第238話それがひとときの別れであるように
「……それはさすがに違うだろ?」
暗殺に来たメラクルを廃人にしたのは王の手の者、もしくはそれを許した俺だ。
第一、それはゲーム設定の記憶の中の話であり可能性の話だ。
現実に起こった出来事ではない。
たしかにゲーム設定の記憶の話はユリーナにはたくさん話した。
ゲーム設定の記憶から魔神や悪魔神のことも、女神のことも。
……俺を今なお蝕む魔導力と消せない罪のことも。
ユリーナはメラクルとも話し合ったのだろう。
そして、なにかを誤解したのだろうか。
そう思ったが、ユリーナは静かに首を振りそれを否定する。
「……私は自分で言うのもなんですが。
大公女であるまじきことに、望まぬ結婚を受け入れることが出来ません。
そうならざるを得なければ、肉体にしろ、心にしろ、自らの死を選ぶでしょう」
相手を始末できそうなら、それを選ぶかもしれませんね?
そう言って妖しく美しくクスクス笑う。
「……冗談ですよ?
多分、ね」
そこに冗談の響きは聞こえない。
「……メラクルはそれをよく知っていました。
記憶を失う前の貴方は、私たちにとってそういう望まぬ相手に思えてならなかった」
仮にユリーナが婚約者から嫁入りした後でも、俺は自身の本音を見せようとせずユリーナを苦しめたかもしれない。
……いいや、きっとそうなっていただろう。
それほどに俺には余裕が無かった。
完全に詰んでいたのだから。
そうなった時、ユリーナの辿る道はただ一つだ。
肉体か心の死。
同時に望まぬ結婚を受け入れないのであれば、そうすることでしか大公国を救う道はないだろう。
ユリーナが俺の元にいる間は、大公国は俺に人質を取られているに等しいのだから。
メラクルはパールハーバーの悪意に背を押されはしたが、その根底にあったのはユリーナを救いたいという気持ちただ一つだった。
メラクルは近い将来、ユリーナという自らの親友が死を選ぶことを誰よりも分かっていたから。
人はそれぞれの立場、状況、あらゆるものにより見え方は違う。
気持ちも心で想っているだけではどうにもならない。
己の心の中と人から見える世界は真逆を示すことはよくある事なのだ。
ましてや俺はその行動で心とは真逆を示した。
相手にその気持ちを伝えるには正しき行動が必要だ。
心と行動が伴って、初めて相手に気持ちが届くのだ。
例えば浮気ばかりする男が純愛を説いたところで、これほど寒々しいことはない。
かつての俺は大公国を……ユリーナをただ苦しめるだけの存在だった。
どれほどその悪逆非道に理由があろうとも、犯した罪が消えるわけではない。
それでもゲーム設定の記憶の中で様々な俺の悪行を前にしても、ユリーナは
だがそれは廃人となったメラクルを見た瞬間、ユリーナの心から消し飛んだ。
何故、メラクルが俺を暗殺しようなどと無謀な行動を取ったのか。
ただ1人、ユリーナだけは。
その真意に気づいたのだ。
ユリーナの心を救うために、メラクルが自らを犠牲にしたのだと。
だからあの時だけは。
メラクルが廃人になった姿を見たとき。
ユリーナはただ一度、折れたのだ。
自分のせいだと。
親友は自分を救おうとしハバネロ公爵暗殺という無謀な行為を試みたのだと。
彼女を廃人にしたのは……自分なのだと知って。
そのときこそ、ユリーナは心の底から俺と決別したのだ。
「……レッド。
貴方はあの日。
メラクルだけではなく、私も救ったのです」
なんのことはない。
俺とユリーナの細い糸は、あの日、暗殺に来たとあるポンコツを救ったとき、かろうじて保たれたのだ。
メラクルを救ったことに深い意味はなかった。
ただ暗殺に来たポンコツが死んだり廃人になったりしたら、ユリーナが悲しむだろうな、と。
だから、愛人だとかメイドとか変な口実をつけて庇った。
……それだけ。
それが俺たちの道の分かれ目。
人生というやつはほんの些細なことで食い違ったり、交わったり。
本当にややこしい。
俺たちの運命があの日訪れた1人のポンコツで全て決まっていたなどと誰が思おう!
あの日にポンコツを救えなかったら、全部ぜーんぶ詰んでますやん!!!!
俺は再度ユリーナを抱き締める。
離れたくなどない。
今生の別れとなる可能性も世界には十分あって。
そうなったときに俺はこの決断をひどく後悔するのだ。
なればこそと泥濘の中に沈んで世界など知ったことかと言えれば、どれほど良かっただろう。
でもそれはお互いがお互いであるからこそあり得ない。
大切な人を、その存在を護りたいがゆえに。
沈みゆく船で絶望の夢に沈むのではなく、共に歩ける未来を是が非でも掴むため。
「ユリーナ、これを」
俺はユリーナの左手に付けられた指輪を抜き取り、よく似たデザインというより見た目は全く同じ指輪をユリーナの左手の薬指にはめる。
「ユリーナの左手の薬指に指輪をはめるのは俺だけだ」
「ええ、そうですね」
それを見て嬉しそうに微笑むユリーナが愛しくて俺はまた彼女を抱き締める。
約束を交わし、ユリーナへ口付け……そんななまやさしいものではないけれど、それを繰り返す。
「……本当はメラクルが羨ましくて仕方がない。
私はいつでもあなたのそばにいたい」
『……たとえ世界が滅びたとしても』
最後の言葉は口には出さず通信で。
それは口には出してはいけない。
ユリーナが本気で望むなら、俺はそうするのだから。
そして口に出さないこともユリーナらしいとも言える。
ユリーナもまた俺と同じように投げ出しても良いと言いながら、世界をどうでも良いとは思えないのだ。
俺たちは……そういうところがよく似ていた。
「……だから、私たち以外の女性は一切、許しませんから」
「ああ、望むところだ」
それを誓いの言葉に、俺とユリーナは何度でも唇を重ねた。
このときばかりは、メラクルをはじめ、誰一人俺たちを止める者はなかった。
「……やっぱり足りん」
「はい?」
腕の中で大人しかったユリーナが顔をあげ、目をぱちくりさせながら首を傾げた。
口付けを何度も交わし抱きしめたが、まったく物足りん!!!
「メラクル!
出発は3日後だ!!
これはもう絶対譲らん!」
俺がユリーナを抱き締め、駄々っ子のように言い切ると。
流石は我が側近、メラクルは呆れ顔ながら早く行けと手をフリフリ。
「はいはい、いいから行っといで。
みんなぁ〜、そんなわけで3日後の準備と姫様の3日分の仕事、全員で振り分けるよ〜」
メラクルの言葉に全員がしょうがないかとため息つきつつ、はーいと返事。
「ちょ、ちょっと、メラクル!?」
ユリーナが戸惑いの言葉をあげる。
いつもなら俺の暴走を止めるが、今回限りはメラクルはユリーナの言葉をガン無視。
「じゃ、ユリーナ、部屋に行こうか」
「へ!?
えっ……えぇぇええええええええ!?」
ずるずると、途中からはお姫様抱っこをしてユリーナを運ぶ俺。
「ちょっ、レッド待っ……んっ」
腕の中でさらに静止の言葉を言おうとしたユリーナの口を口で塞ぐ。
ユリーナも応えるように俺の首の後ろに腕を回し、しがみ付く。
もっきゅもっきゅ。
絶対に逃さん。
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