第240話嫁に来ないと詰んでます
ひとしきり驚きの声をあげていたメラクルだが、しばらくすると落ち着いたのか。
目線を上にしばしウロウロさせてから、再度、俺を見て……。
キッと睨む。
「姫様というものがありながらなんだから、やっぱり浮気よ、浮気!!
このクズ男!!」
指輪をつけた左手は隠すようにしながら、メラクルはビシッと右手の指を俺に突きつける。
後ろ手に回した自分の左手が気になるのか、チラッと目線をやったりしながら。
それはどういう意味の態度なんだ?
「浮気じゃねぇよ、第2夫人だって言ってるだろ?
正式な嫁だよ」
なんで嫁本人に第2夫人になることを告げたら浮気扱いされないといけないんだ?
だが、それを言われ俺はようやく、メラクルとの間になにかが決定的にズレていることに気づいた。
「えーっと、じゃあハーレム!
ハーレムよ!!
知ってるんだから、ハーレムって男の欲望を詰め込んだ妄想のかたまりなんだって!」
「嫁が2人しかいないのにハーレムってなんだよ!?」
大体、ハーレムをなんだと思ってんだ。
あれは国の血統を維持するシステムだ。
もしくは裕福なものがより多くの者を養うための社会システムでもある。
愛人を囲うのとは全く違う。
確かにちまたで裕福な商人や貴族でも、家の存続と関係なく婚姻を結ばずに、愛人を囲う行為をハーレムと呼ぶこともある。
その場合ならメラクルが言うように男の……国や地方によっては女もだが、欲望と言ってよいかもしれない。
本来のハーレムはシステムだから、それとはだいぶ違うし、同様に正式な嫁である第1夫人第2夫人という扱いも、それとは天と地ほども違う。
そこに愛情があるか、はたまた欲情だけかでまたさらに違うわけだが。
俺?
愛してなければ結婚しねぇよ。
それはまあ、互いの心の問題だ。
それでも貴族と一般庶民は結婚の意味自体が違う。
つまるところメラクルと俺たちとの間にある、この結婚観の違いであることに遅まきながら気づいた。
「おまえ、結婚ってなんだと思っているんだ?」
「そそそ、それは愛し合う2人が将来を誓いあって……」
真っ赤な顔で両手の人差し指をちょんちょんと合わせるポンコツ。
「まずは貴族の結婚はそこが違う」
俺は指でビシッと突きつける。
するとメラクルは流れるように俺が指差す方向、つまり背後を振り向き問い返す。
「どこよ?」
「そういう意味じゃねぇよ!」
間違いを指摘してやるとメラクルは不満げに頬をふくらせた。
可愛いな、おい。
「結婚ってのは家の維持装置で国のシステムだ」
「はぁ〜?」
一般の者と貴族とではその認識がまず大きく違う。
「一つの事実として、おまえと結婚しないことは俺にとって身の破滅を意味する。
つまり、結婚に関して言えば詰んでるんだよ、俺もおまえも。
ユリーナとの結婚以上にな」
ユリーナと結婚できなければ精神の破滅だが。
まあ、それはこいつ相手でも実は一緒なんだが……。
「なんでよ!」
「貴族の結婚とは家同士の同盟で、それを破棄することは同盟を破棄することと同意だ。
つまり敵対を意味する。
あなたとは味方になりませんと宣言しているわけだからな」
今回はハーグナー侯爵との関係だな。
王国を代表する大貴族と敵対するか、味方とするか、結果は考えなくてもわかるというものだ。
もし仮に破棄したければ、話し合いだけではなくそれ相応の対価が必要となる。
それだけ厳しいものなのだ。
それを説明してやると。
「分かったようなわかんないような……」
メラクルの頭から湯気があがるような幻覚が見えたよ
頭の許容量を超えたらしい。
「結婚しないといけないことはなんとなく分かったわ。
でも。
こ、心は自由にできても、身体まで自由にできるとは思わないでよね!
身体の方は……と、時々までなら……。
姫様にも頼まれてるし……」
俺はゴンっと馬車の壁に頭をぶつけてしまう。
なにを赤裸々にぶちまけてるんだ、このポンコツは!?
とりあえず心はすでに自由にできるらしい。
やばい、ちょっと愛しいと思ってしまった。
「それに……たとえばだけど、あんたは姫様が他の男のところに行こうとしたら、どんな手を使っても奪うでしょ?」
もちろん、姫様が他の誰かのところにホイホイ行く女じゃないけどさぁとメラクルは付け加えながらそう言う。
「おうよ。手を出すヤツどころか出そうとする気配がある時点で地獄を見てもらう。
覚悟して手を出す以前に、そんな気配でも許さん!」
断言だ。
もう想像しただけでそいつは始末しよう、うん。
「でも、私が他の男のところに行こうとしても引き止めたりしないでしょ……って、なによ?
