第237話あの日の真実

 そして訪れた出発の日。

 仮宿だったレイリアの屋敷の前。


 早朝の朝焼けが夕暮れ時のように淡く優しく俺たちを包む。


 ユリーナをギュッと抱き締める。

 離れがたい。


 そっと唇を重ねてしばし……。


 もきゅもきゅもっきゅもっきゅ。


 激しくなってユリーナが赤い顔で俺の胸をバンバンと叩くのを合図に離れる。


 メラクルが死んだ目をして見ているが、止めることもせずじっと黙って待っていてくれる。


 少数の見送りと旅立ちのメンバーである俺、メラクル、黒騎士、ポンコツ隊、聖女シーア。


 聖女シーアはニコニコ。

 ポンコツ隊はユリーナと俺の蜜月が意外だったのか、コーデリアを筆頭に目を丸くしたり、地面を叩いたり、笑い転げていたり、踊り狂っている。


 メラクルはドンっと俺の胸を叩き、冗談のない真剣な目で俺に告げる。


「私たちはいいんだかんね?

 あんたがその気なら最期の瞬間まで、ここで破滅を待つことになっても」


 たとえ世界が滅びることになっても。

 俺がそう望むならこのままのぬるま湯を享受きょうじゅしても、と。


 他の者も止めまい。

 俺に頼ることなく己ができる範囲で破滅を阻止するために動くことだろう。


 そのことで滅びるしかないことも。

 俺がここで動かなければ滅びを止めるスベがないことを気づきながら。

 それでも強要することはあるまい。


「ばーか。

 行くに決まってんだろ」

「それでこそ私の愛した男だ」

 俺がニヤッと笑うとメラクルもまたニヤッと笑った。

 拳を合わせてグータッチ。


「メラクル、少しいいかな?」

 ユリーナは俺とグータッチをしていたメラクルに呼びかけ、何かを告げる。


 ユリーナがメラクルになにかを告げると、メラクルは身体をぴんと伸ばし。

「ヒョッ!?」


 途端に赤い顔になって妙な叫びを上げた。


「ひょっ!?

 ヒョヒョヒョー!?」


 元からだが、メラクルがさらにおかしくなった。

 さらに俺と目が合うとさらに身体を伸ばし目を丸くして。

「ヒョヒョヒョー!?」


 お前はもはやなんの生物だ?


 そのメラクルの奇行の理由をユリーナが俺のそばにきて告げる。

 衝撃的な言葉を。


「どうしても我慢できなくなったら、他の女性ではなくメラクルに手を出してね?

 本人には話しておいたから」


 なんですとぉ!?


 ヒョヒョヒョと繰り返す謎の生物メラクルをチラッと見て、俺はかねてよりの疑問をユリーナに尋ねた。


 何故、メラクルが近づくことだけは嫉妬しなかったのかと。


 こう言ってはなんだが、ユリーナはなかなか嫉妬深い。

 俺にとっては嬉しい限りだが。


 俺は知っての通り激辛に嫉妬深いぞ。


「嫉妬、しなかったわけではないですよ?」

 ため息混じり、だが穏やかな顔でユリーナはそう返す。


「そうなのか?」

「ええ、誰が相手でも自分以外は……。

 でもそうですね……メラクルは私なんです。

 自分に嫉妬し続けるのもバカバカしいでしょ?」


 あのポンコツとユリーナが?


 今も赤い顔で変な踊りをしながら、その周りをポンコツ隊がどうしたのかと駆け寄り、ついには一緒に踊り始めた。


 なんの儀式だよ?


 とにかく。

 あのポンコツがボケならユリーナはツッコミ。

 正反対と言っていい。

 クスクスとユリーナが笑う。


「基準がそれですか?

 漫才の相方じゃないんですから。

 確かに私とメラクルは正反対の性格ですね。

 例えるならメラクルは明るい太陽で私は夜に寂しく浮かぶ月。

 あ、別に卑下しているわけではないですよ?


 ……だからこそとても気が合った。


 メラクルは頑固で意固地で一度決めたら絶対投げないし、折れなくて、理想が高いとか口実を作ってガードがとことんまで固くて、男の趣味が最悪で……、そして、とても嫉妬深い」


「嫉妬深い?」

 メラクルのそういうところは見たことがないが……。


「あの娘……、レッドのそばをずっとうろちょろしてなかったですか?」

「ああ、まあ……」


 メラクルは護衛兼お付きのメイドだしなぁ。


「近付く虫を追い払っていたんですよ?

 護衛の立場まで乗っ取って」


 言われてみれば、である。

 周りはきっとすでにそのことに気付いて、了解済みなのだろう。

 そうでなければ、さすがにサビナやアルクがなにかを言ってきている。


「そのくせ、自分からは決して貴方に手を出さない。

 あの娘、上手に説明しないと貴方からのプロポーズでも断るんじゃないかしら?


 貴方だから、と。

 ……そういうところ、絶対、譲らないの」


 どこまでもメラクルの根底にはユリーナ優先が根付いている。

 昔からの関係だから、だろうか。


 それもあるだろう。


 だが何よりも一度親友として心を決めた相手には、絶対に何があろうと裏切らないことを決めたのだろう。

 あのポンコツはボケボケしながら、そんなところだけは徹底している。


 大公国に戻ったときも。

 大戦の最中、人を救いに行くことを選んだときも。

 己の信念を決して曲げないのだ。


「ほんと、嫌になるぐらいそういうところ、私たち3人ほんとそっくり」


 もう少し自分のことを考えれば良いのに、そう言って自分のことを棚にあげてユリーナは笑う。


 なるほど、よく似ている。


 俺はともかく、ゲーム設定の記憶の中でユリーナが決して折れなかったように、メラクルも己の決めたことを決して曲げない。


 ヒョヒョヒョと今も混乱しながら踊るメラクル。

 その周りでわたわたしながら、一緒に踊り出しているコーデリアたちポンコツ隊。


 ユリーナは彼女らを温かい目で眺めながら、告げた。


 それはどうしようもないほどに衝撃的な、そして意外な真実。


「……言っておかないといけないですね。

 レッドのゲーム設定の記憶の中で、あの娘を廃人にしたのは私です」

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