーデルは静かに首を横に振る。

 返ってきた反応は否定。

 分からないってこと?


 そういう訳じゃないです、と微笑みクーデルは自身の胸に手を当て、静かに前を見て答える。


「ハバネロ公爵が公都にやって来ているなら、公都の混乱は目を覆うほどだと考えられます。


 それに団長が……、パールハーバーが敵なのだとしたら。

 公都にいるヒー君の状況は……」


 ギュッと手に力を込め、一度だけ息を止め吐き出す。


 考えれば分かることだった。

 密偵として筆頭のヒカゲならば、その状況下で大丈夫と言えるほど簡単ではない。

 間違いなく1番困難な立場に立たされていることだろう。


 レッドの公爵軍とパールハーバーと邪教集団、それとレイリアたち。

 この3つの中で最も苦境なのは、本来の大公国の勢力であるはずのレイリアたちだ。


 ああ……、そうか。


 私はようやく理解する。

 大公国は、私の育った国はもう詰んでいるんだと。

 後は自分たちがどう生きるか、それぐらいしかないのだと。


 世界はどうしてこうなのだろう。

 ただ護りたい人を護りたいだけなのに。

 数年後かすぐになのか分からないけれど、世界は悪魔神により滅ぼされる。


 ……なのに、それ以前に自分たちのことすら手一杯だ。


 どうしてこうなるのだろう?

 どうしてこうなったのだろう?


 そう嘆いても仕方ないのは分かっている。


 やれることを、やるべきことをやった人間だけが道を切り拓くことが出来る。

 それを人と人が繋いで、その絆が一つの意志へと変わっていけるように。


 そこでクーデルはさらに言葉を続ける。


「……ただあの時、なんとなく感じたんです。

 彼が危ない気がするって。

 彼を失うような予感がして恐怖で凍る感覚がしたんです。


 もちろん、根拠なんてないです。

 だから分からない。

 でも、どうしてなのか今はその感覚が消えています。


 ……だから!

 よく分からないですけど、きっと大丈夫ですよ!

 なんかそんな気がします!」


 そう言ってクーデルには珍しい、にぱっとした笑顔を私に見せてくれた。


 それからクーデルは笑みを消して私を見つめる。


「ユリーナ様はハバネロ公爵に会いたいですか?」


 ……それは簡単な問いではない。

 ハバネロ公爵への嫌悪感は大公国内共通の思いだ。

 事実として、彼は大公国に無理な要求を都度行なってきたのだ。

 大公国がそれに逆らえないことを知りながら。


 それでも私は。

 真っ直ぐにクーデルを見て、私は頷いた。


 それを見てクーデルはゆーっくり口を笑みに、そして目を輝かせて。


 横からキャリアとサリー、ソフィアも目を輝かせて私の前に。


「私たちは恋する乙女の味方です!」

「メラクル隊長も生きていればきっとそう言います」

「そうです! 愛ゆえに人は生きるのです!」


 ビシッと同時に剣を掲げ4人は声を揃える。


「それが私たちメラクル隊です!!」


 一糸乱れぬそのポーズに度重なる修練の跡が窺える。

 ……何やってんのよ。


「メラクル生きているけどね」


 4人は強く頷き、4人同時に自身の胸を叩く。

 メラクルは心の中に……って違うから!

 キャリアに至っては涙ぐんでさえいる。


 どう言おうかと私が思案しようとしたところで、ガイアから通信。


『お相手さん、我慢の限界みたいだよ。

 そろそろ構えて』


 見るとガーラント公爵兵は今にも飛び掛からんとするほど、緊張の度合いを高めている。

 その緊張を感じていないのか、ただ単に空気を読む気がないのか、2人の貴族風の男が前に出てくる。


「ガーラント公爵……」


 出て来たのはガーラント公爵とその息子だ。

 息子の名前なんだったかしら?

 ガーリックか何かだったかなぁ?


 貴方たち、その身体で馬に乗れたのね?

 そう言いたかったけれど、それは我慢しておいた。


 ガーラント公爵も一緒に追いついたということは、こちらの脱走に気付いてなりふり構わずガーラント公爵領全軍で追いかけて来たのだろう。


 逃げる側の私たちも疲労しているけど、無理して追いかけた方も疲労しているのが見える。


 計画して各地方から囲い込むようにして、私たちを追い詰めれば良かっただろうに。

 ガーラント公爵の独裁の結果だろう。

 上が無能だと下は絶望的だ。


 ガーラント公爵は怒りで息を荒くなるのを抑えながら、絞る出すように声をゲフゲフと出す。


「ユリーナ、様……、お戯れも程々にしていただかないと困りますなぁ。

 今は大公国火急の時。

 公都ではあの憎らしいハバネロ家の小僧が暴れているとか……。

 我らは一丸となって、その国難に対抗していかねばならんのですぞ?」


「……お黙りなさい。

 貴方のその見苦しいまでの野心は」


『ズバッとお見通しだい!!』


 ガーラント公爵に指を突き付けたところで、どこからか密偵ちゃんからの通信。

 思わず突き付けた指がヘニョっと曲がってしまう。


 あー、うん、密偵ちゃん無事で良かったわ。


 再度、ガーラント公爵に指を真っ直ぐ突き付けて。

「お見通しよ!」


 ガーラント公爵は、ぐぬぬとうめき、ついには喚き立てた。


「えぇい、黙れ黙れ小娘がぁ!!

 貴様ら、こいつを止めろ!」


 その叫びを合図に、一斉にガーラント公爵の兵は私たちに飛び掛かって来た。

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