第22話帝国の影②

「んで、森の中に何があるんだ?」

 そう尋ねてから、黒騎士は肉をひとつまみあんぐりと口の中に放り込む。


 俺たちは町長宅で、大きなテーブルの上にチーズや肉にパンやスープ、芋、野菜に果物、あと酒、塩焼きにした川魚を並べて食卓を囲んでいる。


「ん? ああ、そうだな。

 ハッキリと確定しては居ないが、帝国から脱走者が出て大森林に入り込んだ可能性がある」

 相変わらず、ゲーム知識だけど。


 それから川魚にかぶりつきながら、スープで流し込む。

 おおよそ公爵らしくない行動だが、以前はいざ知らず、今の俺となってはこちらの方が気楽だ。


 流石に町長は形式ばった食事を用意しようとしたが、俺が断った。


 公爵としての礼儀作法忘れちゃったかな?と自分で思わなくもないが、TPOという奴は理解しているようで、やろうと思えば完璧なテーブルマナーは可能だ。


 メラクルと黒騎士はなんの気兼ねもしていないが、サビナと兵士のカリーとコウとエルウィンの4人は居心地が悪そうだった。


 そりゃそうだ。

 上司が一緒で飯が気兼ねなく喉を通るはずがない。

 ましてや、その上司が最近大人しいとはいえ、暴虐で傲慢な相手とくればもう、味なんて分かる訳ないよな。


 楽にしてくれと言ったところで楽に出来るわけがない。

 分かってる、分かってるのよ?


 チーズを口の中に放り込み立ち上がる。

「さて、俺は少し町長と話がある。

 今日はもう問題は無いだろうからゆっくり休め。

 酒も飲みたい奴は……1杯だけ許す。

 明日からまた忙しいからな」

 そう言って、席を立つ。


 もちろんただの口実だ。

 部下に気遣いを忘れずに、目指せ好かれるハバネロ公爵様へ!

 ちょっと想像出来ないけれど。


 サビナが立ち上がろうとしたが、無用と留める。

 サビナもたまにはゆっくりお食事をなさいな。

「私が代わりに付いておくからサビナは食事を続けてて」

 メラクルが立ち上がると、兵士3人は何かを悟った顔をした。


「違うぞ? 俺はユリーナ一筋だぞ?」

 分かってますという顔をされた。

 そうだった、メラクルは俺の情婦扱いで連れ回しているんだった。

 だったら、一緒に席を立ってたらそう思うよね……。

 誤解なのに……。


 あまり言うと、そもそもメラクルがなんで同行しているのかすら疑問に思われても困る。

 泣く泣く誤解を解くことを諦め、部屋を出る。


 当然、町長のところには行かず建物の外に行き、建物の端の方に積んであった木箱に腰掛ける。


「飯食い足りないなら戻って良いぞ?」

 飯は大事だ。

 食える時に食う。

 明日にはまた大森林を駆けずり回ることになるのだからな。


 メラクルは建物内に戻ることもせず、睨むように俺を見つめる。

 何かを一度言い淀んで、それでも口を開く。


「なんでアンタ、街を焼いたり傲慢な態度を取ったりしてたのよ?

 それに大公国に課した上納金の増加の発案や、公爵領と隣接した村々への略奪と犯罪者の送り込み、常からの姫様への高圧的な態度に大公国の傀儡化を堂々と宣言したアンタの情報、今のアンタと全く結び付かないんだけど。

 姫様を1番悲しませていたアンタがなんで今更、姫様を悲しませるなって言うのよ」


 メラクルは問い詰める、というよりも理解出来ないことが不満のようだ。


 俺は困ったような顔で頭をかく。

 暗殺に来るぐらいだ。

 狂ったテロリストと違い、噂だけで動く訳もなく確たる情報を持って命令を受けた筈だ。


 そしてそれは事実、なのだろう。

 実際、ゲームでも大公国は……ハバネロ公爵により潰されている。


 主人公チームは一時それで反王国派の流浪の軍と化す。

 その流浪している間に、国の枠を越えた味方と王国内部の味方を得て、巨大な力を持ったハバネロ公爵を打倒するのだ。


 メラクルによる暗殺は、その大公国の崩壊を防ぐための一手だ。


 もちろんその行動は結果だけで言えば、ハバネロ公爵と大公国との溝を決定的なものにしてしまった最悪の一手だった訳だが、全ての者がそんな結果になると予測出来た訳ではない。


 思惑が絡み合い、そんな矛盾した結果を導き出したのだろう。


 俺は大きく嘆息する。

「……正直に言うが、本当に覚えていないんだ」

「覚えてないって……、そんな無責任な!

 アンタのせいで一体どれだけの人が苦しんでいると思うのよ!」

「では聞くが、俺に何が出来る?

 一人一人に泣いて謝れば済む人数なのか?

 ……そして、それは正解か?」


 メラクルは分かりやすくむくれた顔をする。


 自領のことはやりようがあっただろう。

 それを間違えたのは、記憶はないとは言えハバネロ公爵である俺自身だ。


 だが、国と国との関係は複雑だ。

 世界は力の原理だ。

 弱気を見せれば、自国の民が食い物にされる。


 大公国に俺が行ったことが全て間違いとは言えないのだ。

 略奪や犯罪者送り込みはやり過ぎだが、それとて事実関係は不明だ。

 街を焼いたことさえも反乱を止めるためとなればどれほど残虐であれど、時にやらねばならぬのだ。

 そうしないで生きられたら、どれほど良いだろう。

 彼女にもそのことは分かっているのだ。


「アンタは……。

 アンタに助けられてからずっと見てたけど、アンタはいつも一生懸命だった。

 ……暴虐なところは一つもなかった。

 なのに、公爵邸のメイドたちに聞いてもアンタの悪い話ばかり。

 殴られた、怒鳴りつけられた、時には斬りつけられて怪我もしたって。

 斬られた跡も見せてもらったわ。

 領民からも怯えられてた。

 意味もなく理不尽なことを言いつけられたり、時には暴力も。

 どれが本当のアンタなの?」


「……さあな、俺にも分からん。

 少なくとも今後、よほど追い詰められでもしない限り、そんなマネはしないと言える」

 追い詰められれば、その限りではない。

 そしてきっと、ハバネロ公爵はそれほど追い詰められていたのだ。


「ねえ? アンタ、本当に姫様好きなの?」

「好きだよ。完全な一方通行だけどな」

 苦笑しながら、誤魔化さずに正直に言う。


「ん」

 メラクルが小指を出してくる。


「なんだ?」

「約束して。

 姫様だけは悲しませないって」


 俺はその小指を見て、メラクルを見る。

 そして自らの小指を出す。

「指切りげんまん、嘘付いたら……どうしよう?」


 決めてないんかい。

 俺は軽く笑い……。


「嘘付いたら……そうだなぁ……。

 世界でも救ってやるよ?」

 メラクルはニヤリと笑う。

「約束ね、指切った!」


 手を離し、メラクルはクルッと背を向けて伸びをする。

「さて、お腹空いたから私、戻るわ。

 アンタもいつまでもぼっち気取ってないで、早く建物入りなさいよ!」


 メラクルは言うだけ言って、サッサと建物の中に入って行った。

 俺はまた苦笑いする。

「護衛は良いのかよ……」


 部下に気遣って外に出てみたが、俺もまだ腹は減っていたのでメラクルの言葉に従う訳ではないと言い訳しながら、彼女の後に建物に戻った。


 すると黒騎士に。

「え? 早過ぎない? 早漏?」

 次の瞬間に、脳天拳骨で奴を床に沈めておいた。

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