第44話赤騎士、ユリーナに捧ぐ③

 内心で荒れ狂う俺だが、ここはこの街に来る前に決めた設定が生きてくる。


「俺は元貴族でな。

 没落してしまったがな。

 ここに居る者は昔の忠義を忘れずそのまま俺について冒険者をやっている。

 それだけのことだ」


 フッと俺は寂しげに明後日の方を向く。


「……嘘くさい」

 ムキー! 小僧! 貴様、俺に何か恨みでもあるのかー!?

 お前に直接迷惑掛けたことないだろうがぁぁあああ!!

 あぁん、女装させてはべらかすぞ、ゴルァァアア……って女装似合いそうだな?

 それもかなりの美少女になりそうな……。


 元々の顔立ちがそうだし、背格好もまだまだ少年だからな。

 これで世界最強と言われるぐらいだから大したものだ。

 血筋かな?


 そういや、コイツどこの出自だ?

 共和国だったよな?

 最強なのに国が手放すとか違和感あるんだが?


 俺なら手放さない!

 我がお小遣いの半分を使っても召し抱える!

 三顧の礼でもって迎え入れる!

 そしてユリーナを護らせる!


 ……なんだ、今と一緒じゃないか。

 ユリーナをちゃんと護れよ?


 俺は納得出来たので満足げに頷く。


「何で嘘くさいと言ったのにそんなに満足げなの!?」

 何故かガイアは食って掛かる。

 せやかて、ユリーナを護りつつ邪神を倒してもらわんとアカンしなぁ〜。


「さあさあ、今のままで良いからちゃんとユリーナ、様をお護りするんだぞ?」

「……なんでそこまでユリーナを信仰してるんだよぉ〜」

 ガイアはガックリと肩を落とす。


「ふむ、信仰とは言い得て妙だな。

 まさにユリーナ、様は現代の女神。

 俺は真・女神教の教祖となるべくして生まれたのかもしれん」

 深く頷く。


「こいつに姫さんのこと何言ったって無駄だぞ? 崇拝してるからな」

 黒騎士がガイアの肩をポンッと叩くとガイアはガックシと項垂れる。


「……キミの大将って何者?」

 おっとそいつは言えねぇな。


 ふと振り返ると、ユリーナ、様……おっと心の声まで様を付けなくていいや。


 ユリーナが何故かうずくまっている。

 どしたの?


「……お、おかしいな? 残虐非道って言われてたし、この間、会った時も傲慢な態度で唇まで奪われたのに、このギャップは何?

 なんなの? 実は偽物!?


 ……いやいや、偽物が公爵家で宝剣扱いのサンザリオン2を持ってるっておかしいし、いやでも、影武者なら徹底して……」


 あ、サンザリオン2って公爵家の宝剣なんだ?

 黒騎士が何故かガイアを励まし、カリーたちも何故か騎士たちと意気投合して話をしている間に、俺はユリーナのそばでしゃがみ。


 にっくき青髪がどこに行ったか……、村の人に現在の事情を説明しているな。

 こちらを気にしている様子はない。


 ユリーナだけに見えるように、仮面を少しだけズラす。

 ユリーナが息を飲む。


「悪いが今、ユリーナに接触したことがバレるとマズイことになる。

 ……秘密で頼む」


「やっぱり……、なんで……」

 シーッと、口元に指を一本。

 他の人に見られない内にその指はすぐに下げる。


「……俺にまとわりつく悪意はそんなに生優しくはない、頼む」


 それを言いながら、俺はその悪意についてどれだけ分かっているのか。

 分からないからこそ、迷う。


 ジッとユリーナはその深い瞳で俺を見る。

「……あの日、『私が』貴方に言った言葉覚えていますか?」


 その瞳に心の中を射抜かれるような気がした。

 俺が……以前のハバネロ公爵とは違うことを悟られてしまう、そんな質問なのではないか、と。


 設定で思い出そうとしても何一つ出てこない。

 俺とユリーナは以前、会って何らかの会話をしていることすら設定では浮かんで来ない。


 どういう、ことだ?

 戸惑うが、ユリーナの瞳に嘘は付けなかった。

 こういうのも、惚れた弱みっていうのかね。


「……悪い。覚えてないんだ」


 ユリーナはジッと射抜くように俺を見る。

 俺がここで正体をバラすことも、ユリーナと接触することも……本当は良いとは言えないのだ。


 それが分かってなお、この愚かな俺は彼女に会いたかったのだ。

 看破られない方が良かった。

 もっと言えば、看破られてはいけなかった。


 ハバネロ公爵を覆う悪意は、俺の最も弱いところを狙う。

 それは何処か。


 メラクルの件でも分かる通り、大公国とハバネロ公爵の関係であり……、何よりユリーナを狙われることが1番怖い。


 個の武など関係なく、悪意はその猛威を奮い、覆せる個の武となれば能力Sクラスぐらいだろう。


「……頼むよ」

 願うしかなかった。

 剣が理由とは言え、看破られて馬鹿馬鹿しいほどの歓喜が俺の胸を襲った。

 柄にもなく心が踊った。


 ……だが、ここでユリーナが俺との繋がりをほのめかすだけで、その全てが終わる。


 俺の……俺たちの関係は、それほどに詰んでいるのだ。

 最期には殺し合わなければならないほどに。


「……分かりました。

 今、この場に居るのは赤騎士と名乗る元貴族の冒険者。

 剣は……私の見間違いでしょう」


 俺はユリーナのその言葉にフッと笑い、口の動きだけで『ありがとう』と伝える。


 しかしそれにはユリーナは俺をキッと睨む。

「納得した訳ではありません。

 今までの貴方とあまりに違い過ぎるので、動くのは得策ではないと考えただけです」


 そこでプイっと横を向く。


 俺は、それに。

「おお! 麗しのユリーナ様!!

 貴女様はそんな表情もまた美しい!!」

 心からの賛辞を贈る。


 貴方、隠す気あります!?


 口に出さず、口パクでユリーナはそう言った。

 せやかて、ハバネロ公爵が婚約者に堂々と愛を捧げる方があり得なさ過ぎて、バレないでしょ?

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