第239話メラクルさんの嫁入り

「帰りてぇな」

 揺れる馬車の中、出発して1時間もしないうちにそう口走る。


 公爵領内は貸切の馬車で移動しているので、馬車の中は俺たちだけだ。

 豪華さよりも利便性を重視した馬車で普通のものより広い。


 それでも俺にメラクル、聖女シーアにポンコツ隊の5人、それに御者台ぎょしゃだいで馬を操作する黒騎士。

 人数が多いので流石に広々とはいかない。


 それでも公爵領を出たら乗合や徒歩も使うことになるので、専用の馬車を使えるだけ随分楽なのだが。


 いつもならボケと共にツッコミも入れるメラクルはこれについては茶化さない。


「帰っても良いわよ」

 それは毒舌や嫌味ではない。


 たとえ世界が滅びることになろうとも、あんたがそう決めたならそうしなさいと。

 もはやそれは……。


「あれか?

 母親のそれか?」

「誰がかあちゃんよ!」

 かあちゃんとは言っていない、母親と言ったのだ。


 そう優しくツッコミを入れてあげると、ムキーとメラクルが地団駄を踏む。


「人がたまに慈愛の心を見せたのにバカにしてー!」


 いつも通り。

 そんなメラクルの頭を撫でて、髪をぐしゃぐしゃとする。


「わわわ、なにすんのよ!」

「おまえは余計な気を回すな。

 いつも通りのポンコツでいろ」


「いつも通りのポンコツってなによー!!」


 メラクルは不貞腐れたように馬車の窓から外を眺めている。

 ……そこからしばしの無言の時間が過ぎる。


 そんなメラクルを見て俺は目を細める。

 メラクルが俺に好意を抱いているのは間違いない。

 それでもメラクルはそれを押し付けることはない。

 俺がメラクルに何も言わなかった意味をわかっていたから。


 だけど。


 俺は自分の至った結論に軽い苦笑を覚える。

 随分とこのポンコツは俺の中に入ってきていたということだ。


 だから、そんなメラクルに俺は告げる。

「おまえ、今から俺の第2夫人な?」


 そう言うとメラクルは静かに振り向く。

「誰の?」

「俺のって言っただろ?」


 するとメラクルはなんでもなかったように馬車の窓の外に視線を戻し、一言。

「りょ〜かい」


 およ、とその反応に逆に俺が戸惑ってしまう。

「良いのかよ?」


「それが姫様とあんたにとって最善なんでしょ?

 どんな意味があるかは私にはわかんないけど、あんたの考える最善に付き合ってあげるから安心しなさい」


 そう言って優しい笑みで微笑む。

 その深い愛情を感じさせる表情はどう表現しようにもたまらないほど愛しくて思う。


 そして同時に。

 あ、こいつ理解してねぇ、とも。


 そんなメラクルに指輪を放り投げる。

 おわっとっと、と慌てながらそれを受け取る。


「なによこれ?」

「付けてろ」

「はぁ〜?」


 意味が理解できなかったらしいポンコツの左手を掴み、俺の手で無造作にその薬指に指輪をつけさせる。


「なによこれ?」


 メラクルは薬指に付けられる意味に思い至らないのか、見るからに怪訝けげんな表情でそのシンプルな銀色の指輪をしげしげと眺める。


 、と俺は苦笑いを浮かべてしまう。

 酷いことをしていたという自覚はある。


 帝国とのグロン平原での決戦の直後。

 俺は英雄となったメラクルに告げた。

 付いて来るからには、覚悟をしてもらうぞ、と。


 あの日あのとき、あの瞬間。

 俺はメラクルを『利用すること』を決めた。


 ただユリーナを救うためだけに、メラクルの恋心すら利用しようと。

 メラクルは文句を言わなかった。


 こいつは決めていたのだろう。

 たとえ俺の意図がどうであれ、俺について行くと。

 俺の気持ちがどうとかではなく、俺とユリーナに終生そばに控えていることを。


 俺たちは言葉で1度も確認し合ったことはないが、ユリーナを救うための運命共同体だった。


 こいつの口からそれについての愚痴は、冒険者ギルドの酒場で聖女シーアにそそのかされてこぼしたあのときだけだったが、実際はやっかみや誤解、嫉妬なども受けていたようだ。


 俺の前でそういう話を聞いたことはないが、泥棒猫とか人の婚約者にすり寄るクズメスネコとか、散々な言われようもあったと報告があがっている。


 それを尋ねるとメラクルは柔らかく優しい微笑と共に肩をすくめて見せる。


「そりゃ、ね。

 ……でも、どうでもいいことよ。


 私がそう決めて姫様とあんたについて行くことを決めたんだから。

 姫様とあんたがわかってくれてるなら、それで良いわよ。

 それにサビナたちや皆もわかってくれてたからね」


 実際には心ない言葉にかなりダメージを負ったりもしたようだ。


 メラクル自身はユリーナから俺を奪おうなどとただの1度もしたことはないし、俺がユリーナ以外を優先しようものなら激怒するほどだが、人は見たいものを見る。


 それはどれほど言葉を尽くそうとも。


 その姿は見る人から見れば、メラクルの内心はそうではなくとも、そう見えてしまうのだ。


 そして人はすれ違い、世界は大きな誤解と求めていた世界とは違うものに変わってしまうことはよくあることなのだ。


 だけどそれら一切を包み込み、そうして見せたメラクルのその笑みはとても美しかった。


「……待たせて悪かったな」


 だから俺も覚悟を持って告げる。

 それに対してメラクルは……。


 呆れたようなジト目で返す。


「だけどねぇ〜、愛人の次は第2夫人〜?

 良いけどねぇ、それってどういう意味があんのよ?


 まあ、いいわ。

 さっきも言ったけど、どういう役でも引き受けてあげるから任しておきなさい!」


 ドンと自らの胸を叩く。

 このポンコツはぁ……。


 静かに、というか固唾を飲んで俺たちを見守っていた全員の反応は……。

 聖女シーアは満面の笑みでニコニコ。

 黒騎士も御者台の方からニヤニヤしながらチラッとこちらを見た。


 ポンコツ隊は全員一斉に同じ顔して目を見開く。

「先輩、それって……」

「しっ、コーデリア、しっ!」

 コーデリアの口をサリーが塞ぐ。


 どうしたもんかなぁと俺は頭をかく。

 ……そして考えるのが面倒になった。


 俺はメラクルのアゴに手を当てる。

「ほえ?」

 メラクルがそんなポンコツ声をあげる。


「こういうことだよ」

「んっっぐ!?」


 もきゅもきゅ。


 俺はメラクルの口を奪った。

 絡めた舌と唇を離すと、わずかに透明な糸が渡った。


「なななななな……、なに、なにす!?」

 メラクルはなにすんのよと言いたかったらしいが、真っ赤な顔で言葉にならない。


 意外と思われるか、それとも当然というべきか。


 人工呼吸的なメラクルからの口付けはあったが、こうして俺からメラクルに口付けしたのはまったくの初めてだ。


「おまえがボケるからだろ」

「ううううう、浮気よ!

 浮気はダメなんだからね!!」


 赤い顔をさらに赤くしてメラクルは狼狽しながら言った。

 後ろではポンコツ隊が5人全員、目を手のヒラで隠すように広げ、指の間からバッチリ凝視している。


 聖女シーアと黒騎士はさっきと同じ顔のままニコニコニヤニヤ。


「浮気じゃねぇよ。

 第2夫人って言ったろ。

 おまえは今日から俺の嫁だ」


「え……ええええええええぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええうぇえええええええええええええええええ!?」


 うるせぇし、なげぇよポンコツ!!!

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