その『今頃気付きたくないことに気付いた』みたいな顔は……」
ご指摘の通りである。
俺はなんとも気付きたくないことに、たった今気付いたのだ。
わざわざ根回ししてまで、逃れられないようにしながらこいつを第2夫人に追いやったその理由を。
「……いやぁ〜。
おまえを奪おうとするやつがいても地獄見せる気がするなぁ〜、なんて……」
「へ!?」
最初の頃ならともかく、今となっては俺がこいつを手放す気がないことに今更自覚したのだ。
ユリーナもそうだが、この世界にこいつは1人しかいないのだ。
当たり前のことだが世界に同じ人は2人といない。
他の誰かでは意味がないし、見目美しいとかそんなことは関係なく、その存在を誰かに譲ることはできない。
ユリーナもメラクルも。
それほどに俺の気持ちは強固に育ってしまった。
それ以外の誰をあてがわれようとも興味一つ示せぬほどに。
こいつが泣いて懇願しても手に入れようとすると、思う……。
それを強く頭の中にイメージしてしまう。
「……なんて想像してんのよ」
それだけにそのイメージはメラクルに伝わってしまったようだ。
「それでも俺がユリーナを1番とすることは変わらない」
「そうね、それは疑わないわ」
「……だが、俺かおまえかを選ぶなら、俺はおまえを選ぶ」
理解出来なかったとキョトンとした顔をされる。
「……おまえになにかあったら、命懸けで護るって言ってんだ」
「あ〜、あ〜、なに言ってんのよ、あんた」
聞くまいとするようにメラクルは耳を塞ぐ。
顔どころか隠そうとする耳の先まで真っ赤だ。
「俺の嫁になれ」
「ああああ、あんたは姫様を嫁にしたんでしょ!」
「そうだ、絶対に誰にも譲らん。
……おまえもだ」
強欲と呼ばれようと。
それを誰かに非難されようとも、だ。
一般の者からすれば貴族が複数と婚姻する感覚はわからないかもしれない。
それは婚姻の在り方の違いだ。
だがそれとは別に俺は2人を譲れないのだ。
「……あんたは絶対私を選ばないものだと思ったわ」
「そうだな、俺もそう思ってた。
大戦前まではな」
「……大戦?
随分、前じゃない?」
メラクルが浮気者を見るような冷たい目で睨む。
随分前から気が多過ぎねぇか、あぁん?
そんなふうに言いたげだ。
「いや、言っただろ?
覚悟してもらうぞと。
あのとき、俺は覚悟した」
「……いや、言ったけど。
アレなの?」
「おうよ、あのときからおまえの婚活は詰んでたぞ?」
あの時点で俺に嫁入りが決まってたぞ?
常に俺のそばに控えているし、抱きつき事件で王太子にも公認となってしまった。
そのあとにはハーグナー侯爵に養女となる手続きもした。
貴族的にみて、側仕えの異性を大貴族の養子にさせる意味など、どう考えても嫁入り準備以外の何者でもない。
真実としてはメラクルの立場を他の貴族から守るためでもあったのだが。
「あ、あれでぇぇえええええええええ!?
あ、あんな一言でわかるわけないでしょぉぉおおおおおおおおおおお!!」
叫ぶメラクルをよそに、ようやく俺は自らの中に答えを見出していた。
そうかそうか。
だったら俺自身、納得いったよ。
何度も何度も考えた。
あの日、こいつを俺たちのために犠牲にする覚悟をしてから。
こいつを巻き込むのは間違ってるんじゃないかって。
どこまでいっても俺はユリーナが1番だ。
それこそ命を捨てても良いほどに。
俺はどこまでいってもそういうヤツなのかもしれない。
それでも、だ。
俺の中におまえはいて、おまえを手放したくないと思っていた。
なんのことはない。
今頃気付いたのだ。
とっくの昔におまえは俺の心の中にいたんだな。
だったら悪逆非道のハバネロ公爵の俺が今更、悩む必要などない。
全部奪ってやるよ。
全ての非難も受け入れてな。
「……まあ、それもこれも俺が死ななかったらの話だったわけだがな」
俺のその言葉にメラクルは一瞬で真剣な表情になり言い返す。
「あんたは死なないわよ。
私が……私たちが必ず護るし」
「おうよ、頼りにしてるよ」
俺はユリーナ1人を護るのに手一杯で、それすらも自分の命を賭けてようやくで……。
いざ、こいつにもなにかあれば俺は護りきれるのか、と不安にも思った。
でも違うんだ。
ユリーナのこともそうだ。
全ての恋人同士、夫婦もそうだ。
どちらかだけ、誰か片方だけが相手を護りきることは不可能だ。
俺もおまえも、そしてユリーナも。
俺たちは互いを護りあって生きているんだ。
だからさあ、メラクル。
俺も……。
おまえたちをあらゆるものから護ってやるよ。
どんなことをしてもな。
「あー、それと」
「なに?」
ぶっちゃけ、こいつとそういう関係になるのは、さぞや気持ち良さそうだよなぁと思わなくもない。
なんだろ、この友達に手を出してしまった背徳感みたいな?
あえて口にはしない。
他の人に聞かれてよい話ではないが、強く意識するだけで、ただ1人にはその想いは伝わってしまう。
「なに考えてんのよ、このエロ唐辛子ィィイイイイイ!!」
あー、うん、そう思われて仕方がない。
そう思われるもなにも、そういうことなんだけどね!!!
ははは、仕方がない男の子だもの。
「開き直るなぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
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