第241話メラクルはどうして私を優先するの?

 これはレッドたちが出発前のこと。


「ちょっ、レッド!

 もう離し……もぎゅっ」


 もきゅもきゅ……。


 レッドが抱き締めたまま私を離してくれない。

 嫌ではないから……困る。


 呼びに来たメラクルが呆れ顔でソファーに座り、いつのまにかお茶を飲んでいる。


「ハバネロぉ〜?

 いいけどさぁ、ラビットに帝国入りのための急ぎの仕事頼んでんじゃなかったの?」


 その言葉でようやくレッドは私から口を離してくれた。


「くっ……、悪魔神の復活さえなければ、ずっとこうしてユリーナとイチャイチャしていられたというのに!」


 歯噛みしながら、ハバネロは名残惜しげに再度私の唇にキスを落としてから、メラクルを置いて部屋を足早に出て行った。


 私は彼が触れた自分の唇にそっと指で触れる。


「あいつ、姫様とずっとイチャイチャするために世界を救うって言ってるんじゃないでしょうね?」


 絶対そうだ、とメラクルは頷いてお茶を飲んだ。


「メラクルは行かなくていいの?」

「いいでしょ〜?

 どうせ速攻で走って姫様のところに帰ってくるでしょ」


 そう言って堂々とメイド服のメラクルはソファーでくつろぐ。


 メラクルはレッドの護衛兼お付きのメイドではなかったのだろうかと疑問に思うが、気にしても仕方がない。


 それより先程のときもそうだけど、メラクルは私とレッドのこうした……イチャイチャを嫉妬している様子は一切ない。


 むしろそうするのが当然と思っているふしすらある。


「メラクルは……私とレッドがその……こうしてても嫉妬とかしないよね?」


 自分でも心が狭いとは思うが、これが逆なら私は激しく嫉妬すると思う。

 それと同時に、こうして見守ってくれるメラクルだけは……私も許せてしまうようにも思う。


「そりゃぁあ〜、そうよ。

 私の中で姫様とハバネロってセットだし。

 むしろハバネロから姫様抜いたらなにも残んないわよ?

 ヤケになって世界を滅ぼすのがオチね」


 レッドの執着の先が自分だと思うと、少しムズムズするけど、メラクルの言ったことは容易に想像がつく。

 なんでそこまで執着してくれているのかも、本人に尋ねてもみたけどよくわからなかった。


 ユリーナがユリーナという存在だからだ、という理由は誰でもわからないと思う。


 それはこのメラクルも一緒だ。


「メラクルってさ。なんでそんなに私を優先してくれるの?」

「うーん、わかんない!」


 前からの疑問をメラクルに投げかけた答えがそれだった。


 忠誠ゆえにとか、そういうものではないのが実にメラクルらしい。


「そうだねぇ〜、無理矢理言葉にするなら姫様良いやつじゃん?

 私になにかあったら命賭けてなんとかしようとするでしょ?」


 私は即答する。

「それはそうよ」


 公人としては良くないだろうけど、大切な人を護りたいと思うし、メラクルは私にとって命を賭けても良いと思える友人……親友だと思っている。


「そんな姫様が昔っから好きなのよねぇ。

 そんなのってさぁ〜、理屈じゃないんだよねぇ。

 私にとって親友って軽い言葉じゃないし、その親友は姫様だし。

 優先もするし命だって賭けるっしょ!」


 メラクルは両手を広げ当然、と胸を張る。


「それにさ、この世に大好きな親友の姫様は1人なんだよ。

 そのたった1人を大切にするのはむしろ当然でしょー?」


 メラクルはにっと笑う。

 そこに一切に揺るぎはない。

 絶対に譲らない鉄壁の信念がそこにあった。


 そして笑みを柔らかいものに変えて目を細め、メラクルは私に告げる。


「……だから私はハバネロを奪ったりしない」

「メラクル……」


 それも譲らないのだろう。

 そしてこの親友は生涯独身を貫く気なのだ。

 その想いをいつまでも抱えながら静かに。


 私は……深くため息を吐く。


 そして聞こえないぐらいの声でボソリと呟く。

「……奪うんじゃなくて、奪われてるんだけどね。

 教えるべきか、放置すべきか……。

 まあいいや、レッドに任せよ……」


 メラクルは気付かない。


 貴族のあれこれにうといがゆえに。

 自分の立場がもはや奪う以前に私同様、レッドに奪われていることを。


 第2夫人の立場がすでに不動のものとなっていて、もうハーグナー侯爵との正式なやり取りもメラクルの実家とのやり取りもとっくに済んでいることも。


 レッドからの愛情も。


 元より私たちの関係を妨害するなにかが存在しているわけでもない。

 その関係性は私たちにしかわからないことなのかもしれない。


「……まあ、あれよ。

 メラクル、これからよろしくね?」


 同じ嫁として、そんな含みで告げるが。


 それに絶対気付いていない目の前のポンコツ親友は満面の笑みで私に言い返す。


「なに言ってんのよ、姫様!

 これから『も』でしょ!」


「ああ、うん、そうね。

 これから『も』よろしく」


 この親友がその真実を告げられたとき、目を丸くして叫び声をあげることは、私には容易に想像がついた。


 そんな彼女に私は小さくエールを送っておいた。

「頑張ろうねぇ……」

「うん、任しといて!」


 満面の笑みでそう返してきたメラクルに、私も自然と笑みがこぼれた。






 第5章 花嫁たちの夜明け 了


 次章:最終章 『今を生きるということ』へ続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る